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バイマンスリー/
ギャラリー・アドベンチャー ■9月25日土曜日 |
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#18 Something New
1999年9月。画廊の仕事をやめて約1年の潜伏期間の後、というとまるで犯罪者か病原菌のようだが、紆余曲折を経て、私は再びアートの現場に舞い戻ることになった。新しい仕事をはじめようと決意してから2ヶ月後には、事務所名を決め、名刺を作り、電話を引き、幸運なことに記念すべき第一弾仕事までゲットしていた。銀行口座だって開設したのだ。これでいつでもどれだけの大金が振り込まれてもオッケーだ。Welcome ! 共同経営者とふたりで、資本金10万円。泣くような貧乏状態からスタートしているとは誰も思うまい。電話を引いたらほとんどお金がなくなってしまったというのは、ここだけの話である。 そんなこんなで10月からの本格稼動を前に、久しぶりに新調した黒のスーツに身を包んだ私は、相棒とともに嵐のような東京の画廊めぐりを敢行した。手裏剣のように名刺をくばりまくり、なにものかが憑依したようなビジネス・トークで事務所設立の宣言を高らかにぶちあげてきたのである(少々誇張あり)。一度、業界からの引退宣言をしてしまった私は、いわば「出戻り娘。」というやつであり、「娘」というのはかなりずうずうしいのだが、なにはともあれ、もう後には引けないのだ。というか、後がない。 そんな怒涛の東京での3日間であったが、いくつか、心に残る経験もした。ひとつは、茨城の水戸芸術館で『イリヤ・カバコフ展 シャルル・ローゼンタールの人生と創造』を見たこと。これは、私の本年度のベストになるかもしれない素晴らしい展覧会だった。 この展覧会はロシア人のアーティスト、イリヤ・カバコフが「1898年にウクライナのユダヤ人家庭に生まれたシャルル・ローゼンタール」という架空の人物を創造し、「35歳の時、不慮の自動車事故で夭折することになるローゼンタールがアーティストとして制作した作品によって構成されている」という設定の展覧会。 アートファンはもちろんのこと、もしかしたら日頃はあまり現代美術になじみのない方でも、海外の現代文学好きの方であれば、楽しめること請け合いである。詩的でありながら、強固に構築された物語世界を通して、現代美術に出会うという、稀にみる体験ができるだろう。当然2冊組みの展覧会カタログは欲しかったが、先立つものが極端に不足している現在、泣く泣く手ぶらで帰ってきたのが情けないったらない。 とまぁ、こんな調子で終始一貫して経済的にはつつましく過ごした出張先での私たちの宿は、相棒が見つけてきた『東京讃岐会館』という香川県の施設であった。香川県人でもないのに。場所は、かの麻布十番のすぐ近くで、裏手にはイタリア大使館なんかもあったり、なかなか良いところであったが何より安いのが良かった。もう少しランクの上の部屋に泊まればそうでもないのだが、私たちは修道女のようにバスもトイレもない清潔だが質素な部屋で泥のように眠った。 出張中のもうひとつの思い出に残るできごと、というのは、英国大使館でのレセプションに出席したことだ。電車を使ってかなりの距離を移動し、加えて激しく歩き回ったその日の最後をしめくくるにはあまりにもよれよれな私は、一度宿泊先の東京讃岐会館へ戻り、フォーマルな服装に着替えて、タクシーで英国大使館へ向かったのである。 タクシーが半蔵門にある英国大使館の正門前に滑り込むように止まった時、私は呆然とその建物をタクシーの窓から見上げた。素敵すぎる……。そういえば前日会った同業者が英国大使館のパーティーで俳優の真田広之と会った(というか見た)、と言っていたっけ。真田クンと会ったらどうしよう? どきどきどき。やや、うろたえ気味に私は大使館の正門へと降り立った。 午後6時15分。約束の時間ぴったりに、その日私をレセプションに招待してくれたアーティストの土屋公雄夫妻とふたりのお嬢さん、そして親戚のご夫妻が現れた。少し遅れて、私の元の勤め先である画廊のボスも登場。わくわくしながら、日本の中のイギリスへ足を踏み入れたのである。 おおっ、シャンデリアがまぶしい! 外人がいっぱいいる! 白い上着を着た、まさに「給仕」という感じの人たちが、銀のトレイに赤ワイン、白ワイン、ウィスキーの水割り、オレンジジュースなどを満載しながらこちらに向かってくる。まるで社交界だわ、映画だわ、その白ワインください。 落ち着こう。とりあえず気付けにワインを飲みながら、あらためてまわりをみまわしてみる。広間にはエリザベス女王の大きな肖像画がかけられていて、どうやらそこは「エリザベスの間」らしい。ボスとふたりで、 「すごいですね。さすが女王陛下の国ですね」 などと溜息をついていると、見知らぬ英国紳士がにこやかに近づいてくるのであった。まったく、外国人というのは本当にパーティー慣れしているものだから、初対面でもものすごくフレンドリーなのはいいが、私たちは英語が話せないのださぁ困った。挨拶したら後が続かないってやつだ。やっぱり中学校で習った「お会いできて光栄です」式の、かしこまった言い方が望ましいのだろうか? 