バイマンスリー/ ギャラリー・アドベンチャー
7月
6日火曜日

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 #13 THE END OF THE WORLD

 

私が通っていた中学校には、鉄筋コンクリートの校舎から体育館にのびる渡り廊下の途中に木造の図書館があった。昼間でさえ、陽光の射さない薄暗い室内。頁の色もすっかり褪せた古い書籍が並ぶ本棚の間で、チリチリとしたかすかな音をたてる蛍光灯の下で、世界の終わりを予言する本をうっかりと手に取ってしまった12歳の少女は、凍りついた。そこにはこんなふうに書かれていたのである。

「1999年の7月が訪れる。世界は終わる……」

少女は妄想する。遠い宇宙からやってきた乗り物が、空を埋め尽くして地上を業火で焼き尽くす光景を。それはまるでH・G・ウェルズの世界。それから、しばらくしてイメージはさらに映画館でロードショー公開された『スター・ウォーズ』の衝撃的な映像によって補完される。燃えさかる炎、倒壊する建造物、侵略者の哄笑、逃げまどう人々。血と、悲鳴と――。

それから四半世紀が過ぎて、図書館で世界が終わると予言された刻限がやってきたけれど、どうやらそんなにあっさりとはこの世界が滅びてしまうことはなさそうだ。けれど、もしも、世界が終わってしまうなら、その時私は、何を「見て」いたいだろうか? と考える。

20代の半ば頃に、こんな問いかけをしたことがある。「もしも世界が終わるとしたら、その時があらかじめわかっていたとしたら、あなたはどんな風に最後の時間を過ごしたい?」
問いかけられて彼は答えた。「家で、家族といっしょにいたい」
「ふーん」なーんだ。と私は思った。
「あなたはどうしたいの?」
「私は、私の一番好きな場所にひとりでいたい。もしも7月に世界が終わるなら、その季節で私が一番好きなのは水田の景色。だから、あぜ道に腰掛けて、水田を眺めていたい」

彼は奇妙な物を見るような目で私を見た。それからしばらくして私は恋人を失った。しかし、それはどうということはない。よくある話だ。

今の私が世界の終わりを、12歳の少女がそうしたように夢想するならば、それは随分と違った光景だ。飛来する宇宙船はどこかにいってしまった。侵略者の姿もない。それは、映像でよく目にするように、古いビルが爆薬で倒壊する姿に似ている。あらかじめ、壊れることがさだめのように、世界は力を無くして内側に倒れ込む。すべてが、くずれてゆく。

イングランドのソールズベリー平原では、4000年前の人類が建てたストーンヘンジの列石が、大地を揺るがしながら倒れ込む。

フランスのラスコーの洞窟では、今世紀半ば、犬と少年達に発見された旧石器時代の壁画が、崩れ落ちる土砂の中、再び永遠に封印される。舞い上がる土煙の向こうに描かれた黒い雄牛たちを見た時、それは彼らが太古の平原を駆け抜ける姿に似てはいないか?

エジプトの死の谷は、今度こそ訪れる人もいない完全な静寂に向かう。たくさんの古代王朝の王と王妃の像が、重なるように倒れ、こなごなになってその破片は混ざり合う。もうそれらをジグソーパズルのように根気よく組み立て直す人間が現れることはない。ピラミッドの壁の、すべて横向きに描かれた人も動物も神の姿も、さらさらと押し寄せる砂の中、等しく砂漠に還ってゆく。

ギリシア、アテネ。パルテノン神殿はアクロポリスの丘に倒れ、美術館ではアルカイック・スマイルの女性像の微笑みが、床に砕け散る。大理石でできた哲学者たちの、世界を見通すような眼差しは、倒れた展示ケースのガラスのかけらの中で、あてどなくさまようだろう。人類が、かたちに残したアートのすべてが、音をたてて崩れてゆく。人々に為すすべはない。

