第15回ボイルドエッグズ新人賞
受賞の言葉
尾﨑英子

 風邪だと思って病院に行ったらインフルエンザA型と診断され、一週間は外出を控えるようにと言われた。いろいろやらなければならないことがあったのに、すべて来週にまわさなければならなくなった。最悪……。そんな時に知らない番号の着信が入った。あちゃー、病院に忘れ物でもしたか。そう思って出ると、受賞の知らせだった。ぼんやりした頭で思考回路が鈍っている。「おめでとうございます」と言われ、動揺しながら「あーはい」と答えてしまい、しどろもどろでなんとか礼をのべた。
 家に帰って体温を計ると、38度を越えていた。目眩はするし関節はぎしぎし痛むし、顔は苦痛に歪むが……そうか、受賞できたんだ。二日後に平熱まで下がると、じわじわと喜びが湧き上がってきた。
 思えば、この「おめでとうございます」という言葉を待ち続けてきた。生まれてはじめて物語を書いたのは10歳だった。当時流行っていた『グーニーズ』という映画(このシリーズのファミコンのゲームもあってはまっていた)のパクリみたいな冒険ものだ。少女小説に夢中だった中学時代は、ありきたりな胸キュンのラブコメを書いては、友だちに読んでもらっていた(数年後に読み返し、こっ恥ずかしすぎる内容に堪えきれず抹消することになる)。高校時代は寮生活だったこともあり執筆から離れ、再び書き始めたのが大学4年の春だった。一つの恋愛が終わったことと就職活動の行き詰まりによる、完全なる現実逃避。就活のエントリーシートを放り出し、姉から譲り受けた古いMacのノートブックで100枚の原稿を書き上げた。タイトルと名前を書いた表紙を付けると、もうプロの作家になれた気がした。さっそく公募ガイドで新人賞を探し、はじめて原稿を出版社に送った。純文学の名門中の名門の新人賞である。結果は箸にも棒にも引っかからず。そんなに簡単なわけがない。現実を目の当たりにしながら、しかしその後も小説を書いた。フリーでライターの仕事をしながら、一つ作品ができれば賞に応募するを繰り返し、ブランクがあっても、また再開した。書きたいという気持ちはずっと持ち続けていた。
 自分の作品を本にしてもらえるなんて、こんなに嬉しいことはない。だが、出版の現場で仕事をしていたので、本になればいいというわけでないこともわかっている。書ける場所を与えられ、書き続けられて、はじめて「作家」と呼ばれる。受賞の電話で動揺したのは、ただ熱のせいだけではないのだろう。
 しかしプレッシャーばかり感じてもいられない。これまで応援してくれた家族は、今回の受賞を我がことのように喜んでくれている。選んでもらえたのだから、こいつに受賞させてよかったとも思われたい。そのために自ら熱を発していけるように。いざ、熱狂へ。
 
 受賞ありがとうございます。

著者プロフィール

尾﨑英子(おざき・えいこ)
1978年生まれ。大阪府出身。早稲田大学教育学部国語国文科卒。フリーライター。東京都在住。『あしみじおじさん』で第15回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。

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