![]() |
|||||
|
|
マンスリー・エッセイ ■3月25日木曜日 |
||||
|
はじめに iMac発表……、いや、ジョブズ復帰以来、アップルはとてつもないハイペースで、驚くべき大胆さを持った戦略を次々と繰り広げてきている。しかも、その戦略のどれもがコンピューター業界全体をものすごいマグニチュードで揺さぶるのだ(さらに、1つ1つの発表がそれまでのアップルの戦略の手抜かりを水も漏らさぬ間隔で埋めていく)。 おかげで、昨年まではそれでもなんとかなったものが、今年に入ってからすっかり本業が忙しくなり、本連載の執筆の余裕がなくなってきた。そんなわけで、アップルに勝るとも劣らぬ勢いで進展するBoiled Eggs Onlineのトップページでも、『Apple ここだけの話』だけが、なかなか年を越せずにいた。 まずはこの4カ月弱の間、お叱りのメール、励ましのメールで筆者を勇気づけてくれた読者の方々にお礼とともにお詫びを申し上げたい。
#3 夢:アップルの第3の製品
PART I:ハートを揺さぶるもの 最近、本業であるMac雑誌での執筆がなかなか難しくなってきた。以前はゆるんだ蛇口のように、アップル社内の重要プロジェクトの情報が噂としてチョロチョロと流れ出てきたものだ。 噂のプロジェクトの中には、製品化が実現しなかったものもあり、その時には「噂に過ぎなかった」と思わされるものも多かった。 だが、後にジム・カールトンの『アップル』が出版され、火のないところに煙りは発たなかったことを思い知らされた(結局はアップルに実行力を伴ったリーダーシップが欠落していたのだ)。 ジョブズ暫定CEO時代になると状況は一転して、アップルのガードは徹底的に厳しくなった。 もっとも噂の量だけならインターネット時代の今の方が前インターネット時代より多いかもしれない(ただし、現在は逆に噂が多すぎて、その中から本当の情報を見つけだすのが難しいという別の問題がある)。 筆者が抱えるもっとも大きな悩みは、最近、スティーブ・ジョブズがひとたび講演を行なうと、その前後で、Mac市場、いやコンピューター市場の眺望がまったく変わってしまうということだ。 一昨年からアップルが「1000ドルMac」を発売する噂はいくらでもあった。しかし、'98年5月、ジョブズがiMacを発表したとたん、「1000ドルMac」などという製品分類はどうでもよいことになってしまった。 実際、ただ価格が1000ドル台ということであれば、iMacは決して初めてではない。むしろ、1990年登場のMac Classicの価格の方が1000ドルに近かったくらいだ(さらに付け加えれば、初代Macも目標価格は1000ドルだった)。 iMac発表前に「1000ドルMac」の噂を聞いた人たちのほとんどはアップルが型落ちのCPUと実用に足らない容量のハードディスクを搭載したベージュ色の金属筐体といったMac像を思い描いていたのではなかろうか。 当時、新聞雑誌を賑わせていた1000ドルPCはまさにこのような製品であり、実際、筆者自身も、苦境に立たされたアップルには、せいぜいこうした製品しか出せないと思っていた。いや、そんな製品でもとにかく価格さえ安ければ、アップルの死期を遅らせられると、その登場を望んでいたくらいだ。 だが、ジョブズの戦略は違った。 当時、いったい誰が、アップルがここまでメジャーな製品を出せると想像していただろう――おそらく、今、鼻高々にiMacの紹介をしているアップル社員の多くも、当時は、こんな事態を予想していなかったはずだ。 5月の発表以来、別色iMacの噂も何度か出ては消え、出ては消えを繰り返していた。いちばん盛り上がったのは、'98年末のクリスマスに赤い色のiMacが登場するというものだろう。だが、5色のiMacが一斉に発表されることを想像していた人はほとんどいなかったはずだ。 アップルがネットワークコンピューターを出すという噂もあった。噂の元はネットワークコンピューターの提唱者であり、アップルの社外役員でもあるラリー・エリソン氏だった。その後、機能限定版のMac OS Liteやハードディスク非搭載のiMacなどまことしやかな噂がいくつも流れた。しかし、まさかすでに発表済みのiMacこそが真のネットワークコンピューターだったとは誰も想像していなかった。 アップル最新情報に通じていない方のために書くと、アップルは1月、Mac OS X Serverというサーバー向けOSを発表した。このOSを導入したサーバーとiMacをネットワークで接続すれば、iMacをネットワーク経由で起動できるのだ(これをNetBoot機能と呼ぶ〔註〕)。 これを行なうと、まずiMacの画面にユーザー名とパスワードを入力する画面が現れ、ユーザーが誰であるか認証されると、画面上にはそのユーザー専用のデスクトップが現れる。