バイマンスリー/ ギャラリー・アドベンチャー
3月
11日木曜日

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 #5 アートのお値段

 

展覧会前日。時には深夜までかけて、クローズした画廊の中で、作家と画廊のディレクター、アシスタント、それから作家のアシスタントや手伝いの学生を交えた展示作業が行われる。床には、展示される予定の作品がそこここに置かれ、試行錯誤の中で最終的な作品の位置が決められてゆく。

作家はあらかじめ、画廊スペースの図面に作品の位置を決めている場合も多いが、実際に設置してみると予想とは違った印象になることもあり、現場ではそこに細かい修正が加えられる。そのようにして、作品の位置が決まると、画廊のアシスタントはそこでやっと展覧会のための作品リストの制作に取りかかることになる。リストに必要なものは、作品のタイトル、サイズ、制作年、手法、版画の場合はエディション、そして、プライスだ。

現代美術の画廊の多くがそうであるように、私の勤めていた画廊でも作品が展示された壁にはキャプションを取り付けなかった。キャプションというのは、美術館では作品の右下あたりに付けられる白いプレート状のもののことを指し、上記のリストの内容が和文と英文で併記されているもののこと。画廊の展覧会で作品にキャプションを付ける場合、リストは別に用意されるので簡単にタイトルか、せいぜい制作年くらいが表記されるのみだが、それすら付けない場合が多い。それはなぜか?

実は他の画廊がどうしてそうしているのか、改めて尋ねたことはないのだが、私の個人的な見解としては「壁には作品のみがかかっているべきであり、キャプションは視覚的に邪魔」という理由がひとつ。そして、もうひとつは、これこそが本当の理由ではないかとすら私には思えるのだが、「キャプションに書かれた作品のタイトルを読むことで、作品に対する先入観を持ってしまうから」ということである。

たとえば黒くどろどろしたものが描かれた作品のキャプションに、『地獄の季節』というタイトルが書かれていたとする。人間というのは因果なもので、タイトルを先に見てしまった人はその瞬間からその作品を「『地獄の季節』という色眼鏡」でみることになる。同じ作品に『誕生の前』というタイトルが付けられていれば、それを読んだ人は「『誕生の前』という色眼鏡」を半ば強制的に付けさせられることになり、それが『朝飯前』であれば「『朝飯前』という色眼鏡を。

特に現代美術などのぱっと見よくわからない作品を前にすると、我々は不安になり、早急に手がかりとしての「タイトル」を捜そうとする。そこにタイトルが明記されていなければ、我々は自力で鑑賞しなければならない。

私などは、10年も美術の仕事をしていたにもかかわらず、未だに美術館に行くと、作品鑑賞の際に早急にタイトルを見たくなる誘惑と闘っている。さっさとタイトルを読んで理解したつもりになりたいという実に怠惰な精神がむくむくと頭をもたげてくるのだ。私が外国の美術館を好きな理由のひとつは、幸か不幸か「タイトルが全部英語で書かれているため、ほとんどそれを理解できない」からで、そうなると美術本来の「見る」という行為に没頭せざるを得なくなるのだ。

先入観をもたらすものは、しかし、「作品のタイトル」だけではない。実はさらに人間の因果さを際だたせるキーワードがあり、それが「作品のプライス」だ。展示される作品のキャプションにさらにプライスまで記載されている画廊に行くと、私のように業の深い人間は、いやだいやだと思いながらもその値段を見たとたん、瞬時に「100万円という色眼鏡」を通して作品を見ている自分に気づかされる。

しかし、美術作品がいくら作家の内面から突き上げてくる形而上的な命題によって制作されようとも、作品にはさまざまな理由によって現実には価格というものが付けられる。芸術家を取り巻く世界もまた市場主義経済であり、芸術家だけがそこから特別待遇を受けるというわけにはいかないのだ。

