第21回ボイルドエッグズ新人賞発表
2018年2月1日

第21回ボイルドエッグズ新人賞
探偵はぼっちじゃない
坪田侑也

(エントリーNo.42)


作品内容
 シャーペンの頭をノックすると短い芯が「楽市楽座」の上に転がった――中学3年生の緑川は、厳しい受験勉強に身を置きながらも、友人にも恵まれ学校生活は充実していると自分に言い聞かせていた。そんな中、夜の街で同校の生徒だと名乗る不思議な少年に出会い、その少年と文化祭のためのミステリ小説を共作することになる。一方、緑川が通う私立校の新米教師・原口は、自身の未熟さを痛感しながらも、熱心に生徒たちに向き合っていた。ある日、自殺サイトをチェックしていると、自殺志願者の中に自校の生徒とおぼしき人物がいることに気づく。ミステリ・イン・ミステリ――ボイルドエッグズ新人賞史上最年少、弱冠15歳の中学生による驚愕のデビュー作!

著者紹介/坪田侑也(つぼた・ゆうや):
 2002年、東京生まれ。15歳。私立中学校在学中。部活動はバレーボール。

☞ 受賞の言葉/坪田侑也


(c)Boiled Eggs Ltd.

選考過程
1 第21回ボイルドエッグズ新人賞には、総数44作品のエントリーがありました。☞ 第21回ボイルドエッグズ新人賞エントリー作品
2 慎重な検討の結果、最終的に、坪田侑也『探偵はぼっちじゃない』が受賞となりました。受賞作は改稿の上、大手出版社10社が参加する競争入札にかけられます。入札時期は4月の予定です。


第21回ボイルドエッグズ新人賞講評/村上達朗

 昨年来、15歳の中学生棋士・藤井聡太の活躍は、将棋に疎いぼくのような人間をもテレビに釘付けにしています。勝負の世界に突如現れたひとりの少年が、群雄割拠する大人たちを相手に快進撃を繰り広げてくれるのですから、門外漢ですら興奮せざるを得ません。
 期せずして、今回の受賞作『探偵はぼっちじゃない』の作者・坪田侑也氏も藤井聡太と同じ15歳、中学3年生です。未成年、それも中学生の応募者は当新人賞では珍しく、ぼくとしても胸を高鳴らせつつ読みました。
 物語は男子のみの私立校に通う中学3年生の主人公とその中学の新米教師の二つの視点から交互に描かれていきます。主人公は充実した学校生活を送っていると自分に言い聞かせていますが、受験のことで父親に叱責され、家を飛び出してしまいます。歩道橋の上でぼんやり車の流れを見ていると、見知らぬ少年に肩を叩かれます。少年は同じ中学に通う同級生だと言うのですが、主人公にはまったく見覚えがありません。一方、新米教師は、先輩教師の一人から生徒の自殺を止められなかった過去を教訓に、生徒には深入りするなという話を聞かされます。ある日、ネットで自殺サイトをチェックしていると、自殺志願者のなかに自校の生徒と思われる人物がいることに気づきます……。
 ミステリなので、これ以上の説明は省きますが、ぼくが驚いたのは、このミステリ小説のなかに、さらに「ミステリ小説」が組み込まれていたことです。学校の文化祭向けに主人公が小説の体裁をとった脚本を書くことになるのですが、それが探偵役とワトソン役の登場する純然たる謎解きミステリなのです。中学生と教師、二つの交錯する物語に、いわば劇中劇である「ミステリ小説」もからんでくる――弱冠15歳の中学生がこうした入れ子構造をもつ小説を、それもミステリとして書いたという現実に驚嘆しました。
 同時に、小説家の才能とは、自分とは遠い存在の他人をいかに描けるかだと思うのですが、作者と等身大の少年たちだけでなく、教師という立場の違う大人たちをリアルに描いている点にも、ぼくはいたく感心させられました。この作者の観察眼と想像力は、年齢に関係なく本物の作家的資質だと確信し、本作を第21回のボイルドエッグズ新人賞受賞作とした次第です。
 文芸の世界にも15歳の若き才能が登場する。いまはそのことを心から喜びたいと思います。作品はさらに完成度を高めてもらい、4月上旬をめどに各出版社が参加する競争入札にかける予定です。みなさん、どうかお楽しみに。
 
