第14回ボイルドエッグズ新人賞発表!
2012年6月25日

第14回ボイルドエッグズ新人賞

じらしたお詫びはこのバスジャックで
大橋慶三

(エントリーNo.36)

作品内容:
東京近郊のレンタルビデオ店で、栗山翔太は翌日も雨になってくれと願った。気が重かった。父が家族でディズニーランドに行こうと言い出していたからだ。残念ながら翌日の天気は快晴、ディズニーランドへ向かうバスには、栗山家の他に五人の客が乗り合わせた。バスが出発してほどなく、乗客の一人がナイフを振りかざし奇声を上げた。「オラー! バスジャックだ!」高速道をひた走る閉じられた空間で、展開は二転三転……さらに転がり続ける。栗山家とその他の乗客、運転手らの人生はどこに向かうのか? ユーモラスかつ勢いのある文体で、閉鎖空間のドラマを縦横無尽に活写する、新しい才能の出現。

著者紹介:大橋慶三(おおはし・けいぞう)
1976年東京生まれ。三歳より千葉県浦安市で育つ。東海大学政治経済学部を卒業後、ミュージシャン、家業である消火設備会社の二代目ボンボンを志すも挫折。現在は映像制作を生業としつつ、配信回数二千回以上を誇るポッドキャスト「こむぞう」にてパーソナリティを務める。
選考過程
1 第14回ボイルドエッグズ新人賞には、総数49作品のエントリーがありました。⇒第14回エントリー作品
2 慎重な検討の結果、最終的に、大橋慶三『じらしたお詫びはこのバスジャックで』が受賞となりました。受賞作は近く産業編集センター出版部より単行本として出版されます。刊行の詳細はあらためて告知します。
第14回ボイルドエッグズ新人賞講評   村上達朗

 第14回ボイルドエッグズ新人賞は、大橋慶三氏『じらしたお詫びはこのバスジャックで』と決まりました。おめでとうございます。まず、タイトルがすばらしい。応募作はエントリー順に読んでいくのですが、このタイトルからどんな話なのかとそそられ、原稿を読むまであれこれと想像しました。いうまでもなく、作品においてタイトルはきわめて大事で、中身と同じくらいに心血を注いで付けるべきものです。ストーリーは忘れても、タイトルは忘れないという名作はたくさんあります。作家によっては、物語を考える前に、というより、物語とは別に、タイトルを考えるという人もいるくらいです。じらしたとは何をじらしたのか、お詫びとは何をお詫びするのか、そしてこのバスジャックでということは、話はテロ? それにしてはふざけたタイトルだが……と想像をかきたてられます。こうなったら作者の思う壷です。
 読み出すと、中身も期待にたがわぬ出来、面白さでした。東京近郊のレンタルビデオ店から話が始まりますが、それはほんの導入部にすぎません。二時間ノンストップの映画を見せられているようなスピード感とともに、話は二転三転し、気づくと読者は思いも寄らないところに立たされています。原稿枚数が原稿用紙換算で240枚と、長編としてはややボリュームが足りず、その分過去のエピソードなどに不足の箇所があるので、そのあたりを改稿でふくらますことができれば、ユニークな傑作が誕生すると思います。刊行まで楽しみにお待ちください。
 
