「77777」に当たった方は、結局現れませんでした。そのわけを推測するに――
1 「77777」に気づかなかった。
2 「77777」はわかったが、『極め道』をもらえることは知らなかった。
3 「77777」もわかったし、『極め道』をもらえることも知ったが、すでに読んでいた。
4 「77777」もわかったし、『極め道』をもらえることも知ったが、こんなことで名乗り出るのが恥ずかしかった。
5 「77777」もわかったし、『極め道』をもらえることも知ったが、『極め道』に興味がなかった。
6 「77777」はわかったが、スクリーンショットの撮り方を知らなかった。
7 「77777」はわかったが、機械の調子がいまひとつで、スクリーンショットを撮ろうとしてフリーズしてしまった。
8 「77777」のスクリーンショットを撮り、メールを出そうとしたが、そのときふとスクリーンショットの送り方を知らない自分に気づいた。
9 「77777」を知り、スクリーンショットを撮ろうとしたとき、社長から呼び出しがかかり、戻ってみたら、他の社員が機械をいじくっていた。
と、こんなところでしょうか。まあ、次回はアクセスカウンターが「100000」になったあたりでまたプレゼントを考えますので、上記のどれかに該当する方がいらしたら、それまでに問題を解決しておいてくださるようお願いします。
二週間ほど前、「本とコンピュータ」の編集者氏と有楽町でデートした。以前ぼくの勤め先だった出版社がアメリカのベストセラー作家マイクル・クライトンを日本に呼んでいて、その講演会があったので、一緒に聞きに行ったのである。「作家エージェントの一カ月」というエッセイでお世話になったことのお礼を兼ねていたのだが、それはまた別な話。
マイクル・クライトンはテクノロジーと人間の関係をテーマに書いてきた作家で、来日はこれで3、4度目。2メートル以上の背丈は、ホールで見ても驚くほどの大きさだが、物腰は非常に穏やかで、ゆっくりと話す。
その話はいつ聞いても興味深いのだが、今回いちばん面白かったのは、いまアメリカでは重要人物になればなるほど携帯電話を持たなくなっている、というくだりだった。シリコンバレーなどでは、「私は携帯電話を持っていない」とアピールするのに、エグゼクティヴほどあえてポロシャツにチノパンというスタイルにしていると言ったのには笑った。その話をしているときに、近くの客席では携帯の着メロが鳴っていた。
そういう話を聞いていると、クライトンはテクノロジーに否定的な作家かと思う向きもあるかもしれないが、じつはクライトンほどテクノロジーの好きな作家はいない。昔から日本にくるたびに、いま使っている最新のPower
Bookを持ってきては自慢していた。Macのファンで、新機種が出ると必ず買っているらしい。Appleの前CEOギル・アメリオにMacとWindowsの違いを聞かれて、「Windowsで書こうとするとちっとも書けないのだが、なぜかMacの前に座ると仕事ができるんだ」と答えたことは有名な話だ。
昨夜、NHKの「クローズアップ現代」に登場したのを見ていたら、クライトンの書斎が映った。22インチのCinema
Displayを前にブラインドタッチでなにやら書いている。そして、Displayの横にはちゃんとG4 Cubeが置いてあった。デスクの上にはほかにはなにもない。
ぼくは当然すこぶる上機嫌だった。同じG4 Cubeを使っていたことがその主たる理由だが、本当を言えば、ああ、クライトンはやっぱり我慢できない人なんだ、と一人ほくそ笑んでいたのだ。テクノロジーの暴走に警鐘を鳴らす秀才作家は、同時に、新しいテクノロジーを装備した機種が出ると、子供のように試さずにはいられない人間でもあるのである。
番組の冒頭、国谷さんに「アイデアはどこから生まれるのですか」と質問され、「子供の頃呼んだ本がもとになっているのでしょう。いまでも子供っぽいと言われるんです」と言って、57歳のクライトンは笑っていた。
数年前、そのクライトンに、当時出たばかりのカシオのデジタルカメラQV-10を見せて、写真を撮ったことがある。その日のうちにぼくのホームページに写真をアップし、クライトン宛にメールを出しておいた。帰国したクライトンから、これからおまえのホームページを見るよとメールが届いて、10分後に、写真を見てすぐ日本でのあのときのことを思い出した、すごく嬉しいとメールが来た。
後で、同僚から、天下のマイクル・クライトンに自慢なんかしたのは世界中でおまえだけだよと苦笑された。そんなふうに言われて、まんざらでもない気がしたことを、つい昨日のことのように思い出した。