Boiled Eggs をめぐって
展開するあらぬウワサ…

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「きょうのお料理」特別篇(一部加藤文風に)

 

6月13日火曜日

 友人と両国でオムライスを食べた。なぜ、わざわざ両国まで、オムライスを食しに行かねばならないのか。疑問は当然だが、聞かれてもちと困る。
 友人はむろん男で、学生時代からのつきあいだ。誘われる理由を
いちいち詮索したりしない。つきあいとはそうしたものだろう。
 国技館側の改札前のカフェでコーヒーを啜りながら待っていると、友人が現れた。午後の6時半だが、まだ明るい。オムライスの場所まで、10分近くあるという。歩きながら、理由を聞いた。ここに関係のない部分ははしょる。半年前に通りすがりにその店を見つけたのだが、看板のメニューに「オムライス2500円」とあった。2500円! いったんは通り過ぎたが、2500円がどうしても脳裡を離れず、引き返して店に入った。そのときの味が忘れられない、というのである。
「2500円のオムライスだからなあ」
「ふーん。それはそうかもしれないが、ふつう昼にサラリーマンがオムライスなんて食べるの?」
「はは。食べない?」
「食べんだろう」
「そうかな」
「そうさ」
 などと、擬似小津のような会話を交わしつつ、われわれは本所界隈のデープな場所へとやがて吸い込まれていった。
 店はオムライスだけではない。ステーキがあり、ハヤシがあり、前菜のメニューもある。しかし、われわれはオムライスを注文した。見ると、前からカウンターでひとり黙々と食べている中年の男性客も、最後にはオムライスを食べていた。後からやってきた若い女性のふたり連れも、迷うことなくオムライスを頼んでいる。やはり、オムライスの店のようなのである。
 出てきたものを見たが、量が多めのほかは、ふつうのオムライスとなんら変わるところがない。口に入れると、玉子とご飯がなかでとろける。ワインというより葡萄酒というべき信州の地ワイン(名は忘れた)とともに食すると、まったく胃に負担を感じない。
 地元の商工会議所青年団の集まりでもあるのだろう。それらしい青年が次々と入ってきては、狭い階段を上がってゆく。
 前菜とオムライスと葡萄酒で長居はできない。ここは飲み屋ではないのだ。先の中年客もすでにいないし、後から来たふたり連れも食べ終わるとわれわれより先に席を立った。
 外に出ると、黄昏は深くなっていた。
「どうだった?」
「いや。たしかに絶品にはちがいない」
「でしょう」
「しかし、ああいう店は会社の女の子を連れてきたほうが喜ばれるんじゃないの?」
「八人も連れてこられないのさ」
「全員じゃなくたって」
「まだすこし明るいようだから、これから本所の名所旧跡にご案内しましょう」
「なんですか、それ」
「駅に戻る途中に、いろいろとね」
 友人は横道に入ると、このあたりだったかな、などと独り言をつぶやきつつ、薄暗い公園のなかに入ってゆく。すると、暗がりになにやら大きな碑が見えてくる。
「これこれ。勝海舟生誕の地とあるでしょ」
「ほう。なるほど。さすが本所だけのことは。先生もこんな公園になっているとは夢にも思わないだろうなあ」
「次はこの先」
 と言って、友人はさらに横道に入ってゆく。
「ほら。芥川の文学碑」
「……杜子春? なんでこんな道端に芥川が? ここが生家なの?」
「はは。深くは知らない。そうそう。ついでだから、面白いところにお連れしよう」
 あたりはほとんど文字が読めないくらいに暗くなってきた。
 友人が入っていったところは、高層ビルに挟まれたお寺「回向院」。日はとっぷりと暮れ、なかに人などいない。いるのは猫ばかりである。ぼくは猫好きだが、こういう場所で見る猫は可愛くない。友人はずんずん奥へ入ってゆく。
「おかしいな。このあたりだと思ったが」
 まわりは墓地である。
「今度は誰?」
「いやね。鼠小僧のお墓が……」
「ね、ねずみこぞうぅ?」
「前に来たときはあったのさ」
「ふーむ」
 しかたなく、ぼくもお墓を見て歩く。角を曲がり、窪みになったようなところをのぞいて、びくっとした。
 小さなお地蔵さんがびっしりと敷き詰められたように幾段にもならんでいるのである。この一角だけにはどこからかわずかに明かりが差していて、墓碑銘は「水子の霊――」と読める。目を凝らして見ると、まわりにも、いくつもこのたぐいの墓石があるのがわかった。
 友人はようやく諦めがついたのか、
「ちょっと遅かったかな。また今度にしよう」
 とため息をついて、もと来た道を引き返しはじめた。

 翌日から、熱が出た。今日でほぼ一週間になるが、熱はまだひかない。

 

(murat)

 
 
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