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●彼女と『超人計画』
千木良 滝本さんはほんとに『彼女』はいないんですか?
滝本 なんでそんなこと聞くんです。いるわけないではないですか。
千木良 知らないんだもの。
滝本 『彼女』を作るということは想像つかない。『彼女』というのは、都市伝説かなにかじゃないのか。みんなテレビに洗脳されてるのじゃないか。
千木良 テレビなんか見ないよ。
滝本 常識的に考えても、おかしいじゃないですか。
千木良 そうね。あたしも、つきあうということはどういうことなのか、よく意味がわからないと考えることあるわ。
滝本 ほらおかしいでしょ。自分の頭で冷静に、果たして『彼女』とはなんなのかを考えてみるのですよ。他者とのコミュニケーションを断ち切り、個室に閉じこもり、じっくり根本的なところから哲学的な思考を積み重ねていけば……。
千木良 (笑)変だよ。なに言ってるのか全然わかんない! こないだの三坂さんはタイプじゃなかったですか?
滝本 そういう問題ではないでしょうに。
千木良 なんで? ふつうに聞いてるのに。
滝本 たしかに……ディズニーランドに行けたらいいなとは思いますよ。
千木良 あたし、ゼッタイ三坂さんと滝本さんはいいなと思って紹介したのに。学歴を無視すれば……。
滝本 いや。彼女は最高ですよ。僕は最初からエッセイにもそう書いております。
千木良 うーん。三坂さんはたぶん、ひきこもりで作家の人と話せるなんて、超面白い! と思って、来たと思うの。それでディズニーランドに行ったらますます楽しいなと思って、言ったんだと思うんですよ。
滝本 そう思います。
千木良 なのに、さっと流してしまう滝本さんというのは、どうなんですか!
行ったほうがいいですよ!!
「行きましょう」と言われたなら、「行きます」と言わないと。みんなどうせ、エッセイのネタ作りのために行くんだろうなと思うんですから、行けばいいじゃないですか!
滝本 ……やっぱり、おっかないからいいです。それに、ディズニーランドでデートみたいな偉大な物語は、『超人計画』一作目には入りません。『超人計画』には綿密なプロットが存在するんですよ。
千木良 でもそれは「エッセイ」の話でなく、滝本さんの「人生」の問題でしょ。だから、エッセイを口実に行けばいいじゃん。
――千木良さんがあなたの人生を心配している。どうしますか。
滝本 ……ほんとにどうしましょう。『超人計画』は、そして僕は、この先いったい、どうしたらよいのでしょう?
千木良 みんな、滝本さんが変わっていく姿を見たいんじゃないですかね。ビルドゥングス・ロマンみたいな。
滝本 それは無理です。
――いまのところ、全然変わってない(笑)。
滝本 一カ月二カ月で変われというのは無理です。
千木良 せっかく書いたのだから、それに合わせて自分が変わればいい、と思いますよ。
滝本 それがですね、文章を本にするのだから変えなきゃダメだと変えると、「なに嘘くせえー」と……。
千木良 自分が?
滝本 自分も読者も、「なにペラペラ調子のいいこと書いてんだよ、恥を知れよ」と。
千木良 はああ。じゃ、滝本さんが変わるまでやめなきゃいいんじゃないですか。
●超人と永劫回帰
滝本 『超人』というのがそもそもおかしいんですよ。
千木良 『超人』になりたいんでしょう?
滝本 何回読んでも、『超人』がなにを意味してるのかさっぱりわからない。
千木良 でも、いいと思うけど、『超人計画』って。
滝本 ニーチェ、難しすぎるんです。この前、やっとちゃんと読んだんですけど。
千木良 ふーん。面白かった?
滝本 難しかったです。
千木良 難しいということは、面白くないということ?(笑)
滝本 まあ面白かったですが……ニーチェのいう「神は死んだ」は、すべての価値観が相対化されたということを意味していて、人間がこれからなにをどうしていいかわからなくなってしまって、でもそんなとき新たにみずから自分の価値を設定し、その価値に向かってがんばって生きてゆく人間を『超人』と呼んだのではないか……と、それぐらいがなんとなくわかっただけ。
千木良 ふんふん。結局は、自分がどういう価値基準を持つかということを自分の中でちゃんと決めるというか。
「自分教」になるということね!
