第1回ボイルドエッグズ新人賞受賞作発表!

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第1回ボイルドエッグズ新人賞受賞作

本格推理委員会 日向まさみち
(エントリーNo.23/Aフィクション部門)

作品内容: 小中高一貫のマンモス校木ノ花学園を舞台に、新設された「本格推理委員会」のメンバーが古い校舎で起きた幽霊事件の謎に挑む、青春学園ミステリ。
著者紹介:ひなたまさみち。1980年生まれ。23歳。京都府立大学文学部在学中。京都市在住。
選考過程
1 第1回ボイルドエッグズ新人賞には、総数25作品のエントリーがありました。
2 各選考委員は、25作品すべてに目を通し、それぞれ評価リストを作成しました。
3 その評価リストをもとに、2月中旬、選考会を催しました。
4 選考会では、各作品について各自自由に意見を述べ合いました。新人賞の候補として、『リプレイ』『L・P・H』『オランダ苺と白詰め草』『闘う瞳』『無双学園』『本格推理委員会』が主に話題にのぼりました。
5 最終的に、日向まさみち『本格推理委員会』が、作品世界の面白さ、作家としての将来性を高く評価され、受賞作と決まりました。受賞作は近く産業編集センター出版部より単行本として出版されます。詳細はあらためて告知します。
6 なお、「Bノンフィクション部門」は該当作なしとなりました。

選考委員講評(到着順)

三浦しをん

○全体について
 文章が非常にこなれていて、書き慣れているかたが多かったと思います。そうなると次の問題は、どういうテーマをどう書くか、です。
 テーマの傾向として、「恋愛/幼少期トラウマ」系と、「格闘技/ヒーロー物」系がすごく多かった。前者の場合、自分のナマの声(経験・主張)をいかに客観的にストーリーに昇華するか、後者の場合、物語のメリハリ(テンポ)をどうつけていくか、が特に注意すべき点ではないでしょうか。
 テーマにかかわらず、書くときに重要だと思うコツを、以下に挙げます。
 一、読者のことを考える。
 ひとりよがりにならないように、作者の脳内はなるべく客観性を保つ。
 二、魅力あるキャラクターづくりをこころがける。
 「この登場人物はこれからどうなるんだろう」と、読者に先を読み進めさせるために、共感できるキャラクターを設定する。
 三、話の盛り上がりと原稿枚数を計算する。
 読者にテンポよく読み進めてもらうために、エピソードの適切な配置を考え、書きたい内容と枚数とが見合っているかを見極める。
 四、状況・心情が、描写から浮かび上がるようにする。
 大事なこと(テーマ・主張・主人公の過去など)を語るとき、登場人物の会話に頼りすぎるのを避ける。
 五、人称の問題。
 人称のブレは、読者の混乱を招く。一人称なのか、三人称多視点なのか、三人称一視点なのか、どこに「語り」の核を置くかで物語はガラリと変わるので、一番効果的な人称(視点)を、書きはじめるときにまずは決める。
 
○個々の作品について
『闘う瞳』:ボクシングの試合シーンがリアルで、私はとても好きです。告白の場面や、加奈子と見た空を篤が美しいと思う瞬間など、とてもよかった。しかし、加奈子は最初から充分いきいきしているので、借金取りが来るところでは、急に気弱でおとなしくなってしまったような違和感がある。借金関係のエピソードにもうちょっと比重を置き、ボクシングのエピソードとうまく絡めてバランスを取ると、もっといいのではと思いました。
『L・P・H』:導入部で損をしていると思う(導入部で書かれているような事柄は、物語の展開とともに自然に描写されるべき)。前半部分(学校生活)はすごくよかったです。特別な力のない静間が、それでもヒーローとしてマスクをかぶる意味などは、とても共感できる。後半、イグナチウスが出てきてからの展開をもうちょっと練って、整理したほうがいいかなと思いました(イグナチウスの行動の動機づけを、思いきってもっと単純明快にするとか)。
『オランダ苺と白詰め草』:素直な文章と作風で好感度が高い。舞台選びや、文豪を登場させる設定がいい。大正っぽい街の描写や雰囲気を、もっと味わいたいと思わせる魅力がありました。謎解きがやや弱い。一番の問題点は、タイムスリップに矛盾と混乱があるところです。
『無双学園』:陣内先輩が好きです。無双学園という設定がいい。テンポと枚数(長すぎ)に注意すべき。様々な謎を引っぱりすぎず、小気味よく解決していって、次の展開にどんどんつなげたほうがいいと思います。細かい部分ですが、オカマの野尻さんを「悪い見本」としてしまうのは一面的すぎ、羽村先輩の演説(無双学園の主旨)とも反するのではないでしょうか。
『リプレイ』:文章が安定していて、客観性を保ちつつ恋愛を描いているところがいい。ラストの手紙のシーンが感動的。女性二人の奇妙な友情も説得力がありました。話が破綻なくうまくまとまっているからこそ、ややパンチに欠けるところが、とても惜しく感じられました。

