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爆裂対談2(前編)

 
「きょうのお料理」連載100回記念!
新人作家(?)爆裂対談2
三浦しをん × 加藤 文
後編:エッセイはむずかしい
 
 

――離婚問題で盛り上がっているうちに、時間も押してきました。後半は連載の執筆にフォーカスして話していただきましょう。

 ●管理人の問題発言(?)

加藤 三浦さんの場合は毎週書いてますが、ぼくの100回は丸3年と長かった。密度からしたらぼくの100回は「疎」ですね。毎週書くことの努力たるや、4倍5倍以上のものがあると思う。
三浦 いやいや、それは違うでしょう。毎週書いたほうがその内容は「疎」になるんじゃないですか(笑)。
加藤 そうでもないと思います。毎週書くつらさって絶対あると思う。ぼくはどうやって書いているかというと、〆切の土曜に原稿を送ると、次の1週間はぼーっとしてるんです。その次の〆切のある週、月曜になると、胸にズーンとくるんですよ。水曜日までにテーマが決まってないと、痔になるんですね。
三浦 そりゃヒ○キ君となにかあったからじゃないですか(笑)。
加藤 ないですけどね、お尻のあたりがむずむずしてくる。
三浦 それは……欲求不満? あああ、セクハラ発言だ、こんなの。いけないいけない。
加藤 金曜の午前中までに書けてないと、もう青くなりますね。
三浦 いまだにそうなんですか?
加藤 いまだにそうです。
三浦 わたしなんか、日曜日の夜10時ぐらいにあわてて書き始めちゃって、もう間に合わん、みたいな感じですよ。
加藤 それは才能ある人の余裕の発言ですよ(笑)。向田邦子の発言を聞いてる気がするな、ぼくは。
三浦 いえ、単に全然やる気がないっていうか(笑)、ぎりぎりにならないとできないんですよ。
加藤 ぼくは原稿を送るときに番号を振ってるんです。10月の1週目のファイルは、10−1というように。そのあとに2とか3とかつく。これはバージョン2、3の意味。
三浦 書き直したっていうね。
加藤 書き直したというより、テーマ2とかテーマ3とかという意味で、全然別のことを書いているんです。
三浦 はははは。
加藤 書き始めて、これは全然ダメというのがあるじゃないですか。そうなるとバージョンがどんどんアップしてゆく(笑)。で、そうして書いたものを、muratさんが、「きみの書くものはほんと面白くない。つまらん、つまらん」というんですよ。
三浦 ええー! 
――そ、そんな言い方しませんよ。それはテレビのCMの……。
三浦 大滝修治のねえ(笑)。
加藤 muratさんの頭に、ぼくのエッセイはつまらないとインプットされちゃってるんだと思う。
三浦 そんなことはないとわたしは思うけど。
加藤 この前も「加藤さんの書くものはつまらない。三浦さんの書くものを見習いなさい」と言われた。
三浦 ひどいー(笑)。
――言ってませんよー(笑)。
加藤 酒飲んで忘れてるんだ。麹町で飲んでるときに、「三浦さんはひとつの問題をとことん突き詰めて考える。それに比べると……」。
――ああ、あのときか。麹町。
三浦 やっぱり言ったんだ! ひどいや!(笑)。
加藤 焼酎がまずかったみたい(笑)。
――「やっぱりバブル世代は、あれだなあ、甘いなあ」と……。思い出してきた。
加藤 ぼくなんか女房と別れてまでも一生懸命書いてるのに。
――離婚も決まったことだし、どんどこいじくりまわしちゃおうと思って(笑)。
加藤 いじってください。Mだから(笑)。
三浦 どんどん称号が付け加えられていく(笑)。

