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バイマンスリー/
ギャラリー・アドベンチャー ■8月3日火曜日 |
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#15 夏のアート日記
7月30日 午前6時。音が大きいことだけを理由に購入した目覚まし時計が、穏やかな眠りの淵から私を引きずり起こした。
忙しい一日になるだろう。朝食でたっぷりとエネルギーを補給した。念入りな化粧をし、ノースリーブのシンプルな黒いドレスに身を包み、玄関の姿見の前でくるりと一回りしてみる。「よっしゃぁ!」確認なのか気合なのかわからない掛け声とともに家を飛び出した。 車を飛ばし、集合時間の8時きっかりに勤めていた画廊に到着。そこから画廊のボスの運転する車に7人が乗り合わせて、一路夏の箱根に向かった。 目的地の『箱根彫刻の森美術館』には、正午前に到着。入り口で美術館から送られてきた招待状を差し出すと、関係者用のシールを配られ、それを銘々が洋服に張りつけるという寸法である。先に昼食を済ませ、いよいよ会場へ突入だ。 この日、私たちがここを訪れたのは、『森に生きるかたち』という現代美術の9人のアーティストによる展覧会のオープニング・レセプションに出席するため。観光地でもある箱根彫刻の森美術館は、今年で開館30周年を迎える。 今回はその記念展も兼ねていて、1年の長きに渡って開催されるし、従来のコレクションである近代彫刻作品をこの展覧会のために一部撤去するなどと異例ずくめの大々的な展覧会だ。美術館の母体組織であるフジ・サンケイグループも相当力を入れている。あちらこちらで、番組のためのインタビューがカメラの前で行われていた。 私はレセプションが始まるまでに、今回の展覧会のための野外彫刻をひとわたり眺めてまわった。レセプションの会場は「絵画館」という建物だが、その手前の広場に土屋公雄の作品が設置されていて、その傍らにある大きな柿の木の下のガーデン・テーブルのまわりに陣取って、会場に向かう美術関係者に知った顔を見かけると声をかけたりしていた。 レセプションの開始時間である午後3時が近づくと、途切れ目ない人波が会場へ向かってゆく。何百人いたのだろうか。美術界の有名人もたくさんいた。レセプションは絵画館の2階が会場に当てられていて、入場早々に知り合いの画廊のディレクター(別名:掃除機男)にばったり遭遇。 「あれー、なんでこんなとこにいるの? またそんないかれた格好をして」と出会い頭の挨拶をすると、「これがオレのフォーマルだ。何てこと言うんだ」とぶつぶついいながら、初対面である彼の奥様を紹介してくれた。 「こ、これは。美術界にありがちな典型的な美女と野獣カップル」 と私は心の中で、なーんとなく納得した。後でこっそり彼の耳元でこうささやいた。「奥さん、美しい人だね。それにすごく上品だし知的だし」 よく結婚してもらえたねー、という言葉だけは飲みこんだ。ところが、この掃除機男、大変偉そうに「当たり前です。画商たるものの常識です」 と言う。 しかし、私は知っている。コンテンポラリー・アートの女たちはたとえ金城武のような美形の男に言い寄られても、ついうっかりと掃除機男のような男を選んでしまうのだ。なぜなら、私たちにとってより重要なのは整った美しさではなく、むしろ「造形的なユニークさ」の方なんだな、これが。もっと言えば、「存在そのものの奇妙さ」とでも言えばいいのか。金城顔の美男は3日も眺めていれば飽きてしまうが、掃除機男みたいな奴は滅多なことでは飽きないような気がする。あまりに変だから。 それは現代美術の作品を愛する心に似ている。私たちは、時に風雨に打たれたて錆だらけのぼろぼろの鉄片の集合体を愛する。時に焼け焦げた木々を、くしゃくしゃになって色あせた古新聞を、その重なりを愛する。それらのボロボロでよれよれでずたずたの物質は、優れたアーティストの手によって、(見るものが見れば、という前提はあるが)美しい存在に変る。とても、美しい存在に。アートな女たちの見ているもの、見つづけたいと思っているもの、それは表面ではなくその奥のものだ。 ま、彼が「ボロボロでよれよれでずたずたの物質の集合体」だとは言わないが、少なくとも磨き上げられた一点の曇りもないイタリア産の大理石ということはないだろう? 私は知的な奥様の横顔と、未だガキ大将みたいなやんちゃ顔を眺めくらべながら、そこにアートな世界の縮図を見た気がした。 さて、そんなこんなでたくさんの美術関係者にご挨拶をした後、私はいっしょに箱根に来た集団と別れて、学芸員の友人とともに今度は東京へ向かった。