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●二十四歳の肖像
千木良 滝本さん、あたし、すごいイジメられっ子なんですよ。バイト先でね、だれにも話しかけてもらえないの。
滝本 なんですか、原因は。
千木良 あたしが人の気にさわるようなことを言うからじゃないかな(笑)。
滝本 たとえば?
千木良 なんで黙ってんのとか、この仕事楽しいのとか(笑)。
滝本 劣等感を刺激されるのじゃないですかね。バイトの人たちは一生懸命やってるわけです。ところが、千木良さんにとってそこは、所詮バイトでしかないという。
千木良 あたしも一生懸命やってるよ。
滝本 なんというか、精神の余裕が態度に現れ、「あの子、あたしたちを下に見てるわ」と。
千木良 そうかも! 「なにやってるんですか」と聞かれて、「いやー、小説書いてるんですよー。雑誌に書いたりしてますねー」とか言って(笑)。
滝本 そりゃ、てきめんです。
千木良 でも、ほんとじゃないですか。
――もともとイジメられる要素を兼ね備えてるのではないですか。
千木良 うん。小学校の時もよく無視とかされてたの。超優等生だったんですよ。
滝本 一人暮らしですか?
千木良 実家です。
滝本 若者は、一人暮らしをしなければダメです。
千木良 あたしもそう思う。
滝本 そうしないと、立派な自立心が養われない。
千木良 滝本さんは、仕送りもらってるんですか?
――この人は印税で生活してます。
千木良 すごーい!
滝本 日本はいい国ですねえ、僕みたいな人間が暮らしていけるのですから。
千木良 そのお金でひきこもっちゃうんでしょ(笑)。
滝本 俺、こんな暮らしをしてていいのか。日本おかしくないか、と思いますね。けっこう景気いいんじゃないですか、日本。
千木良 あたし、ウェブの日記に書いちゃお! 「滝本竜彦が、日本は景気がいい、なんて言っている」。
滝本 調子こいてますね……。でも、僕などは正直、今でこそ少しだけ印税をもらえるようになりましたが、大学を中退したあとは、ここで本を出さなければ
一生クズ人間
で終わってしまうと、がんばって書いたのです。泣ける話でしょ。いかにも文学青年じゃないですか。
千木良 泣ける泣ける。
滝本 それなのに、あなたは……。
千木良 あたし、なんも小説書いてない。一作ボイルドエッグズに出しただけ。
――考えてみれば、千木良さん、あれから全然小説書いてない。
千木良 ないですよ(笑)。
滝本 村上さん、もうちょっと、作家を泣かせてしまわないといけませんよ。いつものように。
千木良 滝本さんは、泣かせられたの?
滝本 いやもう……村上さんは何人もの作家を泣かせているそうですよ。
千木良 こわい。
――千木良悠子は一度たりとも泣かせてないです。ほとんど朱が入らないんだもの。
滝本 こ、こしゃくな!
――こういう人はどうなんでしょうか。
滝本 うーん。器がでかいとか。
――器がないとか? どんどんこぼれていく。
滝本 小説書く人にありがちな、悲壮感がないですね。
千木良 いつもはけっこう悲壮ですよ(笑)。きのう、きょうは機嫌がいいから。
滝本 どう悲壮になるんですか。
千木良 もうダメだ。
滝本 なんで、ダメなんですか。
千木良 なんとなく。死にたい。
滝本 それはいけませんね。ちゃんと元気に遊んだりしないと、人間は具合が悪くなっていく生き物ですよ。
千木良 滝本さんは、仕事以外だったら、外に出て人と遊ばないの?
滝本 僕は遊ばないです。常に小説を第一に考えてます(笑)。
――千木良さんにも、小説を第一に考えるよう言ってください。優先順位を付けるようにと。
滝本 演劇と小説を、なんとかうまく、くっつけることはできないのですかね。
千木良 どういうことですか?