○受賞作『本格推理委員会』について
 主人公を筆頭に、ストーリー展開に即して登場人物の心情の起伏がきちんと描かれ、読んでいて「どうなるんだろう」と最後まで興味が持続した。魅力的なのに、あまり物語に関係してこない登場人物がいて少し残念ですが、設定がおもしろいので、続編やサイドストーリーを書くことも可能かなと思いました(その際はぜひ、菊地君に活躍の場を与えていただきたい!)。
 ただ、トリックと推理に、ややアンフェアかなと気になる箇所がありました。魅力のある物語なだけに、より緻密で端整な謎解きを期待します。
 

滝本竜彦

予想以上にレベルの高い作品が多く、楽しい選考が出来ました。
以下、目についた作品の講評です。

『昼寝/短編小説作品集』
商品にするには完成度が足りなすぎますが、ところどころ目を惹く文章がありました。

『L・P・H』
ライトノベルの文法に則っている作品だったので、安心して読み進むことが出来ました。「おお!」と興奮したシーンも数カ所ありました。ですが悪役の設定が類型的だったり、ヒロインがむやみに強すぎたり、文章がまだまだ粗かったりと、直すべき点が多々あります。もう少し頑張れば、市販ライトノベルの水準に達するので、このまま気合いを入れて頑張りましょう。主人公の造形が魅力的なので、その点をさらに突っ込んで考えれば良い作品になると思います。

『無双学園』
力作ですが、長すぎる上に散漫としています。なぜこれほどまでに長くなってしまったのかと言えば、登場人物たちの頭の悪い推理によって、提示されたミステリーへの回答がむやみに引き延ばされているからでしょう。そんなことをしても読者のイライラが募るだけなので、無意味な謎の引っ張りすぎは良くないと思います。そしてストレスを一気に解消するはずの格闘シーンにも、いまいち迫力がありません。その原因は、おそらく登場人物たちが喋りすぎていることにあるかと思われます。黙って拳で語りあうような、もっと血のたぎる格闘シーンを書いて欲しいです。しかしとにかく力作でした。女性キャラがほとんど登場しないところも潔くて素晴らしいです。

『闘う瞳』
なんといっても出だしが秀逸でした。もし書店でこの出だし数行を読んだなら、迷わずレジに持っていったと思います。読みやすさも抜群で、スラスラ最後まで読み進んでしまいました。しかし問題点もあります。まず第一に、格闘描写が弱いこと。ボクシングの試合を丁寧に描写している点には好感が持てるのですが、世には素晴らしいボクシングマンガが多数溢れています。文章で行動を描写しているだけでは、マンガに勝ち目はありません。もっと小説独自の、小説にしかできない格闘描写を模索するべきかと思います。そして第二の問題は、心情の説明が多すぎることです。登場人物たちが熱い感情に目覚めていく、それは素晴らしいことなのですが、彼らの心の内をひとつひとつ文章で説明してはいけません。心情の変化は、説明ではなく描写によって読者に伝えるべきです。そうすると説教臭さが薄まり、読者の感動もますますパワーアップするに違いありません。

『本格推理委員会』
もっとも商業的に成功する可能性の高い作品として受賞作に推しました。今後は既存のキャラクター造形を用いてゲーム的な小説空間を作り上げる手法を、さらに自覚的に自作に取り入れ、もっともっとハジケた作品をたくさん書きまくって欲しいと思います。

