ぼくの小説作法
……・ときどきサンドイッチ作り・……
大石大
第1回 初めての小説執筆
2023.04.17

 小説家のエッセイやインタビューで、初めて書いた小説の話をしているのを目にすることがある。あまりにひどい出来だったから思い出したくもない、と話す人もいれば、最初の作品でいきなり新人賞を獲った、という信じられないエピソードを語る人もいる。
 僕が初めて小説を書いたのは、大学一年生の春休みのことだった。時間を持て余していたので、ためしに書いてみよう、と思い立ったのだった。
 春休み中、二編のショートショートを書き上げた。
 一本目のタイトルは『夏の夜の物語』。
 凶器を握ったある男が、何者かを殺そうとしている。格闘の末、相手を殺すことに成功するのだが、その相手というのは蚊で、凶器はハエたたきだった、という内容だ。
 二本目は、タイトルはもう忘れたのだが、「おむすびころりん」と「金の斧銀の斧」をくっつけたような話だった。
 山の中で、おじいさんが落としたおむすびが山道を転がっていき、麓の池に落ちてしまう。すると、池の中から現れた神様に、「お前が落としたのは金のおむすびか、銀のおむすびか、ふつうのおむすびか」と問われ、おじいさんが「ふつうのおむすびです」と答えると、「お前は正直者だ」と言ってすべてのおむすびをもらう。そして、「全部ふやけていました」というオチがついて物語が終わる。
 ご覧のとおり、二作とも、少しも面白くない。当時も、書いてはみたものの全然手ごたえはなかった。ただ、あらためて振り返ると、しっかりしたオチをつけようという意識がちゃんとあった点だけは評価してあげたい、と思っている。
 このころから、将来は小説家になれたらいいな、という漠然とした願望はあった。だけど、それは弱小高校の野球部員が「甲子園に行きたい」と夢見るようなもので、現実的な目標だとはまったく思っていなかった。
 小説家になんてなれるわけがない、と思っていた一番の理由は、それまでの読書体験があまりにも貧弱だったからだった。僕が本を読むようになったのは大学に入ってからだったので、その時点での読書歴はたったの一年しかなかったのだ。
 小説家というものは、幼いころから呼吸をするように活字に接し、漱石や芥川、太宰にトルストイにドストエフスキーなど、過去の名作群を読み漁ったような人たちしかなれないものだと思い込んでいた。一応、当時の僕も、いわゆる「文豪」と呼ばれる人たちの作品を手に取ったことがあるけれど、いつも途中で投げ出したくなるのを我慢しながら読んでいた。なじみのない言葉遣いや、古臭い文体、現代の小説とくらべると明らかに退屈なストーリー展開に、どうしても馴染むことができなかった。もちろん彼らの作品から得られるものはいろいろあったけれど、だんだん無理して読むのが耐えられなくなり、いつしか手に取るのをやめてしまった。過去の名作を読み通すこともできないような人間が小説家になどなれるわけがない、と思っていた。
 そんな中、大学二年の夏休みに、三作目となる短編小説を書き上げた。
 タイトルは『自殺志願者とミニスカート』。
 ある男性が、ビルの屋上から飛び降り自殺をしようとしている。ふと振り返ると、もう一人、思いつめた様子でビルの真下を見下ろす、ミニスカート姿の若い女性がいた。男性は、彼女も自殺しようとしているのだろうと察する。
 直後、強風が吹き、女性のミニスカートがめくれ上がった。死ぬことで頭がいっぱいの女性がそのことに気づかない一方、男性はひどく興奮し、冥途の土産にもう一回だけスカートの中身を見たいと望む。だが、女性はついに決心を固めて飛び降りようとし始めたため、主人公は、もう一度風が吹くまでの時間稼ぎのために、彼女に声をかけて自殺を思いとどまるよう説得する……というストーリーだ。
 パンチラを拝みたいがために自殺を止めるふりをする、という、たいへん卑猥な設定だ。今はもう、こういう設定では書かないし、思いつくことさえないだろう。
 ただ、この小説を書き上げたときに、かなりの手ごたえを感じた。奇抜な設定、二人のコミカルなやりとり、意外性のあるストーリー展開、生きる希望を感じられるような後味のいいラスト。俺、けっこう面白い小説を書いちゃったんじゃない? と興奮した。この手ごたえは決して独りよがりのものではなかったらしく、創作に理解のある友人数名にこの作品を読んでもらったところ、全員がこの作品を絶賛してくれた。
 このとき初めて、小説家になれるわけがないと決めつけるのは早いかもしれない、と感じた。
 この作品のアイディアを思いついたのは、テレビで見たとある芸人のコントだった。当時はお笑いブームの真っ最中で、『エンタの神様』や『爆笑オンエアバトル』のような若手芸人のネタ番組がいくつも放送されており、僕は日々、浴びるように芸人の漫才やコントを観ていた。
 そのコントは、ネットで知り合った仲間と練炭自殺をしようとしている最中、友達からメールで合コンの誘いが来る、という設定だった。自分も行きたい、と思うものの、本気で死のうとしている仲間に向かって「合コンに行くので死ぬのをやめます」とは言いづらい。友達からは合コンの様子が逐一メールで届き、今すぐにでも駆けつけたい衝動にかられる一方、仲間は死への思いを切々と語り、ますます自殺の中止を申し出にくくなってくる。生(性)と死の間で煩悶する様子が面白く、そのコントを見終わった後に思いついたのが、『自殺志願者とミニスカート』の設定だった。
 過去の名作を読めない自分にコンプレックスを抱く必要はないのではないか、という気がした。現代のエンタメ作家の小説だったり、お笑いのネタだったりと、自分が心から好きなものを土台にすれば、ちゃんといい作品が書けるのかもしれない。
 小説家になれる、という確信はまったくなかった。ただ、夢見る資格くらいはあるんじゃないだろうか、と思えた瞬間だった。


著者プロフィール

大石大(おおいし・だい)
1984年秋田県生まれ。法政大学社会学部卒業。『シャガクに訊け!』で第22回ボイルドエッグズ新人賞を受賞(2019年2月1日発表)。受賞作は光文社より2019年10月刊行された。2020年、短篇「バビップとケーブブ」が「小説宝石」12月号(光文社)に掲載。2021年5月、単行本第2作『いつものBarで、失恋の謎解きを』を双葉社より刊行。2022年5月、単行本第3作『死神を祀る』を双葉社より刊行。短篇「シェルター」が「小説宝石」7月号(光文社)に掲載。短篇「危険業務手当」が「小説宝石」8・9月合併号に掲載。2022年10月、『シャガクに訊け!』が文庫化、光文社文庫より刊行。2023年6月、光文社より新作『校庭の迷える大人たち』刊行予定。

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