第13回ボイルドエッグズ新人賞発表!
2011年10月31日

第13回ボイルドエッグズ新人賞

サザエ計画  園山創介
(エントリーNo.65)

作品内容:
ん? 高校一年生のあたしの家に、突然、大きな黒縁眼鏡をかけた挙動不審の男がやってきた。総務省から来たという。そして「古き良き時代の家庭環境を研究する対象として、あなたが選ばれました。日本全国からランダムに選定した人たちと、以後、架空の家族として生活していただきます」というのだ。名づけて、サザエ計画……ありえない! マジありえない!! 地方の平凡な一高校生のあたしが、いきなりなんで!? その後、初めて会った六人と、あたしは新生活を始めることになるのだが、徐々にこの計画にはなにか裏の目的があるのではないかと感じはじめる。躍動するユーモア、先の読めない展開、そして慟哭のクライマックス。震災後の日本に現れた驚異の新人による感動作!

著者紹介:園山創介(そのやま・そうすけ)
1975年、埼玉県生まれ。拓殖大学を卒業後、金融機関に勤務。
選考過程
1 第13回ボイルドエッグズ新人賞には、総数91作品のエントリーがありました。⇒第13回エントリー作品
2 慎重な検討の結果、最終的に、園山創介『サザエ計画』が受賞となりました。受賞作は近く産業編集センター出版部より単行本として出版されます。刊行の詳細はあらためて告知します。
第13回ボイルドエッグズ新人賞講評   村上達朗

 前回の発表(2月21日)後、我が国は絶望という名の大震災に見舞われました。小説を書く人間も等しく例外なく、その果てしない大渦に呑み込まれたものと思います。小説とは時代を映す鏡であり、小説を書く作業とはその鏡を磨き上げることにほかならないと常々思っていましたが、今回ばかりは鏡そのものを用意することが困難ではないかと感じていました。ふたを開けてみると、歴代最高の応募数になり、そのこと自体は嬉しく思ったものの、果たして鏡そのものが機能しているのだろうかと不安な気持ちでいたことも事実です。
 読み出してみると、出来不出来は別にして、いつにも増して力のこもった作品が多くありました。発表までに全作読了できるのかと心配になったほどでした。
 
 すべての応募作の中で、もっとも胸を打たれたのが、園山創介氏『サザエ計画』です。地方の平凡な一女子高生が、いきなり謎めいた「国家プロジェクト」に巻き込まれていく話ですが、荒削りながら、文章に勢いとユーモアがあり、一気呵成に読ませます。クライマックスにさしかかると、「ええ!? これはこんな話だったのか!」と驚かされ、思ってもみない感動が読者を襲ってきます。いま書かなければならないという思いに突き動かされた作者の「魂」がダイレクトに読者に伝わってきます。長年、小説家は「物語の才能」が第一と信じ、そのことを書いてもきましたが、大事なことはそれだけでなく、その作品には小説家の「魂」が込められていなければならない、そうでなければ小説家の思いは読者には伝わらないということを、この作品から学ばされました。今回の受賞作には、物語の才能と魂、この二つを感じさせられた『サザエ計画』がふさわしいと確信した次第です。それはどんな物語なのか。作品の刊行をどうか楽しみにお待ちください。
 
 次は今回最大の問題作、トム・ヤムクン氏『マクドナルド・パラドックス』です。グルーヴ感あふれる文体の、アンディ・ウォーホールを思わせる独創的な作品で、現代消費社会のアイコンであるファストフード店「マクドナルド」を舞台に、タイム・スリップが起こるのです。「はじめにビッグマックがあった。ビッグマックは父とともにあった。」で始まる神話的な書き出しがなんともすばらしく、タイム・スリップを引き起こすガジェットがこれまたキュート(笑)。このような文体、趣向を意のままに操る作者の小説のセンスは本物だと思いますが、タイム・パラドックスものとしては映画の『ターミネーター』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を思わせたり、未来社会のありようが単純化されすぎていたり、「マクドナルド」が悪の帝国的な扱いにされていたりと(それらも意図的なのかもしれませんが)、物語設定の根幹に図式化された世界認識があるのではないかということが気になりました。小説としてもっとふくらみのある世界が描かれていたなら受賞作になり得たのにと、残念に思いました。
 