 受賞作とするか最後まで迷いに迷ったのが、尾崎英子氏『小さいおやじ』でした。文章の良さは応募作の中でピカイチです。おそらく目と耳が良いのだと思いますが、二十代後半の三人の女性の、それぞれに悩みや問題を抱えた日常が生き生きとした言葉遣いで描写されています。そこに、三人の生を結ぶものとして、東京のある神社に現れる(人によって見えたり見えなかったりする)人指し指大の「小さいおやじ」のエピソードが語られます。ぼくは、この文章の味としっとりとした心情描写は、どこか向田邦子に似ているなと思いました。これはたいへんなことです。
 それなのに、なぜ受賞に至らなかったかといえば、一つには、三人にまつわる物語が、これだけで終わったようには思えず、ここから先の話があるのではないか。具体的には三人の生が交わる話をあと一、二篇読みたかったということ。二つには、三人の物語と「小さいおやじ」現象が結びつく意味がとくにないように思えること。三つめは、この「小さいおやじ」、つまり神社における神様の使いという設定は、第4回受賞の万城目学『鴨川ホルモー』に似ているのだが、ホルモーほどには作り込まれていないということでした。となれば、当新人賞での受賞はむずかしいでしょう。
 物語は、二つめの話「間取りのいい部屋」がいちばん面白く、次が一つめの「ゴリヤク」、最後の話「見える人」も子供を抱くシーンなどに向田邦子を思わせる鮮やかさがありました。この際、神様の使いなどの飛び道具は使わず、できれば連作形式にも走らず(連作なら書きやすいという作り手側の都合に寄りかからず)、小説技巧にさらなる磨きをかけ、物語を長篇として構想し直すことをやってみてほしいと思いました。それに成功したら、もしかすると読者は今の時代の向田邦子という奇跡を目の当たりにできるかもしれません。そんなことを思わせる魅力と才能を感じた作品でした。タイトルに「おやじ」と付けたセンスはやや疑問でしたが。
 
 藤井七美氏『アダルトポスト受付嬢』も文章が良く、語り口に魅力を感じました。「アダルトポスト」とは、赤ちゃんポストのいわば大人版で、死にたい人がここにくれば、無人島で楽して暮らせるという自殺防止の国家プロジェクト(笑)。この設定はツッコミどころ満載で、詰めが甘すぎるところが致命傷なのですが、受付嬢の水田麻里(みずたまり、ですね)の一人称文体がすこぶる面白く、笑わせます。赤ちゃんポストの大人版というアイディアが浮かぶや、これはいけると書き出したのだと推察しますが、こういう大げさな設定を使うときは、建物の土台からその周辺までよくよく考えて作り込まないことには、主人公たちのせっかくの良さも台無しになってしまいます。国家プロジェクトがやがて主人公がかかえる問題へと昇華していくところも、それ自体はよいのですが、展開としては直線的、短絡的にすぎるように思いました。全体にはしゃぎすぎている(ハイテンションな)ところも調整の必要がありそうです。
 
 今回、心から面白いと感じた作品はこの三篇のみでした。
 
 いま「野性時代」で大沢在昌が「小説講座」を連載していますが、これが7月に単行本になるようです。小説の書き方(エンターテインメント小説に限る)、作家志望者の心得は、この小説講座に言い尽くされています。これさえ読めば、ほかの書き方本を読む必要はありません。それほど優れた講座ですから、今後の応募者は、必ず読んでください(すでにデビューした新人も必読です)。
 この「小説講座」で唯一ふれられていないのが、「テキスト形式」(拡張子が「.txt」となるファイル形式。テキストファイルという)についてです。応募者の中には「テキストファイル」という概念がわからないのか、「ワード」ファイルのまま送付してくる人も多いので、ここで簡単に説明します。
 ふつう、原稿は「ワード」などのワープロアプリやエディターアプリで書きますが、それをそのまま保存すると、アプリ特有の設定が残ります。ほかのアプリで開こうとすると、開けなかったり、文字が正確に再現されなかったり(ルビが飛んだり)、改行が飛んだりします。テキストとしての最低限の設定を残し、どんな機種でも(ウィンドウズでもMacでも)どんなワープロアプリでも開けるようにするのが、テキストファイルという形式なのです。出版社に渡す原稿や、出版社が印刷所に渡す原稿は、原則としてこのテキストファイルです。(最近では出版社が原稿をInDesignなどで加工して印刷所に渡すこともふえていますが、元になる原稿はテキストファイルでないといけません)
 本新人賞が応募原稿を「テキスト形式」で送ることと指定している理由はこういうことなのです。むろん、受賞したあとの原稿の改稿作業も、このテキストファイルでやり取りします。「ワード」ファイルのまま送られてきた原稿は、すべていったんテキストファイルに変換して読んでいるのだということをわかっていただけると幸甚です。
 では、次回も自信作、意欲作のご応募をお待ちしております。大沢在昌の「小説講座」を読み、原稿は「テキスト形式」で保存して送ってください。



Copyright (c) 2012 Boiled Eggs Ltd. All rights reserved.  Since 1999.01.01