滝本 メディアミックス展開をはかる。映画と演劇と小説の。メディアミックスはとても儲かるそうですよ。
千木良 …………。
――全然、反応がない。完全に無視されてる。
滝本 自分でもなに言ってるのだかサッパリわかりませんが……いややはり、小説というのは一番すばらしいものなんですよ。なにがすばらしいといえば、まず第一に小説は紙とペンがあれば書ける。コストももっとも少ない。地球にもやさしく、演劇のように観客もいらない。これほど良いものが他にあろうか。……あ、でもふつう小説家志望といえば、どうしようもないやつばっかりですよね。俺には私には小説しかないんだと勘違いしたようなやつばかりで。
千木良 そういう人がいるんですか?
滝本 いや、ここに。
千木良 ほかには?
滝本 たいていはそういう人じゃないですか? 頭も良くないし運動もできないし絵も描けないし、だから一発逆転するには小説しかねえんだ! という人がチマチマと小説書いて新人賞に送るわけです。
千木良 あたしの大学の友達は小説も書いてたけど、ほかでベストセラーを出したり、ケータイの会社で一儲けしたりしていて、必ずしも小説だけじゃないんだという人がいますよ。
滝本 それは千木良さんの友人や学校が高級だから悪いんだ! もっとランク下の大学ですと、ライトノベルばかり読んで、アニメばかり観て、百冊くらいしか本を読んだことがないくせに、俺には才能があると思いこむ若者が沢山いるんです。たぶんこれは、
いまの教育が悪い
んですね。変に若者に夢を煽るじゃないですか。本当は地道に働くのが偉いのに。
千木良 よく言いますよね。
滝本 若者はもう夢を見るな。くだらないことを考えるんじゃない。地道に勉強して、ふつうに就職活動しろ。なにがクリエイター志望だ。親を泣かせるのはいいかげんにしろ。
千木良 あたしもよく思う。就職しとけばよかったなあとか。
滝本 みんなが毎日営業とかで外に出てがんばっているのに、毎日アパートにいて、遊んでていいのか。
千木良 そりゃダメよー!
滝本 ダメですよねえ。このままだといつか大変なしっぺ返しが来る。老後はどうなってしまうのだろう。
――ふたりとも働いてませんねえ。
千木良 あたしはバイトはしてますよ。
――就職したことはないんでしょ?
千木良 ないけど(笑)。村上さんはあたしを就職させたいんですか?
――いや。そうではない。しかし、なぜそのように、就職もせずにのほほんとしていられるのかが不思議なんです。
千木良 悠々ぶるのが好きなんですよ。
滝本 就職とはどういう手続きをとればよいのか。
千木良 わからないよね。インターネット見るんだと人に言われたから見たけど、よくわからなかった。
――ふたりとも就職経験がまったくない。
滝本 これはまずいですね。
千木良 バイトしたから、毎日働いてる人がどういう感じなのかはわかった。
――千木良さんは、ある出版社でバイトしてたのです。
千木良 みんな九時から来てるのに、あたしだけ十二時とか二時とかに行くの。
――あたしだけ重役出勤。
千木良 でも、だれもなにも言わないんですよ。なんで言われないんだろうと思って。ねえ、十二時に来てなんも言われなかったら寂しくなるじゃん。
――会社員はそれどころじゃないんだと思うよ。バイトごときにいちいちかかずらわっていられない。
千木良 みんな忙しい。
――だからなにも言われなかったのだと思う。
千木良 あたしもそう思います。……ダメだね。ほんとダメだね。
●ライフスタイルを変えろ
滝本 僕は最近、農業とかを、大きくなったらやりたいなと考えてます。
千木良 滝本さんの言うことは、なにもかもが適当に聞こえる……。
滝本 頭使って喋ってますよ。本気ですよ。
千木良 農業と言ったら面白いかなーと思って言ったんでしょ。
滝本 いいえ違います。僕にはですね、農業への長年の夢があるのです。この新世紀、やっぱり人類は行き詰まってるんですよ。
千木良 滝本さん一人が行き詰まってるだけじゃないの?