バブル経済華やかなりし当時、日本の泡沫成金たちによって常軌を逸した落札価格で次々と海外のオークションで競り落とされた古今の名画の多くは、現在日本国内には存在しない。それは、いったんは「高い値段で」日本人に売られ、バブル経済崩壊後、今度は「安い値段で」外国のアートディーラーによって買い戻されている。外国人ディーラーにとっては、まさに「一粒で二度美味しい」という状態。

現代美術の世界にも、多少、バブルの波は打ち寄せた。けれど、幸か不幸か、こと現代美術に関しては、需要に関する理想と現実の間には深くて暗い川があったのだ。特に、著名な外国人アーティストやごくごく一部の国内の売れっ子作家を扱う画廊をのぞけば、バブルの前も間も後も、あまり変わりばえはしなかった。それでも、バブル期の一瞬間、ある種の作家たちの作品価格は高騰して、それは現在も長く暗い尾を引いていると言わざるをえない。その暗黒の彗星の尾に呑み込まれてしまった人たちも決して少なくはない。

当時、国内でも老舗と言われるある画廊で作品を発表している知り合いの作家の展覧会に、私は出かけて行った。たまたま画廊にいた作家に挨拶したあと、ゆっくりと作品を見て、最後に、芳名台の上に置かれたプライスリストに目を通す。いつもの習慣だ。通常、作品が売れると、作品の右下やプライスリストに赤いピンやシールで印が付けられるので、どの作品がどのくらい売れたかはすぐにわかるのだ。

「よく売れてますね」
「まぁね」
まんざらでもないようすで、その作家は答える。
「結構、安いですね」
「まぁね」
このときの「まぁね」には、先の「まぁね」とはちょっと違う響きが含まれていることがある。そんな時、そこにはたいてい「不満」の感情がみえかくれしている。

作家としてのキャリアが20年を越え、それなりに知られた画廊でそれなりのコレクターも付き、それなりに売れる。作家としてはまさに、それなりに満足すべき状況なのだが、当時はバブル経済まっさかり、彗星のごとくあらわれた画廊が、彗星のごとくあらわれた作家の作品を、彗星のごとくあわられたコレクターたちに、驚くような値段を付けて売りさばいているのが、いやでも視界に入ってくるのだ。冷静ではいられない。彼らもまた人の子なのである。

「画廊が値段をあげさせてくれなくてね」
画廊のスタッフに聞かれないように小声でこそっとつぶやく。
「なるほど」
「ここから他の画廊に移って、もっと高い値段で売れてる作家もいるんだ」
「んー、でも、一度付けた値段は下げられませんからねぇ。それでずっとその値段を維持していけるんだったらいいけど。やっぱりここは堅実に行くのがいいですよ」
「あんたは画廊の人間だからなぁ」
「まぁ、でもうちもこの画廊も、作家と長く付き合っていきますよね? 画廊によっては売れない場合二度と取り扱わないケースも多いし、高い値段付けて売れなくて展覧会の声もかからない。そうなると、残るのは作品に付いた高い値段だけですよ。どうします? うちはそんな不当に高い作家なんて取り扱えませんよ。そんな作品を取り扱える画廊なんてたくさんないんだから」
「そうなんだよなぁ。こんな騒ぎもいつまで続くか……」

その後すぐにバブル経済ははじけて、愚痴をこぼしていたその作家も、あのとき調子に乗って作品の値段を吊りあげなかったことを心底よかったと安堵しているのでありました。

美術作品の値段はあってないようなものだと言う人もいる。確かに、一般の工業製品のようなコストから割り出す価格というものはない。でも、そこには美術の世界独特の目に見えない階段のようなものがあり、規則性がないように見えて、実は「常識的な価格設定」が存在する。

私は日本人作家を専門に取り扱ってきたので、外国人作家の事情には詳しくないが、「この画廊は、この作家は、アートのプロだ」と思えるような展覧会で見た作品の価格は、一般に想像するのとそんなに違わないものである。しかし、古美術の世界ではないが、この作品の値段を認識するには専門的な知識や情報がある程度必要なのも確かで、端からみれば「不透明感」も漂うことだろう。まあ、どんな世界でもものごとはそのようなものではあるけれども。

