僕は世の大人たちが目の前に敷いたレールの上を、退屈に思いながらも盲信的に、クソ真面目に踏み外すこともなく、それなりに順調に歩んできた人間だった。虚弱ではあったが、子供の頃からガリ勉のように勉強をし、受験ではそれなりの大学に入学し、就職先もそれなりの企業へ。倹約を良しとする家庭だったため慎ましい生活ではあったが、家庭環境に大きなハンデキャップとなるようなものはなかった。窮屈ではあったけれど、どちらかといえば恵まれた側の人生だったといえるだろう。
だが25歳の時、それまでに築いてきたもの、得てきたもののすべてを放棄してしまった。人生を完全にリセットしてしまった。
人間関係を一切絶ち、貯金残高の減少をカウントダウンとした引きこもりのアパート暮らしを始めた。絵を描いて食べていけるようになりたい、そんな夢みたいな希望を胸に抱きながら。より正確に当時の心境を語るなら、なにかを創作していられるなら、あとのすべてはどうでもいい、だ。
こんな感情がなぜ抑えがたいほどにふくらんでしまったのかは、今でも分からない。絵を描くことは好きだったが、ずっと描き続けてきた人間ではない。たいしてうまくもない。
そう、自分の絵の未熟さが分かる程度には、僕には客観性があった。だから漫画を描き始めた。漫画は「絵」と「お話」のふたつの要素で構成される。これを「絵」も「お話」も優れていなければならない、と考えるなら、僕は挑戦していなかっただろう。僕は「絵」か「お話」、どちらかだけでも及第点を得られれば、生活費を得る手段にはなるんじゃないかと考えた。
漫画道を真剣に歩んでいる方には舐めた態度だと断ぜられるかもしれない。だが実際、絵も話も優れてる作家さんは、そんなにたくさんはいない。いや一般的な感覚でいえばたくさんといってもいい人数はいる。しかし漫画で生計をたてられている人間の数の中での比率でいえば、やはり少ない。漫画で食べている人間は、世間で思われているよりもずっと多い。
話が少しそれるが、かつてあるインタビューで、『ジョジョ』シリーズで知られる荒木飛呂彦先生が、漫画で重要なのは「絵」だとおっしゃり、『カイジ』シリーズで知られる福本伸行先生が、漫画で重要なのは「話」だ、というニュアンスのことをおっしゃってたのはとても印象的だった。あれほど大きな実績をあげているお二人ですら、自己認識としては「絵」と「話」は等価値ではないのだ。
荒木先生の作品はハイセンスな絵はもちろん、話も負けず劣らず素晴らしいではないか。あの独特のセリフ回しや映像を意識した演出に、どれだけ影響を受けたことか。
福本先生の作品は読者も追いつめるような緊迫した話はもちろん、絵も負けず劣らず魅力的ではないか。あれほど強烈な個性を放つ絵が、いい加減な姿勢から生まれるはずがない。
お二人とも「絵」も「話」も優れた作家であるのに、ご本人にはあまり自覚がないところが失礼ながら微笑ましく思えた。
さて、僕にはそんな高みを目指す気持ちなどまったくなかった。僕の望みは、漫画を描いて生きていられること、その一点だけだった。あとのすべてはどうでもいい。衣食住、生活レベルはギリギリの最低限でOK。家庭などいらない。飢え死にしないなら満足。
それまでに多くの時間を費やして学び、得てきたものや、普通に会社員として生きていれば得られたであろう人並みの幸せ、そういったものを放棄した上で望んだ、漫画を描いていられさえすればそれでいいというこの願いは、決して高望みではなく、それなりにささやかなものではなかっただろうか。
実際、食べていくことは可能だと思われた。分相応なレベルで。
似たような収入の友人作家と、気合いを入れるためにたまには頑張ってお高いものを食べよう! と勇んで入ったお店が、実は外装が他店と違うだけのファミレスだった時は涙が出るほど笑った。650円で済んだ。その友人とぼっろぼろの今にもつぶれそうな焼き鳥屋に行き、会計時に店主から、金運が上がるパワーストーンをもらった時も笑った。全然説得力ないよ! と。ありがたく受け取ったが。そしてやはり効果はなかったが。