同じネットワークにつながったMacなら、どのMacを使おうとそのユーザー固有のまったく同じ環境が再現できるのだ。しかも、オラクル社が普及を目論んでいるネットワークコンピューター規格のNCと違って、動作するOSはパッケージ版とほとんど変わらないMac OSなので、Mac用の数千のソフトの利用が可能だ。 ところで、このMac OS X Serverとは実は、アップルがRhapsodyというコード名で開発していたOSだ。大本は同社が1996年に買収したネクスト社のOPENSTEP for MACHというOSで、その概観をMac風に変更したものだ。買収直後は、これこそが次代のMac OSになると言われていた。 しかし、その後、このRhapsodyにMac OSの機能を大幅に追加したMac OS X構想が発表され、Mac OS X Serverは一世代限りの地味な製品になるはずだった(そもそもサーバー向けOSという製品そのものがコンピューター業界では地味な存在である)。Rhapsodyの仕様に関しては比較的早い時期から明らかな部分が多く、開発者向けの開発途上版配布も早い時期から行なわれていたため、最近では誰も大きな期待をいだかないようになっていた。 だが、1月、スティーブ・ジョブズがMACWORLD EXPO/SAN FRANCISCO基調講演の壇上で、50台のiMacを使ってNetBoot機能を実演した瞬間、それまでRhapsodyが持っていた地味なイメージは完全に崩壊した。 期待通りに動かないWindows NTのサーバーに愛想をつかし、Linuxに興味を持ち始めていた企業のネットワーク管理者もこの発表には少なからず関心を持ったはずだ。しかし、彼らが本当に驚かされたのは3月、実際のMac OS X Serverが発表されてからのことだ。 3月、アップルが開催したMac OS X Server発表会に出席したマスコミたちは誰もが「NetBoot対応のMac OS X Serverいよいよ発売」といった見出しを頭で練っていたはずだ。ところが、ここでも彼らの期待は(よい方向に)裏切られた。発表会の数時間後、インターネット中を駆けめぐったニュースの見出しはこんな具合だった。 「アップル、オープンソース戦略に乗り出す」 ジョブズが、パソコンが本来あるべき姿に対して明確なビジョンを持ち、今後の新しいトレンドをいち早く察知する能力を持った天才であることに、異論を挟む人は少ないだろう。しかし、それ以上に凄いのは、人のハートをものすごいマグニチュードで揺さぶり、虜にする才能なのかも知れない。 ある程度の情報を流し、ある程度の関心を促しながら、最後の切り札はちゃんと隠してある。そして、その切り札をもっとも驚きの大きい、もっともインパクトのある形で、もっとも力強く効果的な方法で提示する。 もちろん、ジョブズ一人の力ではない。彼の周りにはパソコンの流通やマーケティングを根本から改革しようとする天才肌のミッチ・マンディッチや、学生時代からモダンOSの設計に携わってきた実力派のアビー・テバニアン、革新的な仕様のハードを短時間で製作させる指揮力を持ったジョン・ルービンスタイン、ものの本質から造型を築き上げる洞察力を持ったデザイナーのジョナサン・アイブといったいずれも世界でもトップレベルの参謀たちが肩を並べている。 彼らがつくり出すモノの1つ1つは、人々に新しい喜びと夢を与えてくれている。そして次はどんな夢を見させてくれるのかと、わくわくさせてくれる。 やれ毒だ、吸収合併だ、(収穫逓増だ)、分割だ、癒着だ、汚職だ、政治腐敗だ、倒産だ、就職難だと何かと暗い世紀末の世相にあって、アップルは人々に夢を与え続けられる非常に希少で重要な企業だと書いたら言い過ぎだろうか? 街を普通に歩いていても、私の耳には世代や性別の異なる人々が口にしたiMacの話題が飛び込んでくる。これを単純に、今日の消費型社会に溢れた物欲現象の一つとして片付けてしまうのは間違いのような気がする。 「iMacが欲しい」というのは、「ゼニアの服が欲しい」とか「プレステのソフトが欲しい」「○○が食べたい」といった欲求とは別次元の話だ。所有欲を満たしたり、着心地とカットを堪能したり、プレイしたり、味わいを楽しんだりと、対象そのものが目的なのではなく、iMacが欲しい人は「iMacを使って○○をする」ことが本当の目的であり、iMacを所有することは、夢のほんの出発点に過ぎないからだ。 「PART II:スカリーの見た夢、ジョブズの見せる夢」に続く■ (PART IIは4月1日木曜日に掲載します) |
|
||||
|
Copyright 1999 by Nobuyuki Hayashi, Boiled
Eggs Ltd. All rights reserved.
|
|||||