美術という表現そのものは、言語を介さないことが多いために翻訳という作業も必要としない。むしろ際だった文化の差異をダイレクトに提示できることからも、ワールドワイドで活躍するのに適した分野といえる。だから、海外で活躍する日本人作家も多くいる。面白いのは、バブル経済の時代、そうであったように、海外の美術マーケットは、日本国内と比べて相当にシビアである、ということだ。

「日本画の○○画伯の作品は号1000万円」

なんて話が当時流布したものだが、こんな高値が付く作家は現存する世界の巨匠の中にもそういるものではない。日本に情報として伝わってくる外国人作家でも、作品の値段は「まあ、そうだろうな」という範囲からさほどずれはなく、むしろ国内作家に「えー。どうしてこんな値段が付いているの」と思わされることのほうが多い。

ここで少し脱線するが、この世間でよく言われる「号いくら」というのを知っておくと、多少便利である。油絵や日本画にはキャンバス(日本画の場合はパネルに紙が貼られている)などに規定のサイズがある。10号とか150号とか。ちなみに10号は53.0×45.5センチ、150号は227.3×181.8センチ。ちなみにピカソの『ゲル二カ』は500号で350×780センチ。もうあそこまで行くと「壁」である。

「○○画伯の作品は号1000万円」というときの「号」は、「1号にすると」という意味だが、現実には1号というキャンバスの規格サイズは存在しない。SMと書いて「サムホール」と呼ばれるサイズと0号というサイズがだいたいそれに近い感覚なのだが、実際は「4号サイズの作品の値段を4分割した値段」くらいの意味で使われるらしい。らしい、とあいまいな言い方をしたのは、現代美術界や海外では「号いくら」という土地を売るみたいな値段の付け方はしないので、私は知らなかったのである。これを書くに当たり確認のために名古屋のベテラン画商さんに電話して、はじめて知ったのだ。

洋画や日本画の場合、新作はこのようにその作家に付けられた価値「号いくら」というのが価格設定の基準になっている。4号サイズなら33.4×24.3センチ。その4分の1ということは、だいたい官製葉書1枚程度の大きさである。だから、「号1000万円」なんて滅茶苦茶としか言いようがない。

話を戻そう。とにかく、日本国内でものの値段がやけに高いのは土地が高いことに由来している。たとえば、東京の一等地のビルに画廊を借りる。その一カ月の家賃。それをはじき出そうとすると、ニューヨークの画廊のような悠長なお値段を付けていては維持が大変である。勢い、それらは作品の価格に反映される。バブルの頃、一番高い値段を付けていた作家は「東京の画廊を拠点に発表して売れていた」作家たちである。比較的若い世代の作家にもそのような傾向がみられ、名古屋や大阪など、まだ正気に近い状態の地域の画廊からすると「なんでこんな値段が付いたの?」と仰天してしまうしかなかった。

逆に価格に割安感を感じたのはかえってキャリアが長く、海外の画廊でも発表している作家たちである。内心では「あんな若造があんな値段を付けているのに」と苦々しく思ったかもしれないが、とにかく国内外の画廊での発表価格というのは基本的には同じとする原則があるので、シビアな海外の画廊からのプレッシャーでうかつに作品の価格をあげることができなかったのである。しかし、それが功を奏し、彼らは現在も生き延びている。彗星の暗黒の尾に呑み込まれることなく。

ところで、ときに私たちは作品が売れることを「お嫁にゆく」と呼ぶ。金銭でやりとりするシステムに「嫁にゆく」とはなんだか大時代だが、手塩にかけた娘を嫁にやる、そんな気持ちはわからないでもない。私は親しいコレクターが作品の前でじっとたたずんでいる姿を見てはよくそっと近づいていって、耳元でささやいたものである。

「おねがい。お嫁にもらって」

画廊の中では手垢がつくほど使ったこの科白だが、もちろん、現実の場面で使ったことは一度もない。過去にも、現在でも。と、日記には書いておこう。

 
 
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