 野々上いり子氏『ナカムラ美容室』はとてもよい作品でした。大阪市の下町(?)にひっそりとある美容室を舞台とした人情話ですが、「去年、阪神が21年ぶりにリーグ優勝した」とあるところから、これが1986年の物語だということがわかります。バブルの時代は始まっているがそんなこととは無縁な人たちの物語です。主人公の中学生を始めとして、その妹、両親、店員など、登場人物がじつに生き生きと息づいており、物語にも起伏があって飽きさせません。文章は比喩の使い方がうまく、会話の大阪弁がよい味を出しています。小生は、小説に安直に方言を使うことはよくないと思い、たびたび指摘もしてきましたが、登場人物の大阪弁が気にならず、むしろ心地よいと感じたのはこの作品が初めてでした。誤字脱字も誤った文章表現もなく、作者の実力はすでに既成作家並みです。しかし……と今回は悩みました。この作品を受賞作とすることにためらいがありました。なぜ、いま出版しなければならないか、という意義がどうにも見出せなかったからです。と思って作品を見直すと、全体があまりにもこじんまりとまとまりすぎている気もしてきます。良質の作品であることに間違いはないが、他を圧倒するなにかには欠ける作品だと思いました。ただ、この作者にはみずからの才能を信じ今後も小説を書いていってもらいたいと願います。
 
 江島治氏『大宮に雨とビールを』にも感心しました。会社員でいつも遅刻ばかりしているのに、ちっとも悪びれず屁理屈ばかり垂れているという、内田百閒の現代版のような人物が登場するのですが、この語り手である安藤さんのひねくれたキャラが笑わせます。しかも、この人物はまわりから煙たがられているかと思いきや、どちらかというと愛されているようで、そこもまた変に可笑しい。物語にとりたてて起伏はないのですが、社内の様子、人間関係が絶妙な距離感をもって描かれ、読ませます。読み進むにつれ、読者は安藤さん本人が気づかない(ふりをしている?)ある思いに気づき、じれったくもなるのですが、そのひねくれ者ゆえの秘められた心持ちがなんとも切なく感じられてきます。文章は手練の技と言ってよいほどです。惜しむらくは、話がただそれだけのことなのです(笑)。「ただそれだけの話」を面白可笑しく読ませることが悪いわけではないのですが、それにしてももうすこし話柄に広がりが、ストーリーにひねりがほしかったと思います。これだけの文章力、人物の造形力があるなら、今度は小さな器に大きな物語を盛り込むような芸を見せてもらいたいものだと思いました。

 ほかにも、筆力があり、内容やキャラの描き方に面白みを感じながらも、一方で物語の構造に欠陥があるなどの理由で、最終的に落とさざるを得なかった作品がいくつかありました。以下に作者名とタイトル、失礼なことですがひと言だけのコメントを記します。
・野川太郎『ザ・チューニーズ』*面白いが(タイトルもよい)、ストーリーが単調で、同じフレーズの繰り返しが多く、展開力に欠けました。
・三雲霄『BLUE』*多重人格ものですが、人格内の話にしてしまっては、わかりにくいし、真の葛藤のある物語になり得ません。
・田中パセリ『目には目を、私には私を。』*出だしも面白く、文章もよいのですが、作りが甘いです!
・じぇんじぇん『吸血鬼は抱き枕に噛みつかない』*文章も吸血鬼が小太りのオタクというキャラもよいのですが、後半の展開、とくに闘いの理由がいかにも弱く、戦闘シーンが長過ぎると思いました。残念です。
・佐藤幸恵『美しくなければダメなんです!』*前半は面白いのですが(タイトルもよい)、学園に入学してから、お茶の作法を覚える順番に沿って話が進むという展開が単調でした。残念です。
・いわもと愛知『公衆電話、増える、増える、そして鳴るっ!』*文章力があり、意想外な展開も悪くないのですが、公衆電話のアイディアがいまいち心に響きません。
・大月融『アンバ、悪魔の潜む森』*筆力があり、スケール感のある力作ですが(百田尚樹を思わせる!)、シベリアトラの話では読者はつきにくいと思います。
 
 以上を今回の講評とします。今後の執筆の参考にしてもらえれば幸いです。次回もみなさんのさらなる力作に出会えることを願っています。



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