高校や大学時代の知人の暮らしぶりと比較すればずいぶん貧相な、もしかしたら哀れんだりされる生活レベルだったかもしれない。けれども当人は充分、幸せだった。ネーム(漫画の脚本)が没になった時は少々荒れることもあったが、近所の飼い猫をなでられれば平常心を取り戻せた。
なのになぜ、その生活をさえ放棄することになるかなぁ……。僕は再び人生をリセットすることになる。今回は自分の意志ではない。まだ名もなき病気。罹患部分は脳。
連載ペースで漫画を描くことは不可能となり、それは事実上、漫画家を「職業」とすることとの別離を意味した。かといって社会人として一般的な仕事ができるかといえば、そんなものは到底できない。徐々に日常生活にも支障をきたすようになり、僕は実家に戻り、介護されるかのような形で生きることを余儀なくされる。
なんだこれは? なにかと闘うような気持ちで生きてきたわけではないのに、なんだこの一方的であまりに強烈な敗北感、無力感、みじめさは。毎日、起き抜けに必ず頭に浮かぶ感情はこうだ。まだ、生きとるんかいな……。
しかし僕は、自分の往生際の悪さに驚いた。天井の幾何学模様を眺め続けることに飽きたのか、壁の木目をなにかに例え見ることに飽きたのか、全身青色になってもいいから『アバター』と身体を交換したいと夢想することに飽きたのか、理由は分からない。ただ、まだなにかを創り始めようとしていた。今度は、小説だった。まぁ、寝ててもできることといえば、それくらいしか残された選択肢はなかったのだが。
無邪気な夢にひたるような歳はとっくに過ぎているし、モラトリアムな気分なんかでいると時間はあっという間に過ぎてしまう。そもそも、一日に使える時間は人よりもずっと短い。自分で自分に見切りをつける期限を作らなければならないと思った。
去年の今頃だったか、僕は精神ケアを担当してくれているカウンセラーに言った。
――来年の五月。それまでになんらかのステップを踏めなければ、すべてのことを、あきらめます。
すべてのこと、とは、社会人として(できれば創作をする人間として)世の中に存在すること。リミットの根拠は、仮に東京に仕事場を抱えたままで通院しながらの暮らしを続けていたとして、無収入が続いた場合に貯蓄が尽きると思われるタイミングだ。
結果、なんとか間にあった。期限より三カ月を残して、二月に新人賞の受賞が決まった。僕は人生を再起動させることができた。いや、できそうだ、との表現にとどめておいたほうがいいか。創作をするものにとって一番重要なのは、審査員に認められることではなく、評論家に認められることでもなく、一般の人に認められることのはずだから。
今ごろは店頭に並んでいるのだろうか。ちょっとそこのお客様、この小説『白馬に乗られた王子様』、作者の人生はかなりのダウナーなんですが、作品の内容はか〜な〜り〜の〜、アッパーですよ!
「ちょっと! 長い、長いわよ独り言が!」
「そ、そうです。イ、イナミアって地名や、クゥ先生のことを調べた、け、結果報告をしようと、思ってたのに……」
クゥ先生が僕の胸の上で飛び跳ねる。久米ひろしも強制されて飛び跳ねる。抗議のつもりだろうが、もふもふがふたつピョンピョンしている様は、ちょっといい眺め。
クゥ先生ってさ、バイオリン、ひけるでしょ?
「えっ、そうなの? 記憶がないから分からないけど」
「ひ、ひけます! そうなんです、ク、クゥ先生は、バイオリンをひけます。で、でも……」
久米くんが先を言いにくそうなそぶりをしている。僕には、「でも……」の続きは分かっている。「でも……、リズム感が悪いんです」だ。
「そ、そうです!」
「そうなの!? なんで、信じられない、この私に苦手なものなんてあるわけがないわ!」
クゥ先生の飛び跳ね方が激しくなった。ゲホ……、ちょっと、苦しいゲホ。説明できそうな状況ではなくなってしまった、少し時間をおこう。
そういえば、人生に近道などない、遠回りの時間は必要なことだ、と誰かが言っていた。ウルフルズの『僕の人生の今は何章目くらいだろう』を聴きながら僕は考える。遠回りはいいのだが、せめてゴールがどこにあるのか、くらいは知りたいものだ。明日はどっちだ?
(続く)
イラスト●石岡ショウエイ