「武士よ! 武士がいるわ!」
クゥ先生が意味不明なことを叫びながら部屋に入ってきた。僕は眠い。
「き、斬られてしまいます!」
インテリのはずの久米君もか。なにごとだ、年の初めから騒々しい。僕は元旦から地元の神社で勤労奉仕をして疲れているんだ。十二時間勤務を六時間勤務に見逃してもらったけど。座ってばかりで全然役に立ってなかったのも見逃してもらったけど。
「座敷の床の間に武士がいるのよ、刀を持ってあぐらをかいてる!」
「こ、凍ってないのに、カッチカチです!」
ああ、あのお方か。あのお方は武士ではないよ。平安時代に武士はいないし、それ以前に貴族階級にいた方だ。その名を、菅原道真とおっしゃる。
「誰それ」
インテリの久米殿、解説をお願い申し上げるなり。
「す、菅原道真は九世紀の政治家で、て、天皇に重用された有能な人材であったが、の、後に九州の太宰府に左遷され、そ、その地にて逝去。し、死後、さまざまな奇怪な異変が京都で起きたことから、お、怨霊として怖れられるようになりました」
う、うーん……。あってるんだけど、もうちょっとポジティブな面を紹介してくれない?
「げ、現代では『天神様』とも呼ばれ、が、学問の神様として親しまれています」
だいぶはしょったね。でもまぁいいか。そこが大事なとこだから。
「怨霊がなんでいきなり神様になるのよ。おそるべきスピード出世じゃない、あんたも見習いなさいよ」
また時間がある時に説明するね……。
さて本題。毎年お正月になると我が家の床の間には、菅原道真様がお座りになります。もちろん本物ではございません。木彫りの菅原道真です。我が故郷、旧井波町は、木彫刻のメッカとして知られる地で、数多くの彫刻師が、欄間をはじめとする木彫刻作品を作ることを生業としている。
そんなこともあっていつの頃からかはわからないが、この地では長男が生まれると、以後、正月に木彫りの菅原道真(いわゆる「天神様」)を床の間に飾る風習がある。女の子の生まれた家に三月、おひな様を飾るのと同じようなものだ。
僕は子供の頃、てっきりこの風習は日本全国で行われているものだと思っていて、高校に進学し別の地域の友人と話した時に、「なんだその風習」と言われてとても驚いた記憶がある。ちなみにそいつの地域では菅原道真の絵を書いた掛け軸を飾る。なんだその風習。
裕福な家では長男だけでなく、次男が生まれた時も三男が生まれた時も木彫りの菅原道真をあらたに用意する。なので正月には三体の菅原道真が床の間に並ぶわけだ。まるで分身の術。菅原道真さん、本当は貴族じゃなくて忍者だったんじゃなかろうか。ちなみに友人の住む地域の裕福な家では、三本の菅原道真の掛け軸が並ぶのだそう。なんだその風習。
元旦の朝は床の間の菅原道真の前で正座し、父と手をついてあいさつする。
――あけましておめでとうございます。本年もよろしくおねがいします。
そう言いながらもガキンチョの僕の頭の中は、学業の向上を祈りもせずに、今年はいくらだ? とその後にもらえるお年玉の金額にばかり頭がいってしまうのだった。今年はガンプラを何体買える? ってね。
そういえば小学生の頃、三学期の始めに、お年玉はいくらもらったか、を挙手で調べられるのは子供ながらにいやらしい調査だなと嫌だった。なんだろうあの貧富の差の公開処刑は。親戚にもらったお年玉は親に回収され、中身をそのまま親戚の子供にお年玉として渡される、って言ってた友達は無言で抱きしめたくなった。
カーン、カーン。カンカンカン。門前町である地元の本通りでは耳をすますと、のみを打つ心地よい音が響く。職人によっては作業場をガラス張りにして、観光客が彫っている姿を見られるようにしている。職人の町ならではの光景だ。
先月の下旬、ある一人の職人が菅原道真を彫っていた。
「その天神様って、この年明けの正月用ですか?」
「うん」
「納期はいつなんですか?」
「二日後」
「顔とか、まだ全然手がついてないじゃないですか、間に合うんですか?」
「…………」
僕は一抹の不安を覚えたのだが、そこはさすが職人、自己管理が完璧だ。きっちりと遅れることなく、かといって早く仕上げることもなく、納期にぴたりとあわせてのみを振るうのだった。
完成したら職人自らお宅に届けに行くことが多い。そこには我が子を人に預けるような感慨深さがあるのだろうか。職人は言う。
「人を彫ると顔が自分の子供にどうしても似てしまうものなんです」
ちょっといい話だ。やっぱり作品には愛情が注がれている。届けられたお宅でも大切に飾られることだろう。そして天神様は生まれた男児のすこやかな成長を見守るのだ。
天神様、子供たちが非行に走らないよう、未来への希望を見失わないよう、頑張って支えてあげてくださいね。
僕はこの町で育った。親が職人、っていう友達がたくさんいた。ものづくりを仕事とする人が珍しくもなんともない環境で育ったからこそ、僕も漫画界や小説界に特に違和感なく飛び込めたのではないかと思っている。
さぁ今年も床の間で正座して学業の向上をお祈りしよう。
この歳になってまで自分の学業向上を祈ってる時点で、手遅れと悟るべきか? いやそれでも、努力すればチャンスはもらえるが、努力だけでは結果は残せない、という言葉を聞いたことがあるような気がするし。いや聞いたことはない、いま僕が考えた。手遅れなんて関係ない、祈りたいので僕は今年も祈るのである。
――どうか文章書きとして一人前と自負できる男になれますように。
クゥ先生と久米君もお祈りする?
「どうか一日でも早くイナミアに帰れますように」
そんなにここが嫌か。それに学問関係ないよね。
「ど、どうかメガネをコンタクトレンズに替えられますように」
メガネ嫌なの!? ネコ用のコンタクト、Amazonで探してみるか……。
みなさんの願いもよい方向に前進する一年となりますように。本年もよろしくおねがいします。北陸は旧井波町より愛と雪を込めて。
(続く)
イラスト●石岡ショウエイ