数秒間の激しい懊悩の後、いきなり流暢な日本語で挨拶されたのでその場にへたりこみそうになったことも、ここだけの話である。 そのレセプションは、ロンドン・インスティチュートが日本人のデザイナーやアーティストに賞を送ったことを記念する集まりで、他にもたくさんの日本人が出席していた。美術関係者はそれほど多くなく、どうやらアカデミックな方々が主だった出席者だったらしい。どうりで、上品なわけだ。 それほど多くなかった美術関係者の中で、ひときわ人気者だったのがアーティストの宮島達男だ。彼は、本年度のヴェネツィア・ビエンナーレの日本代表であり、国内外でつとに知られている。実は私はひそかに宮島ファンであり、ナマ宮島達男を見るのは今回がはじめて。 「きゃー、宮島ですよぉ、テレビでみたのとおんなじ。あー、動いてる話してる呑んでる酔っ払ってるぅ!」 と、小声でボスに訴えていたのだった。ほとんどミーハーである。「滝沢く〜ん」とか言ってる中学生の気持ちが痛いほどわかる英国大使館の夜であった。 その後、土屋公雄によって宮島達男に紹介してもらった私だが、土屋とボスがさかんに「この人は宮島さんの大ファンで」と強調するので、それは事実なのだが、そうとうに恥ずかしかったのも事実だ。おかげで「えっとえっと、そうです、ずっと好きでした」などとまるで 女子中学生が放課後に片想いの男子生徒を呼び出した時のようなくさいセリフを 口走ってしまったじゃないか! とほほ。 落ち着こう。さて、英国大使館である。素晴らしかったのはパーティー会場だけではない。土屋公雄のふたりの中学生のお嬢さんとつれだって訪れた化粧室もまた素晴らしくかわいらしかったのだ。ドアを開けた途端に三人で「きゃー、広ーい! きれーい! かわいいー!」とおおはしゃぎしてしまったのだ、年甲斐もなく(年甲斐のないのは私だけだが)。 それはいわゆる「ローラ・アシュレイの世界」であった。女性ならわかると思うが、全体がブルーでコーディネートされていて、壁紙、カーテン、ひとりがけのソファなどが、全部繊細な小花模様に統一されている。洗面台の隣には、高級ホテルのバスルームに置かれているような真っ白のタオルが山積みにしてあって「どうぞご自由にお使いください」という贅沢きわまりない状態なのだ。とにかく、すべてにおいてゆき届いているという感じにうっとりとしてしまった。 化粧室から戻ると、人々は庭に面した別室にもちらばって談笑していた。「庭にも出られるよ」と教えられ、私はかわいい中学生ふたりとともに、開け放たれたドアから庭に出た。 「これって人工芝?」 と誰かがつぶやいていたが、そう思わせるほどに完璧なまでに整えられた芝生の庭が月明かりの下に広がっていた。足を踏み出すのもはばかられるほどに美しい芝生の庭に、さっそくうろうろとさまよい出た私は、ふたりのお嬢さんたちにおいでおいでをして呼び寄せた。庭から見る大使館の建物もまたいい感じなのである。 「写真を撮ろう」 と三人でわいわいやっていたら、さきほどレセプションの途中で挨拶をしていた上品な初老の英国紳士が「私が撮ってあげましょう」と多分そんなことを言ったのであろう、英語だからよくわからないのだが、とにかくにこやかにとても親切に私たちを撮影してくれた。さすが、本場の英国紳士である。 あとでその人がロンドン・インスティチュートの偉い人であるのを聞かされて「その人に写真撮らせたの? 知らないってのは怖い」とか言われてちょっと赤面したことは、いつか年老いた日々に「若かりし日の冒険談」として思い出すことにしよう。 芝生の庭のはずれの庭園の中に、イギリス人アーティスト、ディヴィッド・ナッシュの彫刻があるよ、と聞かされて、ボスといっしょに見に行く。が、ナッシュの作品は自然木を使っているため、どれが彫刻なのだか庭の木なのか、暗かったので最初はよくわからなかった。 「作品は葉っぱが並んでるやつで、落ち葉と見分けがつかないんじゃないか?」とボスが言うので「葉っぱの作品はアンディ・ゴールズワージーですよ」などと、アートをご存知の方なら脱力するような会話を交わしながら、思ったとおり庭の木だか作品なのかわからないようなナッシュ作品を無事発見する。 美しい芝生の庭を横切って大使館の建物に向かいながら、 「なんか、こういうところでダンスとかしたくなっちゃいますね」と実際はダンスというものをしたことがない私がつぶやく。 「すれば?」 すれば、と言われても音楽がないじゃないか、それにダンスの相手は? 真田クンはどこ? そんなこんなで、夢のような英国大使館での時間は過ぎ、私はひとりタクシーに乗って帝国ホテル、ではなく東京讃岐会館へと戻ったのである。すごい落差……。いや、しかし、この東京讃岐会館もなかなかあなどあれないところで、庭に面したゆったりとしたロビーが1階と2階に贅沢に配置され、なにより、従業員の誰もが、フロントの人から掃除のおじさんやおばさんまでもが、異常に感じが良くて親切だったのには感激ものだった。 新しい仕事をはじめるにあたって、挨拶回りをかねた東京出張であったが、たくさんの人との新しい出会いもあった。また、なつかしい人との再会もあった。これからは、これまで以上にこの街を訪れる機会が増えるだろうが、次に泊まるのもまた東京讃岐会館にしよう、と密かに決意した、そんな一日。
■参考: ■ |
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