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バイマンスリー/
ギャラリー・アドベンチャー ■7月21日水曜日 |
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#14 漬物女と掃除機男
ダンス、演劇、それから映画。それらが始まる直前の数分間、座席に深く腰掛けて、会場内のざわつきに耳をすませているその時間が私はとても好きだ。それは、例えば美術館を訪れる時――できればそこはメトロポリタン・ミュージアムのように荘厳なファサードを持つことが望ましいのだが――ゆっくりと歩きながらその場所にどんどん近づいてゆく時の感覚、館内へと向かう正面の階段を一歩ずつ登って行く時のあの感じに似ている。ゆっくりと加速してゆく高揚感に。 その日、私はそんな風に、ひとり静かに目を閉じて幕が開くのを待っていた。久しぶりに見た芝居のタイトルは『アート』。現代美術作品を発端に繰り広げられる三人の中年男の悲喜劇である。 舞台のセットはひとつの部屋。壁も、家具も、なにもかもが真っ白なシンプルで美しい部屋だ。その部屋の住人は皮膚科医のセルジュ(益岡徹)。彼の唯一の趣味は現代美術。鑑賞するのみでなく、コレクターでもある。 セルジュは最近1枚の絵を購入した。その日、親友で航空関係のエンジニアであるマーク(市村正親)がセルジュの部屋を訪れ、請われるままに絵の感想を述べる。大きな真っ白いキャンバスの上に白い線が引かれただけのその絵――。セルジュに値段を尋ねると「500万円」という答えが返ってくる。狂ったようにマークは爆笑し、その絵をゴミ呼ばわりした挙句に部屋を出て行ってしまう……。その態度に憤慨するセルジュ。 そんなふたりの感情の行き違い――ありていに言えば痴話喧嘩だが――に、もうひとりの親友イワン(平田満)が巻き込まれる。社会的に成功しているふたりとは違い、職も定まらず、義母、実母、もうすぐ結婚する予定の婚約者やその母親など、女たちに振りまわされっぱなしでうだつのあがらぬ彼は、ふたりの親友の諍いをなんとかなだめようとする。しかし、自己主張の激しいふたりの怒りの矛先は、今度は優柔不断なイワンの態度に向けられたりもする。一点の現代美術作品を挟んで、15年来の友情は大きく揺れる。 良い芝居だった。会話劇の醍醐味を充分に味わうことのできたヤスミナ・レザによる優れた戯曲。現代美術作品がキーワードになっているだけに、重要な役割を果たす作品も良く考えられていた。あの、50年代から60年代にかけてのケネス・ノーランドのハード・エッジ・ペインティング風味のミニマル・アート……。「うまい! 座布団一枚」といった感じだった。それが、たとえシニカルな対象であろうとも、アートを理解していない人間には書けない設定だ。 もちろん、三人の役者はそれぞれに素晴らしかった。個人的に好みのタイプであるところの益岡徹はもちろんのこと、平田満の機関銃のような台詞回しには圧倒されたし、本当にうまい役者だと感動もした。個人的にはあまり好みでないタイプの市村正親も、ぴったりのキャスティングでなかなかに胸に迫るものがあった。彼らの素晴らしい演技には惜しみない拍手を送った。 しかし、この戯曲に描かれている状況は、現代美術に関わる人間には、まったくもって他人事でない。というよりも、もはや日常茶飯事なのである。 画廊にふらりと入ってきた女性が、ぐるりと辺りを見回して曰く、 あるいは、我が家に遊びに来た母の友人が、玄関の吹きぬけの壁に掛かっている中川佳宣の立体作品を見て曰く、 私の好きな作品が、私以外の誰かに好まれないというのは、別に問題ではない。しかし、時にそれは、理解できない作品をあえて嗜好する私自身への拒絶というかたちを取る場合もある。まるで、マークがセルジュに示したような、コミュニケーションの断絶感――。けれど、これはお互い様でもある。 ある日、母の友人が、彼女の夫が描いたという水彩画を母に贈った。私はそれを見て悶絶した後断固として言い放った。 芝居の後、私は劇場近くの夜の住宅街をさまざまな想いをめぐらしながら、友人のマンションに向かった。閑静な高級住宅街にある5DKの豪華分譲マンションの最上階で優雅なひとり暮らしをする友人(元画廊アシスタント)の元へ。ダイニングには私の帰りを待って美味しそうな夕食の仕度が整えられていた。 その晩は和食だった。高野豆腐の煮物、きゅうりの甘酢あえ、五穀の入ったご飯に、名古屋だからやっぱり赤出汁のお味噌汁。「ありものでごめんね」と言いながら、彼女は冷蔵庫から漬物の入ったプラスチック製のタッパーを取りだし、それを染め付けの小皿に三切れほど盛り付けると私の前に差し出した。 この、何気ないしぐさを見ながら、私はぽつんとつぶやいた。 「ねぇ、やっぱりタッパーごと食卓に出すのってイヤだよね?」 自分は鍋から直接ラーメンを食べることもできる女 だと思っていたの」 このやっかいな美意識というのは作品の選択にとどまるものではない。それは生活全般に渡り、あらゆる場所で軋轢を巻き起こす。 私は数カ月前、同世代の東京の某画廊のディレクター(男性)と交わした会話を思い出した。 彼は自他ともに認めるバウハウス・デザインの信奉者である。さらに機械物に対する執着がすさまじく、彼によれば掃除機は〜製の〜であらねばならず、「購入の際には店頭にて試運転(?)もした」そうだ。電気店の店先で、実際に掃除機を試している30過ぎの男…… 「やぁねぇ、オタク」 とか言いながら、ではこの漬物の場合はどうなんだ? その掃除機男とどこが違うと言うのだろうか? としょんぼりと我が身を振りかえってみる。 その掃除機男が結婚する時は、また大変だったらしい。パートナーの女性も同様に美術関係者。お互いのインテリアの趣味がまず違った。「どこに妥協点を持ってくるか。長い話し合いが続けられた」そうである。 「うわぁ、死ぬほど面倒くさそう!」と話を聞いた私は思った。しかし、彼らはその困難を乗り越え、現在も共同生活を続けている。 愛は美意識を超えるか? これは、我々アート系独身女性たちの永遠のテーマと言えよう。そうこうするうちにもうすぐ40だってば……。 ■ |
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