千木良悠子
 
 小説は誰にでも書けるそうである。昨日読んだ「CUT」で乙一さんが言っていた。乙一さんが言うからには、間違いはないんだろうと思う。世には素晴らしい手引き書が数多くあり、物語のダイナミズムやキャラクターの作り方等々、みんなそこに書いてあるとのこと。それが本当なら、みんな今すぐ本屋に走ったほうがいい。それでパターン通りの小説を書き、出版して芥川賞をとるなりしてウッホッホ、だ。迷うことはない。なんたってウッホッホ、なのですから!
『本格推理委員会』にはどこかで見たようなキャラクターがたくさん登場する。ロリータでパンツ丸見えの女の子、モーレツな馴染みの女の子、胸のでかい美人の理事長、明晰な友人にエロいことばっかり言ってる友人。そして目つきの悪い、いつも周りに巻き込まれてしまう主人公。パターン通りのはずなのに、やっぱり彼らは魅力的だし、儚い学生生活を一瞬だけ生きる現代の若者に見える。それは匙加減のセンスと、あと全体を通して流れる何か儚い、郷愁のようなムードの効果だろう。学生生活は短くて儚い。儚いのはエロチックである。この作品はエロチックで、それがとっても良かったと思う。
『リプレイ』も丁寧に書き込まれていて良かった。丁寧すぎて困ってしまうくらいだった。文も感性も感心するほど巧みで、だが感性が巧みってのは果たしていいことなのか? と逡巡させられた。女の人はもっと滅茶苦茶やってもいいと思う。
『オランダ苺と白詰草』も楽しかった。まず題名がすばらしい。芥川龍之介や菊池寛の登場にはこちらも一気に盛り上がったが、しかし牧歌的なムードに大きな裏切りが最後までなく、パターン的には少しアウトだ。
 実はほかにも気に入った作品が一つ二つあった。パターンなどという概念を蹴り飛ばすようなぶっ飛んだ筋書き。「なんて霊的なんだ!」と思わず叫びたくなるような文章。だが、どうも私の目は節穴のようである。他の審査員に言わせると、それは霊的なんではなく文章が混乱し、書き手の意識が混濁しているだけなんだそうである。アラ?
 マニュアル本を熟読して、次回の選考会に備えなくてはならないようである。乙一さん、本物の文学について教えてください。

村上達朗

 ぼくは応募作をエントリー順に読んでいった。基準は「才能があると思えるか否か」である。文章のしっかりしている作品が多かった。そのことに意を強くしながらも、これはと思える作品には、なかなか出会わなかった。
 23番目の『本格推理委員会』はタイトルに惹かれ、期待して読み始めた。文章は軽快で、人物は面白く、随所にユーモラスなやりとりがある。読み出してすぐ、ぼくは快哉を叫んだ。これがぼくが求めていた作品だと思った。願わくば最後までこの調子で進んでくれと祈った。中盤、一人称が三人称多視点に変わったところで、がっかりした。ミステリでこういう書き方をしてはいけない。しかし、何度か読み返し、この傷は書き直せば修復できると思い直した。この作者ならできるはずだ。自分たちがいま読みたい小説を書きたいという強い願望が作品から漂っていた。
 全作品を読み、作家としての将来性を感じるのはやはり『本格推理委員会』を措いてない、これを受賞作に推したいとあらためて思った。人称に関する問題は単行本になる際に解消しておけばよいことだ。
 実績のない文学賞に、こんな楽しみな才能が来てくれたことが、ぼくは嬉しかった。
 ほかには、『オランダ苺と白詰め草』も面白いと思った。作者が楽しんで書いている様子が想像でき、好ましかった。惜しむらくは、それがまだ趣味の域を出ていないことで、作家としてデビューするためには、もっと読者を意識して書かねばならない。
『無双学園』も惜しかった。書きたい世界が明快にあるのはよいが、この内容に1100枚は長すぎる。半分でよいはずだ。長くなるのはセーブが効かないからで、これももっと読者を意識する必要がある。自分が書きたいこと(格闘シーンなど)に自覚的にならなければ、作品に客観性が生まれず、小説として商品にならない。
『リプレイ』は文章がしっかりしている。心理をとらえる感覚も鋭敏で、作品としてのまとまりもあるが、「華」がない。作家としてデビューするためには、きれいにまとめることよりも突出した何かが必要なのだが、それが見えなかった。

 各選考委員の講評からも明らかだが、当落の差は、あってないようなものである。受賞作も完璧ではない。ほかの作品にも可能性がなかったわけではない。しかし、現実には受賞と落選がある。その違いはなんなのか。答えのひとつは、ほかの選考委員も書いているように、「どこまで読者を意識して書けるか」だと思う。
 作家としてデビューするまでは誰しもアマチュアである。アマチュアであるうちは好きなことを好きなように書けばいい。しかし、作家としてデビューするということは、「読者にお金を払ってもらう」ことなのだ。文学的感動も、面白さも、ルサンチマンも、あらゆるものが例外なく商品としてあるということなのだ。「才能を客観視できる才能」とでもいうか、それが当落の分かれ目ではないかと、ぼくには思える。
 第2回ボイルドエッグズ新人賞に応募される方々も、今回の各選考委員の講評をぜひとも参考にしていただきたいと思う。

 

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