第24回ボイルドエッグズ新人賞・結果発表
2021年5月10日

第24回ボイルドエッグズ新人賞
該当作なし


選考過程
1 第24回ボイルドエッグズ新人賞には、総数51作品のエントリーがありました。☞ 第24回ボイルドエッグズ新人賞エントリー作品
2 慎重な検討の結果、最終的に、今回は該当作なしとなりました。


第24回ボイルドエッグズ新人賞講評/村上達朗

 今回は長引くコロナ禍にあって、厳しく不透明な現実に対峙できるだけの力をもつ作品の出現に期待しました。期待値が高すぎたとは思いませんが、結果として該当作なしとなったのは、なんとも残念なことでした。応募作のジャンル・題材は例年になくバラエティに富んでおり、「あと一歩なのに、惜しい」と思える作品も多くありました。この「あと一歩」の壁とは、どのようなものか。読みながら共通する傾向がいくつかあることに気づきました。
 
 まず一つめは、文章はよいのに、物語に起伏や意外性がないということです。文章の心地よさに引き込まれ、これはもしかするとと読み進めるのですが、ストーリーに変化や飛躍がなまま、いつのまにか終わってしまうのです。饒舌な文章(近年はこれが多い)が、必ずしもわるいとは思いませんが、物語そのものが冗漫であっては、読者に飽きられてしまいます。小説は読者の感情を揺さぶるものです。物語の起承転結はそのためにもあるので、当然その構成を意識して書いているとは思いますが、とくに「承と転」の部分が弱くては読者の気持ちをつなぎ止められません。そこをいかに作るか、いかに読者の予想を超えて展開飛躍させるか、が作者の腕の見せどころだと肝に銘じて、自作の構成・構造を見直していただきたいと思います。
 
 二つめは、「読者への情報の整理」がうまくいっていない作品が多いということです。客観的なアドバイスをくれる(編集者などの)人もなく、たった一人で孤独に作品を書いている作家志望者には、酷な注文かもしれませんが、書き手といえどもまずは小説の一読者であるはずなので、自分の心の中にある読者の視点で、書いている文章を読んでほしいと思います。そうすれば、この情報は物語に必要なのか、書きすぎではないか、いやむしろ不足しているか、あるいはあとに出すつもりでいた情報をもっと前にもってくるべきか……などという「情報の出し入れ」の匙加減が、おのずとわかってくると思うのです。この点については、昨年出た三浦しをんの『マナーはいらない/小説の書きかた講座』(集英社)をぜひ読んでください。「読者への情報の整理」についても具体的に書かれており、大沢在昌『小説講座 売れる作家の全技術/デビューだけで満足してはいけない』(角川文庫)とともに、作家志望者必読の文章読本です。
 
 三つめは、今回数が多かったので書くのですが、新人賞の応募作に限り、作家志望者を主人公にしてはいけないということです。物語のパターンはほぼ決まっています。主人公は文芸サークルなどに入って小説を書いている作家志望者で、仲間友人とのエピソードや出来事が綴られ、やがてそれをまとめた原稿がこの応募作になる、というものです。これでは、たとえストーリーそのものはフィクションだとしても、作家デビューしたいと願っている作家志望者が作家デビューまでを(願望をこめて)語ってみせる一種の自意識過剰小説になってしまいます。
 また、小説家はそれを仕事としていく以上、自身の境遇とかけ離れた人間を描けなければ、長く書き続けることはできません。募集する側は、作品を通して、その新人に今後小説家として長くやっていける力があるかどうかを見極めたいと思っています。そのためには、(作家志望者がデビューのために悪戦苦闘しながら小説を書いているのは自明のことなのだから)自身の置かれた状況などはモチーフにせず、この新人は自分のこととは思えないこんなことも書けるのか、どうやら物語作りの才能がありそうだ、それならあんなことも書けそうだ、と読み手に先の期待を抱かせるような人物と題材で勝負してほしいのです。
 東野圭吾に『歪笑小説』(集英社文庫)という出版界の内幕を描いた傑作があるのですが、これがとびきり面白いのは、作者が長年ベストセラー作家として出版界の第一線で活躍してきたからこそなのです。新人賞に応募するみなさんには、作家志望者を主人公にするなら、作家デビュー後10年以上経ってからにしてください、と言いたいと思います。
 
 以下、気になったいくつかの作品について講評します。

 泉遊花氏『ここだけのはなし』は全編手紙形式の小説です。男子大学生が主人公で、高校時代の文芸部の仲間に文通と称して手紙を出し続ける話なのですが、文章が上手で、これはどうなっていくのかと興味をそそられました。ただ、この主人公の手紙だけを一方的に読まされる、中盤までの平板な展開がつらい。きっとなにかあるのだろうとは思っても、手がかりがないので、主人公への感情移入が途切れてしまいます。案の定、後半、この主人公にはある秘密があったことがわかるわけですが、ここが「情報の整理」のしどころだと思いました。この秘密はむしろ、前半で早々に明らかにし、それを踏まえた上での展開を考えるべきです。全体に吉田修一の名作『横道世之介』(文春文庫)を思わせるテイストがあり、その甘く苦く切ない青春の味を引き出しきれていない構成がなんとも惜しいと思わざるを得ませんでした。
 
