第4回ボイルドエッグズ新人賞

受賞の言葉

万城目 学

 

 

 長らく無職であった。
 無職をしながら、黙々と書き、洗濯をしてパスタを作った。家にばかり閉じこもっていると不健康なので、ときどきフットサルをしに出かけた。社会人が集うフットサル・サークルに顔を出し、きゃっきゃと球を追いかけた。そこでは、私は「大手町の会社で経理をしている万城目さん」であった。「普段、何をしている方ですか?」と訊ねられるたび、そう自己紹介をした。何のあてもない原稿を書いている理由を、上手に説明することはできないし、その中で日々息をしている自分を説明することなど、なおさらできなかったからである。新人賞の締め切りに追われ、長いブランクののちに、フットサルに参加したときには、「どうしていたのですか?」と訊ねられた。私は「決算が忙しくって、えへへ」「予算が決まらなくって、うふふ」と、明るいウソで答えた。
 しかし、それらの言葉は存外真実になりつつあった。書き続けるも結果はまるで伴わず、私は再び経理マンとして社会復帰を決意した。週3度、資格の学校に通い、「資本の論理」を徹底把握し、易々と“まにー”を論じられる男になろうと思い始めた。
 そんな矢先、今回の新人賞受賞の知らせが届いた。
 あららららら。
 足元をぬるぬると覆う、重いぬかるみから既に抜いた片足を、私は慌てて呼び戻した。
 
 これでまた、しばらくフットサルには行けそうにない。「何をしていたんです?」と次に参加したとき訊ねられたならば、「予算で手こずっちゃってさあ、参っちゃうよねえ」と答えよう。されど、今度ばかりはあながちウソではない。何せこの「予算」には、私のあまたのアイディアが詰まっている。選考委員の方々の大きな期待が詰まっている。やさしく静かに見守ってくれた周囲の人々の、千千なる思いが詰まっている。それらの人々への感謝の気持ちを、私はこの『鴨川ホルモー』に改めて詰め込もう。やがて予算は執行、黒字決算、株主へ増配でわっしょいわっしょい――を願って。
 
 もっとも、本が出るまで私の「無職」は、変わらない。よってもちろん、「大手町で経理をやっている万城目さん」も、変わらない。

 

 
万城目 学(まきめ・まなぶ)
1976年生まれ、29歳。大阪府出身。京都大学法学部卒。化学繊維会社に勤務ののち、現在無職。東京都在住。
 
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