理由もさだかでないまま、次々と世界は崩壊してゆく。

パリのオルセー美術館の中央展示室。この建物が、かつてオルセー駅であった時の中央コンコースだ。ドーム型の天井一面に張り巡らされたガラスから、昨日と変わらない外光が明るく降りそそぐ。一枚の絵の前で、ひとりの女性が佇んでいる。パリ大学で近代美術を専攻し、バルビゾン派の研究で博士号を取得した彼女は、長くこの美術館の19世紀美術部門のキュレーターとして働いてきた。

世界が終わるというこの日、彼女は最後の時間をその一枚の絵とともに過ごすことを選んだのだ。かつて世界中から歴史的名画を求めて多くの人々が訪れたこの場所にいるのは、彼女と同じように愛する作品を最後まで見ていたい、という思いで集まった数人のキュレーター仲間だけだった。

世界の崩壊が自らの足下を揺るがし始めた時も、彼女はただその一枚の絵をじっと見つめていた。この絵を抱えて、もっと安全な場所、それがどこかはわからないが、そこに逃げることができたかもしれない。この絵が傷つかないように、彼女自身の体を投げ出して守ることだってできたのかもしれない。けれど、彼女はそのすべてを頭の中から振り払った。

彼女にできるのは、ただ、最後まで「見ている」そのことだけだった。天井から降り注ぐガラスの破片の雨の中、彼女はその絵から最後の瞬間まで目を離さなかった。やがて、彼女は床に倒れたが、その閉じられることのない美しいブル[の瞳には、なおも一枚の絵、フランソワ・ミレーの傑作『落穂拾い』が映し出されていた。ソフィー・シェフェール(仮名)、享年36歳。オルセーに死す。

その頃、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館では、東洋陶磁研究の第一人者であるミハイル・リシツキー(仮名)が歴代のツァーリによって収集された中国の陶磁器コレクションが並べられた展示室で静かに過ごしていた。74歳になる彼は、この美術館が過去に陥った危機的状況について思いを馳せた。

第二次世界大戦中の混乱期に、ロシアの歴史的な美術品の多くが略奪というかたちで国外に散逸した。戦後、それをエルミタージュに再び取り戻すために彼らが払った努力。戦争は何度も偉大な芸術作品を翻弄し、そのたびに、世界中の美術の専門家やコレクターたちは、作品を守るために命を賭けたのだ。

個人の財産を放棄して美術品とともに亡命した者、ローマ時代の地下墓地に作品を隠した者。政治の嵐は、アーティストたちの多くも抹殺した。『退廃芸術』の名の下に、多くの表現主義の作家たちは発表の場を奪われ、国を追われた……。優れた美術品もまた退廃の名の下に、破棄され、あるいは国外に売り払われたのだ。

彼はひとつの小さな陶片を手に取った。きらびやかな他のコレクションと違って、真っ白な地肌にすっと藍色で描かれた小さな花。精密に描き込まれてはいないが、その花はまるでその葉に朝露をたたえ、そよ風にでも揺れるように見えた。その小さなかけらを眺めるたびに、彼の心は清流に洗い流されるように澄んでゆく。

彼は、そのかけらを大きな手の中にしっかりと包み込んだ。戦争はやがて終わった。けれど、この世界の終わりの後には、何も残らない。やがて吠えるような彼の叫びが、地響きとともに崩れ始めた美術館の廊下にこだまする。コレクションの陶磁器が、硬質な音をたてて床に散乱した。それはまるで悲鳴のようだった。すべてが倒れさった後の廃墟と化した美術館の瓦礫の下で、彼は息絶えていた。エルミタージュ美術館が彼の墓標となった。彼は死んでもその陶片をはなしませんでした……。

ニューヨークの近代美術館では、建物の高層階からメトロポリタン美術館の崩壊のさまが目撃された。「Metが倒れた!」集まったキュレーターたちの脳裏には、まだ幼かった頃、両親に連れられて訪れ、アートに魅了された日々の記憶がよみがえった。その後、美術史の学生だった頃に足繁く通ったその場所、やがて美術の専門家になってからも、数々のインスピレーションや感動をもたらしてくれたあのメトロポリタン美術館の荘厳なファサードを思い出し、その最期に涙した。