 小野達矢氏『フルスイング・ブルー・スプリング』も文章に一種擬古文のような独特の魅力がある青春小説でした。主人公の女子大学生のアパートに棲みついている「阿佐ヶ谷の神」と称する人物が面白い。その人物の醸し出すどこかばかばかしくも謎めいた雰囲気が、森見登美彦や万城目学を思わせるテイストで、一反木綿に乗って「阿佐ヶ谷の神」と夜空を飛ぶシーンなど、思わず「すばらしい」と膝を打ったほどでした。一方で、つっこみどころもあり、たとえば、主人公が、日本語に訳された中国語の恋文をどうして読もうとしないのか。どうしたって読みたくなるだろ! 内容を教えてくれ! と違和感を覚えました。
 また、「阿佐ヶ谷の神」の秘密が最後になって明かされるのですが、これも「情報の整理」が間違っていると思いました。こうした情報は早く出してしまうべきで、あとになればなるほど「なあんだ」と驚きが損なわれてしまうのです。秘密が明かされてもなお「阿佐ヶ谷の神」であるところがむしろ面白いはずなのです。主人公が小説を書いており、結局この一連の体験を書いて応募したのがこの小説というオチについては、先に述べたとおりです。この物語は、主人公を「文芸サークルの作家志望者」でない設定にしても成立したのではないでしょうか。どこか人を食った面白みのある文体に魅力を覚えただけに、残念に思いました。
 
 大村崇氏『チェシャ猫の冒険』はSFファンタジーといってよい作品だと思いますが、まず文章、とくに描写文で物語をすすめていく筆致に好感をもちました。描写がしっかりしていて、しかも饒舌でないのは、作者のなかに物語世界のイメージが明確にあるからだと思います。15歳になるまである研究所内だけで過ごしていた少年が、突如現れた一羽のカラスに導かれ、研究施設から逃げ出して、チェシャ猫と名乗る少女や反政府組織のメンバーに出会い……というストーリーですが、このチェシャ猫の設定、キャラがすばらしい。目の色がくるくる変化する様子など、イメージがそれこそアニメや映画を観ているように文章から立ちのぼってきます。
 ただ、こちらもつっこみどころが多く、AIロボットがいる世界なら、ふつうに鋼鉄製の馬ロボットがいてもおかしくないはずなのに(現実世界には犬などを思わせる四つ足のロボットはすでにいます)、それを見て登場人物たちが驚くのはどうしてなのか。少年はやがてチェシャ猫たちとともに、研究所にある重要な研究データを盗もうとするのですが、物理的に所内に侵入して盗むというやり方自体、おかしくないですか? この時代なら、まずはネットを使って研究所内のデータにアクセスしようと考えるのではないでしょうか。それがうまくいかずに、最後の手段として所内に押し入ろうとするのならわからないでもないのですが……。描写文やキャラ設定はよいとして、小説上のリアリティに問題があるように思いました。
 こうした設定上の違和感のほかにも、たとえば少年の世話係だったAIロボットの月子さんが冒頭に登場したきりで(最後に物語にからんできますが)、あまり生かされていないのはもったいないと感じました。作者にはぜひ、カズオ・イシグロの新作『クララとお日さま』(早川書房)を読んで、AIロボットのいる世界の描き方を学んでいただきたいと希望します。いかにもSFだという大仰な世界を設定せずとも、こんなにも切ない、心に染み入る物語が、このコロナ禍の世界にはすでに生まれているのです。
 
 和田正雪氏『森烏賊深山考』はタイトルからして面白そうで、期待して読みました。文章は平明で読みやすく安定しており、読みやすさでは今回の応募作の中でトップクラスだと思いました。大学のオカルト研究会のメンバーがオカルトスポットらしい山中の廃墟で、烏賊(イカ)のような存在に取り憑かれるところから話が始まります。イカが頭の中に住み着たような感覚らしいのですが、部室にこのイカを祀った祭壇を作ると、主人公の女子大生にもこれが取り憑きます。この化け物のような存在は、なにか人間に悪さをするでもなく、ただ頭の中にイメージとしてあるだけのようなのだが……という出だしを読めば、誰しもがこのあとの展開を期待しますが、話は意外にも、女子大生のアイドル・オタクの話やイカを祀った新興宗教の方向に向かってしまいます。読みながら、作者の意図は那辺にありやと首をひねりました。
 せっかくのオカルト研究会なのですから、ベタかもしれませんが、ここはなんらかの怪奇現象で登場人物のみならず読者をも怖がらせてほしいし、イカの存在が物語上重要な意味をもたないのは、イカだけにイカにも惜しい。映画『エイリアン』を持ち出さなくとも、一見害のなさそうな存在が、やがて意想外なかたちで人間に恐怖をもたらすところに、物語上の面白みがあるはずです。ユーモラスな文章と会話で、ベタであることを厭わず、ホラーを味わわせてほしかったと思いました。
 