滝本 『超人』がテーマですと、話がどうしても抽象的になりますね。
千木良 でも、『超人』になりたいんでしょ。あたしも『超人』にはなりたいわ。
滝本 なりたいですよね。強そうだし、お金も持ってそうだし。でも、そもそも『超人』と『彼女』はなんの関係もないんですよ。
千木良 そうなの? 彼女を作るということは、一人で充足している人が、女の子にだんだん心を開いていくわけじゃない。それはすなわち成長物語ではないの。『彼女』と『超人』とにはリンクするものがあるんじゃないの?
滝本 『超人』になるには、世の中の価値基準を、偶像的なものを壊す必要があるわけです。そこで壊されるべき価値、偶像的なものには、たぶん恋とか愛とかも含まれるわけで……。
千木良 じゃあ、彼女はいらないってこと?
滝本 …………。
千木良 そういうことではないの?
滝本 ニーチェは、『超人』になるには三段変化があるといっています。精神は、まず駱駝にならねばならない。次に獅子になり、そして赤ちゃんになる。この赤ちゃんが『超人』というわけで、他の二つがなにを意味するかというと……。
千木良 駱駝は?
滝本 駱駝は、いままでの諸々の価値基準を背負って、重い荷物を背負って砂漠に歩いていきます。要するに、良い学校に入ってがんばるぞとか、国のために一生懸命働くぞとか、良い家庭を作るためにすてきな彼女を作るぞとか、一般的に世に流布している価値に向かって、自分の力を試して歩いていく精神のことです。ところが、その努力がある臨界点に達したところで、そもそも求めていた価値に根拠というものが存在していなかったということに気づき、駱駝は獅子になります。
千木良 うんうん。そうだね! なんで彼女なんかつくらなあかんねん! がんばってこんなに世の中のために尽くしたのに、世の中なんて意味ないじゃん!
滝本 そうして、すべてのものごとの価値基準の根拠がぶっ壊れていくわけです。最終的には、なんで生きてるのか、なんでこの世があるのか、そういうところまで壊れていく。というか、自分で壊していく。その姿が、獅子なわけです。
だけど当然、その後に虚無感がやってくる。なんのために生きているのかわからなくて、虚しくなってしまう。で、その虚無感がいちばんの底まで達したところで、人間はなぜか赤ちゃんになり、自分の価値を自分で創造するようになる――というのが超人ロードだそうで。
千木良 なんで赤ちゃんになっちゃうの?
滝本 価値を創造する行為は、「遊戯」だそうです。子供が遊ぶように、新たな価値を創造する。それが『超人』だそうです。
千木良 なんにもなくなり、世の中なんてもうどうでもいいやーとなったときに、どうして赤ちゃんになれるの?
滝本 それがですね。おそらくそこに、なんらかの宗教的改心のようなものがあり、それがニーチェの場合、『永劫回帰』というキーワードで。
千木良 うん、聞いたことある。なに『永劫回帰』って?
滝本 要するに、思想とかではなく、一種の思考実験のようなもので……時間が無限だとして、物質の組み合わせも無限だとすると、これまで起きたことが、これからも無限回にわたって繰り返されることになるとか、自分の人生がそっくりそのまま無限回にわたって繰り返されるとかどうとか……
千木良 え? なんで?
滝本 この際、細かいツッコミはやめていただきたい。
千木良 なんでー(笑)。
滝本 一種のたとえ話だと思ってください。だいたい『永劫回帰』というのは、ニーチェが梅毒になって、頭が変になりかけて……要するになにかの宗教体験だと思うんですよ。それをニーチェは哲学の言葉でなんとか説明しようとしたんではないかと。それに『永劫回帰』って、幻覚剤で見るバッドトリップとそっくりだし。
千木良 そっくりというのは、誰か評論家が書いてたの?
滝本 いえ。僕の……。
千木良 へえー。
滝本 自分がDVDのデータのひとつになったような、何回も再生され、イヤになっても外に出られないような感じです。ニーチェも最初、この『永劫回帰』の思想が降ってきたときは、とんでもない吐き気と嫌な感じがして、お先が真っ暗になったそうです。なぜかというと、たぶん
ニーチェはモテなかった
ので……モテない人生を何度も繰り返すのはイヤなので……
千木良 ふふふ。やっぱりモテたほうがいいんじゃない! あ、でもモテないと『超人』になれるのかな。モテないと『永劫回帰』になって、それで『超人』になれるのかな。滝本さんも、ひきこもりでモテないから『超人』になれるということ?
