バイマンスリー/ ギャラリー・アドベンチャー
11月
16日水曜日

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 #20 公安の監視下

 

 その日、私はひとり、警察署を訪れた。運転免許証の更新と、たった一度の交通違反(よりによって交番前の信号での信号無視。私の認識では信号は黄色だったけど)の講習以外に警察署を訪れたのは初めてだ。訪問の目的は、新しい仕事に必要になるかもしれない営業許可についてのリサーチである。

 現在、美術に関係する仕事で「国家資格」が必要なのは美術館の学芸員だけだ。これは教員免許みたいなもので、大学で特定の専門教科の単位を取得し、短期間の研修を経ることで自動的に得られるか、国家試験を受けて合格するかのどちらかによって取得できる。

 また、資格ではないがいわゆる営業許可を公的機関に申請をしなければならないのは、美術商の中で「古物」を取り扱う場合だけ。「古物」と聞くと、いわゆる「骨董」を想像される方が多いだろう。
 もちろん、さまざまなジャンルの美術商の中でも骨董商は「古物営業」の代表格であるけれども、この場合の「古物」というのは「二次流通品」のことで、1年前の作品であろうと、一度販売されたものであれば二度目の売買の折には厳密にはそれは「古物」という取り扱いを受けるのである。
 というわけで、現代美術であろうとアーティストのスタジオから直行してきた新作以外の作品を売買する際は、「古物営業」に該当する。

 私は美術業界の中でも、これまで資格も許可も関係ない仕事をしてきた。けれど、新しい仕事の中の業務として新作以外の作品を扱うことが想定されるので、万全を期して一応古物営業の許可を取っておこうと考えたのだ。勤めていた画廊の元ボスに聞くと、「もよりの警察署へ行け」と言う。古物営業の許可を警察に申請するのは知っていたが、それにしてもどうして美術商の管轄が警察なんだ? という根本的な疑問をかかえたまま私は警察署の受け付けに向かった。

 私は犯罪者ではないが、それにしても警察署という名のお役所は、なんとなく緊張を強いられる場所である。なるべく怪しい人間に見られないように、一応スーツなど着用していくところが、なんとなく自分の気の小ささを感じないでもない。受付で尋ねると、古物営業の窓口は「生活保安課」という部署だという。アートをなりわいにしている意識で警察に来ること自体釈然としないのに、「生活保安」などといわれるとますますわけがわからない。

 言われるままに「生活保安課」に向かう。そこは、ひとつの部屋にさまざまな窓口があるようだ。まず入り口に「銃器・火薬」なんてちょっと物騒な印象を与えるプレートがあって、ものめずらしさも手伝ってなんかきょろきょろとしてしまう。私の目指す「古物営業」の窓口はどこかな? と、天上からぶらさがる各種案内板を見回すと、ありました。

「銃器・火薬」の隣に「風俗・古物」のプレートが……。

 そうか、我々は風俗と同じ窓口なんだ。軽いめまいにも似た感覚におそわれる。そういえば、わが国では画商は昔から「男芸者」なんて言われているし、おおまかなくくりでの水商売グループなんだろうか?

 私の目の前では、パンチパーマに柄シャツのおじさんがなにやら申請している。係の人がちらりとこちらを見た。この時、私は心の中で「さて、私は一体なんの申請に来たのでしょうか? 1.風俗 2.古物」などとふざけた2択問題を出していたのだが、さすがに口に出すのははばかられ、「古物営業の許可についてお伺いしたいのですが」とあっさり自白してしまった。

 窓口の女性は大変親切で、書類を出して懇切丁寧に説明してくれた。それによって、私は今まで知らなかったいろいろな知識を得られたのである。

 まず、古物商といっても取り扱い品はさまざまで、それが美術品だけではないことは私も知っていた。たとえば古本。これも同じ古物商の営業許可である。でも、私の認識はせいぜいその程度であった。しかし、書類の「取り扱おうとする古物の区分」というのには、
 1.美術品類 2.衣類 3.時計・宝飾類 4.自動車 5.自動二輪・原付 6.自転車類 7.写真機類 8.事務機器類 9.機械工具類 10.道具類 11.皮革・ゴム製品類 12.書籍 13.金券類
 となかなか幅広い古物が列記されているのである。

