第22回ボイルドエッグズ新人賞発表
2019年2月1日

第22回ボイルドエッグズ新人賞受賞
シャガクに訊け!
大石大

(エントリーNo.20)


作品内容
 学部一不人気な上庭ゼミに入ることを条件に、きみを進級させてやる――遊びすぎて留年しそうになっていた松岡えみるは、担当教官から耳を疑う提案を受ける。恐る恐る教官の後についていくと、古い建物の地下室には、やせ細った青白い男がひとり。ドアには「学生相談室」のプレートが。え? なにここ?……男は専任講師の上庭で、学内に設けられたこの相談室の係も兼ねており、えみるはゼミの時間にしぶしぶその手伝いをさせられることに。次々と持ち込まれる学生たちの悩み相談。一方で、学内では不可解な暴力事件が発生する。人生相談+社会心理学+謎解きミステリ=楽しくユニークな新ジャンル小説がここに爆誕した。

著者紹介/大石大(おおいし・だい):
 1984年秋田県生まれ。法政大学社会学部卒業。現在は公務員。

☞ 受賞の言葉/大石大


選考過程
1 第22回ボイルドエッグズ新人賞には、総数40作品のエントリーがありました。☞ 第22回ボイルドエッグズ新人賞エントリー作品
2 慎重な検討の結果、最終的に、大石大『シャガクに訊け!』が受賞となりました。受賞作は改稿の上、大手出版社11社が参加する競争入札にかけられます。入札時期は3月〜4月の予定です。


第22回ボイルドエッグズ新人賞講評/村上達朗

 今回は若干少ない応募数に不安を抱きながらの選考でした。経験上、数と作品の出来不出来は無関係と思いながらも、選考中はどうしても気になります。そんな不安を一掃してくれたのが、エントリーNo.20の大石大氏『シャガクに訊け!』でした。
『シャガクに訊け!』は、遊びすぎて留年の危機を迎えた女子大生が、担当教官から学部一不人気のゼミに入ることを条件に進級させてやると不可解な提案をされるところから、話が始まります。そのゼミの上庭という専任講師は声が小さく、自信なさげで、やる気もなく、学生がちっとも集まりません。一方でこの講師は、学内に設けられた学生相手の悩み相談室係でもあり、女子大生は否も応もなくその手伝いをさせられることになります。こう書けばおわかりのように、女子大生はワトスン役、不人気の専任講師はいわばホームズ役で、章ごとに持ち込まれる学生の相談事に潜む問題や謎を、専任講師が名探偵のごとく解決していく(のか、どうなのか?)という趣向の小説なのです。
 この講師の繰り出す社会心理学の知識や理論が、素人のぼくなどにはすこぶる面白いのですが、それ以上に作品を魅力的にしているのが、女子大生と先生とのやりとりです。女子大生は勉強はできない代わりに、男気があるのか(笑)、理論を語るだけの講師を差し置き、問題解決に勇んでかかわろうとします。Sキャラの女子大生に、毎度やりこめられるMキャラの先生――このコンビの終始楽しいかけあいが、物語をひっぱるエンジンにも潤滑油にもなっています。
「章ごとに持ち込まれる学生の相談事」と書きましたが、作品が一話完結の連作短編形式と見せかけて、繋がりのある長編の物語になっていたことにも驚かされました。「人生相談+社会心理学+謎解きミステリ」という楽しくユニークな新ジャンル小説の誕生に出会えたことを心から喜びたいと思います。
 作品は小説としての全体の構成やミステリにかかわる細部を補強してもらったのち、3月〜4月、競争入札にかける予定です。どうかお楽しみに。
 