滝本 ……ちょっと話を整理しましょう。『超人』と『永劫回帰』と『モテるモテない』は、そう、ぜんぜん関係ない話なんだな。ぜんぶ忘れてください。
千木良 酔いのせいか、なんだか頭もぐるぐるしてきた(笑)。
滝本 だいたい彼女を作ればいいことがあると考えるのは、ニヒリズムなわけですよ。こういうものは、打破せねばならない。そして打破するには二つの方法がある。彼女そのものをゲットしてしまうか、あるいはそのニヒリズムを捨て……。
千木良 でもゲットしたらゲットしたで、こいつと別れて新しいきれいな人を見つけたいとか、思いそうですよね。
滝本 だからですね、彼女作ってなんになる、小説書いてなんになる、長生きしてなんになる。と、人生目標をひとつずつ潰していくわけです。そうするとニヒリズムは打破されますが、その代わり虚無感が襲ってくるわけです。
千木良 ニヒリズムは虚無感じゃないの?
滝本 微妙に違うのです。
千木良 虚無感は英語で言うとニヒリズムだけど。
滝本 ニーチェの言うニヒリズムは、昔のキリスト教徒みたいなやつだと思ってください。天国の神様という『無』、つまりニヒルな価値に従って生活し、精神状態を安定させる暮らしぶりのことです。でも天国での楽しい暮らしも、人間彼女とのラブラブな生活も、しょせんは絵空事の青い鳥ですので、そういう遠いところにある価値を目標にした生活は、いずれ破綻するのです。だからニヒリズムは打破せねばなりません。でもニヒリズムを打破したところで、今度は虚無感にとらわれ、なにをしていいのかさっぱりわからなくなります。痴呆状態の、いわば人間失格になります。何もやることがないので、一日十六時間寝ます。
……ところが、なにかのはずみで、はっと気づくわけですよ。精神を幼子にして、自分の目指す価値は自分で作ればいいんだと、ある日ついに悟るわけです。さあこれからはアレを良いことにして、コレを悪いことにしよう、と、自分で勝手に価値を創造し、その価値に従って生きてゆくのが『超人』ということです。
千木良 へええ。
滝本 ……でもそもそも、ふつうの人間が『超人』になるのは無理なんですよ。
千木良 なんで?
滝本 自分で人生目標を決めたところで、そんなものを信じられるわけがないのです。なにせ自分で捏造して、適当にでっちあげたものだから、ありがたみがないのです。
千木良 決めたのだったら、そうしたらいいんじゃないの(笑)。
滝本 これは難しい問題ですね。夏休みの宿題を決めるというのとは違い、ある意味、森羅万象すべての意味を自分で決めるということですから。
千木良 ふーん。
滝本 だいたいそうやって、『自分で自分の価値を決めて生きるのが正しい超人的生き方なんだな』と考えた時点で、またニヒリズムが始まるわけです。
千木良 なんで?
滝本 遠方に『超人』という価値を設定して、『超人』のために生きるというのは、普通の宗教とかとまったく変わらない生き方であって。だからこの『超人』という概念、どこか矛盾しているんですよ。禅問答のように。……それに、ニーチェには未来予測がありまして、それによると、『超人』が来るのはあと百年後ぐらいだそうですよ。まだまだ先の話ですので、僕には関係のない話なのです。
千木良 『超人』という人が来るの?
滝本 『超人』が生まれるのは百年後だと。
千木良 一人だけ生まれるの?
滝本 いや、たくさん!
千木良 いっぱい!?(笑)
●総括
滝本 ということで、本当は『超人』なんて、マトモに考えるようなものではないんです。考えても泥沼にはまる問題なのです。ようやく最近、わかってきた。
千木良 せっかくあたしも、頑張って『超人』のこと考えたのに……。
滝本 だいたい哲学とかは、いくら考えてもお金にならない。いくら本を読んでもモテるようにならない。
――やっぱり、彼女のできない人がそういうことを考えるのではないですか。
千木良 (笑)。
滝本 ですね。こんなどうでも良いことばかり考えてるからダメなんです……。
千木良 あ、違うよ!(笑) 考えてるのはいいことだけど、一生懸命考えたのにそんな終わり方にされてしまったら、ちょっと腑に落ちないと思うわけじゃない。
滝本 はい。
千木良 たとえばね、そういう気持ちをくんだ上で、もっと面白い話をしよう、面白いことをやろうとする(サービス精神がある?)と彼女ができてくるとか。
――ダメ人間脱出への貴重な助言が得られたところで、『超人計画』第一回(?)緊急対談はおひらきとしましょう。お二方、今日は長々とありがとうございました。またお疲れさまでした。ふう、七時間です……。
(四月八日 新宿・山珍居にて収録 進行・構成/村上達朗)
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