久しぶりに会った人たち、はじめて会った人たち、今日見た作品のこと、いろんなことを考えながら、その夜は泥のように眠りについた。 7月31日 ホテルの部屋の目覚し時計の音ってどうしてあんなに間抜けなんだろうか? きっと5分は鳴り続けていたと思われる後、ゆっくりと私の脳に信号を届ける始末だ。7時半起床。あまり時間がない。 金がないくせに面倒くさがりの私は、インターネットで探した東京駅からほど近い適当なビジネスホテルに宿泊した。しかし、旅慣れてしっかりものの友人は根性で一泊5千円のビジネスホテルを探し出し、昨夜は別々に泊まった。 本日いっしょに出かけるのは浦和にある埼玉県立近代美術館。私は東京駅から、彼女は御徒町駅から、京浜東北線なるものに乗りこんで上野駅で合流することに決めた。ちょうど私の乗った電車が御徒町駅のホームに滑り込んだ時に、私の携帯電話が鳴った。 「今どこ?」友人からだ。 結局北浦和駅で後から来た友人と合流できた。私は、本来はひとりでここに来るつもりだった。2時半までに東京駅に戻ればよかったので、その日は10時頃に埼玉に向かうつもりだった。けれど、突発的に友人と同行することになり、その日無謀とも言える過密スケジュールを立てた友人のおかげで早朝に東京を出て、開館前の美術館にたどり着いたのだ。 しかし、その偶然が私にとってひとつの出会いの伏線になることを、この時点の私はまだ知らない。 目的の展覧会は『呼吸する風景』というタイトルの3人展。順路に沿って作品を見てゆく。最後に、平田五郎という作家の作品にたどり着いた。私が箱根から瀕死の金欠状態を押してわざわざここまでやってきたのは、とにかくこの作家の作品を見るためだった。そして、それは期待を裏切らないどころか、期待以上の、想像を超えた作品だった。 人がひとり通ることのできる小さな入り口があって、外にいる係の女性に「裸足になって入ってください。よかったら荷物も置いて。ここで見ていますから」といわれるままに靴を脱ぎ、私はその部屋に足を踏み入れた。 入り口からは内部の全体は見渡せない。入って身体の向きを変えると、そこに奥行き16メートルの細長い空間が現れる。全体を見た時、私は息を呑んだ。白い、真っ白い空間に。それから、部屋の奥までゆっくりと歩いていった。床も、壁も、すべてがパラフィン・ワックス(蝋燭の材料)の板で覆われている。屋根のかたちをした天井だけが白い帆布だ。その布を通して、柔らかな光が白い部屋を照らしている。裸足の足裏にワックスの不思議な感触が伝わる。内部に満ちたパラフィンの匂い。光は、こもるような密度を持って空間に満ちている。 私は誰もいない部屋の奥まで進み、そこにうつぶせになって横たわった。腕と、足をまっすぐに伸ばして、なるべくたくさんの肌の部分が床に触れるようなかたちで。胸も、頬も、パラフィン・ワックスの床にあずける。ああ、なんかこれは、人肌に似ている。なんか懐かしいような……。 そこまで考えた時、その部屋に友人が入ってきた。彼女もごろんと床に寝そべって、その作家のフィールドワークの作品についてしばしふたりで話し込む。しかし、スケジュールの押している彼女はそろそろ埼玉を出立する時刻だ。私は、もうしばらくそこで横たわっていたかったので、作品の中で彼女と別れた。 頬を床に付けていると、そのままパラフィンの床が溶けて私の身体を飲みこんでしまうような気がする。眠るような気持ちでしばらくそうしていると、子供たちの一団がどやどやと入ってきた。そして、子供たちに作品の説明をしている男の人もいる。 私は床に平らになったまま、ぼんやりとその人の話に耳を傾けていた。が、「ん? この人ってこの作品を作った作家?」という疑問がむらむらとこみ上げてきた。説明が終わって部屋を後にしようというその男性を私は呼びとめた。 案の定、作家本人であった。今日は美術館主催で子供たちを対象にしたワークショップの日で、彼がそれを指導するのだ。それにしても、作家がその作品の中にいた時間、およそ10分。もちろん、私はその日、作家が美術館に来ているなんて知る由もない。偶然の積み重なりの結果、私はその人に出会うことができた。 作品への感動、作家に出会えた偶然、そんなすべてに心身ともに脱力状態になった私は、美術館前の公園のベンチでしばらくぼーっとしていた。 日向ぼっこしている人。ベンチで寝転がって本を読んでいる老人。木陰でウクレレの練習をしているカップル。雲ひとつない晴れやかな青空。なにもかもが、私の視線に心地よく写る。気持ち良く大きな伸びをして、ふと思い立って、この展覧会のことを教えてくれた土屋公雄に電話してみた。