 ほかに二、三、気になった作品について短く講評します。
 
 北沢あたる氏『我々ハ、地球人デアル。』は乙女の妄想全開(?)の少女漫画やアニメを思わせる作品ですが、その「妄想全開、少女漫画やアニメを思わせる」文体と物語こそが面白いと思いました。軽妙なタッチで、楽しい漫画やアニメのような学園生活が綴られます。主人公は高校一年の女の子、隣の豪邸に住むトーマに片思いしています。そのまま恋人同士になるのはお約束ですが、このトーマなる高校生、なんと地球のはるかかなたからやってきた宇宙人なのです(笑)。種と身分の違い(トーマは惑星の王子様!)を超えて、二人は惹かれ合います。ところが、そんな地球に終焉の危機が……富士山が噴火し、首都を直下型地震が襲い、果ては地球に小惑星が迫ってきます。物語は驚きの展開で進んでいくのですが、語りのタッチはどこまでも夢見る乙女のようです。と、ここまで読んできて、ふとこの話は最近大ヒットしたアニメ映画に似すぎているのではないか。切ないラストも含め、作品世界がその影響下にあるのではないかと思い至りました。てらいのない素直な文体は好ましく、地球滅亡に向かう壮大な話がすべて女子高校生とその周辺の日常の視点で語られるところもよいのですが、大ヒット・アニメを想起させてしまうのは問題だと思いました。また、乙女の妄想全開はよいとして、地球の滅亡までいってしまっては、さすがになんでもありの展開で、小説的感興からは遠のいてしまう気もしました。
 
 山田泰暉氏『枝の切り口』は不穏な雰囲気を漂わせる冒頭が面白く、これはどう話が展開するのだろうと期待させました。文体が現代版夏目漱石風で、今回の応募作の中ではもっとも文体で読ませる作品だと思います。日本各地で天変地異が続き、人妻と不倫関係を続けている主人公の医学生の身にも無言電話がかかってきます。このあたりの書きぶりは村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』を思わせるのですが、得体の知れない不安にとりつかれた主人公に、故郷の親友が偶然を装ったようにして現れるあたりから、物語は一転、主人公とこの親友との生い立ち話に変わってしまいます。読み手としては、この親友の目的はなにか、無言電話との関連はあるのか、そうしたことを早く知りたいのに、中盤の多くが生い立ちの説明に費やされ、話の展開が腰折れしてしまうのがなんとも残念でした。生い立ち話をすべてカットしてみれば、この物語は(原稿用紙換算で70枚から100枚程度の)中短編の題材であるとわかると思います。章の間に挿入される(作中の親友が書いたと思われる)映画評も余計なものです。語りすぎを制御し、説明を極力刈り込み(小説は説明するものでなく、描写するものです)、サスペンスの手法を習得しながら、現代版漱石風の文体に磨きをかけていければ、作家デビューも夢ではないと思います。
 
 大西里花氏『銀座海峡』は銀座のクラブに勤めるホステスを描いた作品です。文章が的確で安定しており、最後まで安心して楽しめました。ストーリーも、客が焦げつかせたツケの肩代わりに、主人公がソープで働かされそうになる展開など、どうなることかとハラハラさせられます。銀座のクラブのシステムや実態についても、よく調べてあるように思いました。深刻になりそうでならず、むしろややドタバタ気味になるところもわるくなかったのですが、ぼくが残念に思ったのは、中盤から物語が労働組合がらみの話になってしまうことでした。店を相手に銀座の真ん中でホステスがたった一人で抗議活動に立つ(助っ人に労働組合員たちがいるにせよ)――そんなことが現実にありうるでしょうか。前代未聞であるからこそ面白いというのが作者の狙いだとは推察しますが、そんなことをしたら二度と銀座でもどこでもホステスとして働けなくなるのではないでしょうか。実際にどうかはわかりませんが、リアリティに欠けるといったん読み手に思わせてしまうと、主人公に寄り添っていた気持ちは離れていくものです。作者としては、ここは労働組合の方向に行くのでなく、客と店の思惑のさらに上を行く知恵や策略を主人公に授けるべきだったのではないか。その上で、もはや松本清張の時代ではないはずの、『黒革の手帖』の新しい世界を読ませてほしかったと思いました。

 第22回の講評は以上です。次回新人賞の告知は近く始めます。いましばらくお待ちください。

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