 そうか、そうすると私はこれ全部を申請すれば、許可された時点で、法的には古本屋を開業してもいいし、古着屋、中古車販売、金券ショップ、質屋のどれを営業しても許されるわけね。なんの知識も経験もないのに。そうすると逆に、なんの知識も経験もなくても古物を取り扱う美術商の看板を出してもいいわけだ。危ないなぁ。

 すぐに商売ができるからと言っても、それがビジネスとして成立するのとは別の話なのだし、考えてみれば許可だけで資格もいらないこの世界、けっこう職業選択の自由はある。とはいえ、私が中古車販売の営業申請をしても仕方がないので、この中でいくと1の美術品類だけで充分だろう。

 しかし、それにしてもここに挙げられる古物というのは、美術品もふくめて「犯罪」がからみやすい商品ではある。古物と呼ばれる品々には「盗品」が混ざる可能性がままある、という事実は否めない。また、モノが所有者の手元から離れるには、いつもなんらかの「事情」があり、その事情をめぐる世界には必然的に警察が関わってくるような「別の事情」も発生しやすいのかもしれない。

 古物ではなくても、私のたずさわるアートの世界は、特別な専門知識を必要とされると同時に、そこで扱われる作品の価値があいまいである。そこには、抜きがたい人と人との丁丁発止の世界があって、あいまいだからこそ必要とされる「信頼」や「義理人情」があると同時に、

人を出し抜く「狡猾さ」も他人事ではない環境にある。

そのことは、どんなビジネスでも同じなのだが、組織化された企業と違って古物商というのはたいがい個人商店だから、なんとなく「怪しげ」な世界に見えるのだろう。

 書類を読みながら、漫然とそんなことを考えていると、別の担当者でいかにも「ベテラン」という感じの中年男性が説明の話に加わってきた。永年、風俗・古物関連のいわゆる水商売グループ(たぶん、彼らにとっての)を取り扱ってきました! っていう風格のある男性だった。

「この営業許可書は発行されて5カ月取引がない場合は、許可書の取消になりますからね」
「はい?」ふいを突かれた私は間抜け顔で首をかしげた。言われていることの意味がよくわからなかったのである。するとベテラン担当者はかんでふくめるように説明をしてくれた。ようするに、営業もしないのに許可だけ取るのはダメ、というわけである。

 しかし、私の場合、何種類かある業務の一環として古物を取り扱う可能性がある、というだけで、この先(というか5カ月以内に)確実にその手の仕事が入ってくる保証はほとんどない。事務所は開いたばかりだし、今のところ入っている仕事や、声のかかっている仕事で古物取扱の業務は影もかたちもないのであった。せっかく2万円以上の手数料(高い!)を支払った上に、たったの5カ月で許可が取消になるとはなにごとぞ。許せん。けれど、まぁここはお役所で規定は規定なのであろう。

 ベテラン担当者は「まぁ、取引が発生しそうになったら急いで許可とりに来てくださいね」と、おおらかな対応をしてくれた。

「あなたは悪人ではなさそうだから」

なんて言われちゃったりしながら。そんなわけで、今回はとりあえず書類だけもらって帰ることにした。手数料2万円以上ってのに、申請する気持ちがなえてしまったというのが本音なのだが。

「それで営業許可がでると、こういうのが発行されますから」と見せてもらったのが「時計・宝飾取扱許可」とかなんとか書いてあるブルーのプラスチックのプレートだった。うわっ、ださい! たしか知りあいの画廊だと黒に白抜き文字で「美術商」とか書いてあるものを見た記憶があるのだが、愛知県では最近はこちらに変わったとのことである。そのセンスのなさは、ますます許可申請を見送る気分に拍車をかけるのだった。ま、いざとなればちゃんと申請するけれども。

 というわけで、けっこう親切な担当の方々に書類一式を用意してもらい家に持ち帰った。その時、はじめて気がついたのが、この書類の提出先である。そこには「愛知県公安委員会」と書いてあった。風俗営業申請のパンチパーマのおじさんと隣り合わせた日、それは、思いがけず日本の公安の仕事の幅広さを認識した日でもあった。

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