 ほかに気になった作品について、短く講評します。
 
 最後まで受賞作とするか迷ったのは、上村豊弘氏『警鬼官』です。作品はいわゆる「警察小説」なのですが、「警鬼官」とは「悪鬼」を取り締まる専属の警察官のことで、人間と鬼が共存している香川県高松市が舞台。ファンタジー色はなく、どこまでもリアルな筆致で人間と鬼のいる世界が描かれていきます。無駄のない簡潔な文体と物語の完成度は応募作中随一で、既成作家の作品なら、このまま本になってもおかしくないレベルだと思いました。とくに警察組織に関する正確な記述には舌を巻きました。ただ、桃太郎の鬼退治を下敷きにした物語展開が、かえって小説のスケールを小さくし、物語のダイナミズムを削いでしまったように感じます。また、人に襲いかかる鬼を警鬼官がぶった切るのですが、桃太郎の昔や江戸時代ならいざ知らず、悪鬼とはいえ人間と共存している存在を問答無用で切り捨てるのは、現代では読者の支持を得られないのではないかとも思います。それでも、この簡潔な文体とリアルな舞台設定、正確で該博な知識には魅力がありました。これらを武器に、さらにスケールアップした、もしくはさらに登場人物たちの魅力を高めた作品を読ませていただきたいと希望します。

 もうひとつ、「これはいったいどこに連れていかれるんだろう」とわくわくドキドキしながら読んだのが、坂田良一氏『地理学Ⅲ』でした。冒頭、千葉から東京方面に向かう総武線の電車が小岩駅を通過したところで急停車するのですが、車内放送で「新小岩近くの線路上で戦闘が始まった」と告げられます。自衛隊と葛飾区独立軍の部隊が交戦しており、どうやら日本はいま内戦の渦中にあるらしいのです。しかも葛飾区独立軍とは!……と、なんとも人を食った出だしなのですが、こうした一連の流れが一市民らしい主人公の視点で淡々と語られていきます。と思いきや、この主人公、今度は身に覚えのない痴漢の疑いで拘束されてしまいます。そして警察署ではさらに不思議な展開が待っているのです。ぼくは類例のない面白さとはこのことだと感じ、このまま最後まで先の読めない展開であってほしいと念じました。が、その期待は取り調べが長引くあたりから少しずつ萎みはじめました。特殊な病気をもつ主人公の自己喪失の物語と内戦状態の日本という設定とにあまり結びつきがなかったのも、すこぶる残念に思った点でした。が、前半の意外性に満ちた筆の運び、どこまでも一個人の視点で描かれていく物語には、型にはまらない独特の味があります。このタッチを忘れず、ぜひまた作品を寄せていただければと思います。
 
 応募作中もっとも文章がこなれていて読みやすかったのは、如月新一氏『ここは愉快な透明の世界』でした。「日本ファンタジーノベル大賞2017」の最終候補作に選ばれていた作品で(本作品はそれをさらに改稿したとのこと)、期待して読んだのですが、結論を言えば、ぼくも日本ファンタジーノベル大賞の選考委員たちと同じ感想を持ちました(恩田陸、萩尾望都、森見登美彦各氏の選評は「小説新潮」12月号に掲載されています)。ハートウォーミングな味わいの話で、幽霊の登場人物たちのやりとりもそれなりに楽しく、文章の書ける人だと思いましたが、森見氏の言う「この物語の主軸になるものが今ひとつ私には分からなかった。」が、ぼくも本作品のいちばんの弱点ではないかと感じました。そうした感想が生まれる理由は、主人公を含め、登場人物たちに真の葛藤がないからではないでしょうか。幽霊だからなくてよいなどとは考えず、「小説とは人間の葛藤を描くために書くもの」という基本に忠実であってほしいと思います。葛藤があるからこそドラマが生まれ、物語に推進力が生まれ、それが読み手の感情を揺さぶります。それには作者自身は物語世界で遊ばず、心を鬼にして、登場人物たちに厳しく辛い負荷を与えなければなりません。ユーモア小説やコメディであっても、この負荷がなければ、真に面白い作品にはならないとぼくは思うのです。また、これは作品自体の問題ではないのですが、「幽霊になってしまった青年もの」には、当ボイルドエッグズ新人賞に小嶋陽太郎『気障でけっこうです』の先例があり、その点でも受賞作とすることはできませんでした。応募者の方々には、応募先を選定するさいに、そうしたことも考慮していただければと思います。
 
 第21回の講評は以上とします。次回新人賞は近く告知を始めます。いましばらくお待ちください。

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