滝本 こんな虚飾にまみれた資本主義の暮らしをしていたら、いつか地球がダメになってしまうのです。いまのうちに大地に返って、人間本来の生き方を取り戻さないといけないのです。
千木良 本気ー?
滝本 いつも本気ですよ、僕は。
千木良 何歳から農業はじめるの?
滝本 三十越えたら、
武者小路実篤になりたい。
白樺派になりたい……。日々鬱々として楽しくないのです。どうしたらいいですかね。朝起きると、あと百年ぐらい寝ていたくなる。
千木良 あたしもー! でも、いまはけっこう楽しいから、別にいいんだけど。
――なにが楽しいのですか。
千木良 稽古が楽しいし、一緒にやってる子が楽しい。
――それは滝本さんの言う晴耕雨読に似てますね。稽古は、千木良悠子にとって野良仕事みたいなものなのかもしれませんよ。
滝本 僕もですね、最近体を動かそうと思って、深夜に散歩をするようにしているのです。先日、深夜の三時に、生田緑地という山に行ってきました。道を歩いていると、前方から大勢の学生の声が聞こえてくる。これはいけないと思い、僕は背を向けて逃げ出しました。そうすると、また前から似たような男性が来て、これはいけないと、僕は山の斜面を下って下って、必死で身を隠しました。
千木良 若者がたむろしているのを見ると、どうしてそんな気持ちになるんですか?
滝本 だって、見られたくないでしょう。深夜三時に一人でハイキングですよ……。
千木良 だれも別に滝本さんのことなんて見てないんじゃないですか?
滝本 深夜、月明かりだけの真っ暗な山を一人で歩くわけです。ハゲの男が三時にぼうっと山奥を歩いてたら、皆に変な人だと思われてしまいます。
千木良 思わせぶりなしゃべり方! しんや・つきあかり・だけの・まっくらな。思わずだまされそうになる(笑)。
――女優だから発声にうるさい。
滝本 ……まあ、それで僕はかなりいい気分になってるわけです。まわり何キロメートル四方俺しかいねえな。こんな暗い夜を一人歩く俺はかっこよくねえ? 小説のことを考えながら深夜に散歩だなんて、かなりクリエイターっぽくない? と、そんないい気分で歩いていると、酒をたくさん飲んで、女子と楽しそうに騒いでる学生どもが前方からやってきて……これはやっぱり逃げるしかないですよ。
千木良 そうなのかなー。
――こういう自意識過剰の男子はどうにかなりませんか。
千木良 マラソンでもしたらいいのじゃないですか。体鍛えるといいみたいですよ。早く起きられるようになって。
――指輪ホテルの大道具係に雇ってもらえませんか?
千木良 使えない人はいらない。
――使えないかもしれないが、可愛い子ばっかりいるのですから、ポジションとしては悪くないですよね。
千木良 うん。本当は使えなくても平気だよ。
滝本 体育会っぽくないですか?
千木良 大丈夫。この人は滝本さんといって小説家で友達なんですよって言えば、みんな面白がって、お弁当とか買ってきてくれるから、だいじょぶです。天国みたい! 「僕、力仕事はあんまりできないんです」と言っても、「いや、来てくれるだけでほんとうにありがたいです。ありがとうございます」と言われちゃいますよ。ほんとですよ。ウソなんか一個もついてないからね。
滝本 うーん。すごいですね。でもそんな環境だったら、もうなりたい人がたくさんいるのじゃないですか。
千木良 みんなそれぞれ会社とかが忙しいので、来られない。人手がほしい。舞台監督に「おまえ、なにやってんだー!」とか怒られたとしても、「ごめんなさい」「いいよー。今日は飲みに行こうぜー」みたいなことになりますよ!
滝本 ……なりますか。
千木良 なりますとも。滝本さんみたいに、細分化された趣味の中で、あいつはダメだとかあいつはスキとか、ひとりでブツブツ言ってるのはくだらないよ。そういうねえ、ダメだとかイイとか、どうでもいいじゃないですか。他人のことなんだから!
滝本 ……と、とにかく、舞台監督がおっかなそうだから、僕はこのままでということで……。
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