あいにく土屋は外出中だったが、奥さんに携帯電話の番号を伝えると、折り返し土屋本人から電話があった。 「今どこにいるの?」 わりと行き当たりばったりな性格の私は、速攻で決めてしまう。いったん東京駅へ戻り、待ち合わせしていたボイルドエッグズの村上氏としばらくお話しした後、私ははじめて降りる西日暮里という駅で乗り換えて、一路千葉へ向ったのである。松戸の駅前って私の住んでる岡崎の駅前に似ていた。 8月1日 朝、8時過ぎ。「内藤美和さん、朝です。起きてください」という階下からの土屋夫人の大声に一発で目が醒める。フルネームでいきなり呼ばれてびっくり。完璧な目覚まし効果だ。 昨晩に引き続き土屋一家と食卓を囲んで朝ご飯。本日は、土屋公雄と中学生のお嬢さんと3人で東京都現代美術館を訪れることになった。久しぶりの東京都現代美術館。入り口のところで、名古屋のギャラリー白土舎のディレクター、土崎氏にばったり遭遇。この人こそが、奈良美智を世に送り出したと言っても過言ではないだろう。私のような業界のはるか後輩にも礼儀正しく腰の低い人だ。 とにかく、ご挨拶して土屋さんを紹介した後、そういえば前にBoiled Eggs Onlineに奈良美智と土崎氏のことを書いたのに、ちゃんと伝えてなかったことを思いだし、遅ればせながらの報告をした。土崎氏はインターネットを利用していらっしゃらないので、後日ちゃんとその文章をプリントアウトして画廊に持ってゆくと約束し、そこで別れた。 土屋親子とともに、美術館の地下のレストランでランチタイム。本日は美術館は常設展示になっていて、たまたま土屋公雄の作品も展示されていた。『Moon』 ――私の大好きな作品。そんな風に美術館で過ごした後、地下鉄の木場駅まで送ってもらう。 「ここなら東京まで乗り換えなしで行けるから」 と言われて一安心。遠ざかって行く車の中から、中学生のお嬢さんがいつまでもずっと手を振りつづけてくれたのがなんだかとても嬉しくて、私も交差点に立ってずっと手を振っていた。 さて、帰路に着くぞ。東京ヘは一本で行けると土屋は言った。私はなんの疑いも持たなかった。切符売り場でみると、なるほど、東京駅に繋がっているらしい。私は切符を買って地下のホームへ降りた。が、しかし、行き先の案内のどこにも東京駅の表示がないではないか……。 小さなパニック。どこに東京駅があるっていうの? 私は狐につままれたような気持ちであたりを見まわした。ホームは閑散として人気がない。そこへ家族連れの中年夫人が通りがかる。しかし、どしどし目の前を歩き去って行くので声をかけるきっかけがつかめなかった。と、そこへきちんとプレスされた清潔そうなワイシャツがまぶしい背広姿の青年(多分年下)がやってきた。 「すみません、ここから東京駅には行けるんでしょうか?」 そんなことわかるかいっ! と表示板の不親切さに怒りが込み上げてきたが、その青年はさらに「先頭車両に乗ると便利ですよ」と親切に教えてくれた。その、感じのいいこと。私の怒りはあっという間に沈静化され、しみじみとその青年に見入ってしまった。 見ればなかなかさわやかな好青年、しかもしっかりした印象を会う者にもたらすだろう(と、美術評論風に心の中で独白)。彼はきっと会社でも、取引先でも好かれるタイプだ。それに女子社員にももてるに違いない。後輩にも、同期にも、また私のようなお局さま年齢の先輩にも。さらに上司にもかわいがられるはずだ。まずまずの出世は間違いない。 うん、会社の規模はわからないけど、なんとなくそんなに中小零細企業勤務にも思えない。そこそこの規模の会社で、上手くすれば部長くらいには昇進するだろう。きっとするぞ。と、私は心の中で次々と彼に対するお墨付きを発行した。 私はその親切な青年に心からの感謝を述べ、名残はあれどもその場を後にした。そして無事東京駅にたどりつき、西へ。 8月2日 3日間というもの、ほとんどまともな睡眠時間を取っていなかったので、前夜は仕事も手につかない状態でベッドにもぐりこんでしまった。どうしよう、今日が締め切りなのにまだ一文字も書いていない。 昼近くに、ごそごそ起き出して留守中のメールチェック。あの人と、この人と……え、なに。なんと奈良美智本人からメールが入っていたのである。びっくりした。 ■参考:
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Copyright 1999 by Miwa Naitoh, Boiled
Eggs Ltd. All rights reserved.
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