「Metと自然史博物館は、本当のラビリンスだったね」度の強い眼鏡をかけたキュレーターのジョン・ヴァイズマン(仮名)が、デザインコレクションの部屋から持ち出した、ミース・ファンデルローエの椅子を重そうに引きずりながら展示室の入り口に現れた。「しかも、自然史博物館には本物のミノタウルスもいたんだからさ」。そう言いながら彼は、ミースのバルセロナ・チェアをアンリ・マチスの『ピアノ・レッスン』の真正面にすえて、深く腰掛けた。

「君はジェニー・ホルツァーの作品の前にでもいるかと思ったよ」同僚が彼に声をかける。
「ああ、どうやら停電みたいなんだ」笑い声が展示室に響いた(注:ジェニー・ホルツァーの作品は電光掲示板に流される警句が代表的である)。

近代・現代美術の殿堂、ニューヨーク近代美術館。多くの人々が尊敬と愛情をこめて「MoMA」と呼んだその場所も、世界の終わりを迎えようとしていた。ジョンはつぶやいた。「この絵、素晴らしいよ。センチメンタルなところが全然ない。すごくクールだ。それから、この美しい色!」そして心の中で神の名を呼んだ。ミューズの名を。ジョン・ヴァイズマン、享年(以下省略)。

あと、やれと言われれば100くらいのパターンで、芸術品とそれを愛した人々の最期を妄想することができるのだが、かくゆう私に残された時間もそれほど多くはなさそうだ。世界の終わりは、ひとしく私のもとにも迫っている。

私は部屋の壁にかかっている10数点の絵をみまわし、それらの作品とその想い出に別れを告げた。私はひとりで家を出て、裏の雑木林を抜けて街を見下ろせる高台に立った。そして、すべてが崩れてゆくのをただ見ていた。人間が築き上げたもの、そのあらゆるかたちが壊れてゆくのを。やがて私の足下の大地も地響きとともに崩れていった。倒れてくる木々の枝の緑と、その向こうに見える空の青さが私の最期に見た世界だった。最期の色――。

私は死んだ。

そのはずだった。どのくらい時間が経ったのだろう? 望んでもいないのに、私は目を醒ました。世界は終わってしまったのに、私は生きている。私の立っていた高台はすでにその姿を大きく変えていた。見渡す限り建っている家もビルもない。動いている人もいない。虫も小鳥も。私は呆然と死の街へさまよいでた。

大きな火事でもあったのだろう、すべては灰になり、その灰がまた焼き尽くされて風景は真っ白だ。どこまでも続く白の上に、ニュアンスの違う白が重なる。まるでマレーヴィッチの絵のようだ。 私は呆然としながら歩く。

やがて、かつてビルがあったと思われるその場所に、すべてが焼き尽くされたはずのその風景の中に、白い灰に埋もれるようにして何かが、地上に半分顔を出しているのを見つけた。私は、くるぶしまで灰に埋もれながら、その焼け残ったものを灰の中から掘り起こした。

それは額縁だった。震える両手でガラス面をぬぐうと、そこから奇跡的に無傷の一枚の絵が姿を現した。しかしそれは、私が最も嫌いなとあるアーティストのリトグラフ(正確にはエスタンプ)だった。描かれているのは神経に障るごちゃごちゃした画面。作り笑いがほの見える人々のカーニバルの光景だ。画面は、異常に饒舌な色彩によって、これでもかこれでもかこれでもかと彩られていた。

私には、この絵が金切り声で「ここがパラダイスだ」と騒ぎ立てているように感じられる。

もしこれが楽園ならば、地獄の方がずっとましだ!

白い風景の中に私の絶望の叫びがこだまする。かくして、私の心臓は止まった。今度こそ、永遠に。

Art Sickness な人間は、二度死ぬ。

 
 
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