 今回の応募作の中でもっとも面白く読んだのが、篠田氏『ばいばい、だっちゃん。』でした。婚活中のアラサーOLが一人称の独白調の文体で(ときに汚すぎる)毒舌を吐きまくる話で、この世代のままならない心情が包み隠さず描かれているように感じました。主人公はこれはという相手がいつまでも見つからないなか、「だっちゃん」なるやはり婚活中の同い年の男と知り合います。二人は頻繁に会い、飲みに行ってはお互いの悩みを打ち明け合う関係になるのですが、恋愛には発展しません。そうこうするうちに、だっちゃんの抱えている問題が明らかになってきて……というストーリーです。しかし、独白調であることにも起因しているのかもしれませんが、語りが全編主人公の一方的で攻撃的な物言いに終始していて、それゆえに一本調子になってしまった感がありました。
 こういう話の場合は、構成上、主人公側の感情を否応なしに揺さぶってくる存在(婚活相手の男性とか会社の同僚とか)が必要なのではないでしょうか。出会った相手はクズばかりという一方的な書き方でなく、たとえばですが、何人か具体的な婚活相手を登場させ、なかには主人公には太刀打ちできなさそうな人物なども配置するのです。そうすれば、次はどんな相手が登場するのかと読者の好奇心を刺激しながら、展開の中にアラサー女子の葛藤や心の変化なども織り込んでいけるようになると思うのです。世代の異なる、実家の親とのエピソードなども間に挟むようにすれば、物語を重層的なものにでき、主人公の行き場のない感情や孤独がより際立ってきたのではないかと愚考します。作者には、この笑いのある文体で、ふれれば電気が走るような、真に等身大の物語をぜひともものにしてほしいと願います。
 
 面白いのか面白くないのか、新機軸なのかそうでないのか、判断に迷ったのが、石川拓郎氏『キング・オブ・カップルチャンネル』でした。インスタグラマーやユーチューバー、実際に若者に人気があるらしい「カップルチャンネル」(カップルが二人のやり取りなどを動画で配信するYouTube)を題材にした話で、人気インスタグラマーを夢見て上京し、私大に入った女子が主人公なのですが、このキャラがユニーク、かつ面白く、新しい。おのれの価値基準のみを信じ、友人知人、ネットの評判などいっさい気にかけず、ひたすら目的に向かって突き進むのです。客観的な評価はというと、フォロワー数がやっと100に達するかどうかという悲惨な状況なのですが、人気インスタグラマーの同級生女子に揶揄されても、まったく動じません。
 一方、少子高齢化する日本に強い危機感を持つ別の大学の男子が登場。こちらは、見つけた相手とカップルチャンネルを立ち上げ、そこで人気が出れば、少子化問題の解決に寄与できるのではないかと考えます。伸び悩むインスタグラムからYouTubeへの転身を目論んでいた女子大生とこの男子学生とが出会い、やがて「ホームランカップル」なる動画配信を始めることに……という物語なのですが、その一連の過程が微に入り細を穿つ独特の文体で綴られていきます。段落の改行もきわめて少なく、一見読みにくいのですが、文体に妙な勢いと笑いがあり、退屈しません。細かすぎるきらいはあるにせよ、この文章力、書き方には捨てがたい魅力がありました。
 主人公はユニークで、題材には新奇性があり、文体に面白みもあるのですが、小説としてどうしても見逃せず、残念に思ったのは、人間らしい本物の葛藤が最後まで描かれないところでした。カップルチャンネルに本当の恋愛は必要ないと登場人物が主張するのはわからないでもないのですが、それにしても大学生の男女が出会い、ひとつの目的に向かって悪戦苦闘するなかでは、なにがしかの葛藤が生まれてしかるべきだと思うのです。文体に熱はあっても、人物同士に人間らしいからみがなければ、読み手の心に響く真のドラマは生まれないでしょう。ヴァーチャルな世界であるからこそ、その裏側に、小説として描かれるべき本物の人間ドラマがあってほしいと思いました。小説は人間の葛藤を描くもの。作者はまだ若いのですから、その根本をなおざりにせず、勢いのある文体を駆使して(でも、すこしだけ改行はふやして)、次にはぜひ、新しい世界での新しい人間ドラマを見せてほしいと希望する次第です。
 
 第24回の講評は以上とします。次回新人賞は近く告知を始めます。「あと一歩」の壁を乗り越えた力強い作品を読ませてください。期待しています。

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