 ●初めは私生活エッセイ風

加藤 ……ぼくはエッセイの書き方がまずよくわからないですね。三浦さん、わかります?
三浦 わからないですよ。小説は文体を変えたり、テーマをいろんな角度から作品ごとに掘り下げたりできるじゃないですか。でも、エッセイって、そうはできないですよね。文体だって変えられるものじゃないし、いままでと違う何かをみなさんに提示しようとしてもできるものじゃないし……。
加藤 エッセイになると、今日は昼何食べて、夜何食べて、というのでも面白いものがある。
三浦 面白いエッセイ、ありますよねえ。
加藤 エッセイにはいろんな芸の見せ方があって、向田さんみたいに短編小説なみの密度と完成度のあるものもあれば、作家というブランドがあり、それにぶらさがってて、読者が作家とのコミュニケーションの一環として……。
三浦 うん、そうですね。あたしの好きなあの人は今日は何をしたのかしらという。
加藤 「笹塚日記」じゃないけど、そういうタイプのものもあるじゃないですか。
三浦 ありますねえ。
加藤 あれもエッセイといえばその分類に入るのであって、エッセイにはつかみどころのなさみたいなものがある。
――「笹塚日記」はまたそれで読む楽しみがあるわけですが、ぼくとしては向田邦子風の、芸を見せるエッセイを期待してるわけでして。
三浦 より大多数の、その作家を知らなくても楽しめる、というのが理想ですよねえ。
――加藤文はそういうエッセイを書いてきたと思うんですよね。
三浦 加藤さんはもちろんそういうエッセイだと思いますよ。
加藤 あ! 今日はなんかレコーダーが回ってる、みたいな(笑)。
――公式発言に終始?(笑)
加藤 一人で会うときとは全然言ってることが違う(笑)。
三浦 加藤さんのエッセイは本人を知らなくても楽しめるエッセイだと思いますけどね。
加藤 ぼくのなかで悩みがあって。初めは私生活エッセイ風に、ストーリーを交えて書いていたのですが、あるときから、変えることを意識しだしたのは、夫婦生活がうまくいかなくなってきてて、家庭を表に出せなくなってきたということがひとつ。もうひとつは、お話仕立てではない世界があって、もっと論理とか論調とかを主張するエッセイもあり、それが気になりだした。100回のうち10回くらいは、ちょっと山本夏彦入っちゃった。
三浦 いつも加藤さんのエッセイを読んでいるわたしの友達は、「加藤さん、最近ちょっと元気がないみたい」なんて(笑)言ってましたよ。
加藤 それは家庭生活がうまくいってないから(笑)。
三浦 だから、読んでる人はやっぱりわかるのかしらと思ってびっくりしたんですけど、黙ってました。そうかな、そんなこともないと思うよ、なんて返事して。
加藤 山本夏彦形式で書くと、長い文章が書けないということがわかった。
三浦 その感じわかりますよ。わたしはだらだら続けていく系に陥りつつあるんだけど、エッセイでわたしが好きなのは、ホームページの画面で言うとこれぐらい(親指と人差し指の間ぐらい)の行数で収まるものなんですよ。それですごく面白いのって、けっこう日記などであるじゃないですか。そのパンチみたいなものがすごく好きなんですけど、そういう文章は長い分量は書けない。
加藤 山本さんの文体と怒りは長くは書けない。瞬間湯沸かし器みたいなもので。
三浦 パーッと怒って終わりなんですよね。カーッ、ハァ、みたいな(笑)。
加藤 最初は向田さんが好きで、向田さんを目指してエッセイを書き出したんだけど、うまく書けなくて悩みに悩んでる。かといってもう一回あそこに戻れるかというと、すぐにはちょっと戻れない。向田さんて、わりとワンパターンというか、思い出話なので、昭和の話か自分と自分の家族がどういう生活をもってたかということを書くだけなんだけれども、とっかかりの話と終わりの話がこうひっくり返る。その見せ方が彼女の芸で、それはむずかしいですよねえ。
三浦 向田さんは計算してますよね。
加藤 計算なんですかね。
三浦 すごく綿密に考えてる。日常生活で腹が立つこと、悲しいことがあったからそれを書くというのとはちょっと違う。そこがいいと思うんです。
加藤 へたに書くと作り話になってしまう。エッセイだけれども小説に近い世界。
三浦 彼女がシナリオで書いたり小説で書いたりした世界は同じですからね。というより、書きたい世界が常に決まっていたということだと思いますね。
加藤 もうひとつ言うと、エッセイは女性の芸だという気がする。書き手が女性のほうが読者も安心して読める。じゃあ、男性の書き手は誰がいるかというと――
三浦 『方丈記』『徒然草』。
――なんか、みんな世迷い言だな。
加藤 あとは椎名さんの「東京赤マント」。
――東海林さだおも。
三浦 「パイプのけむり」。けっこういますよ。
加藤 いますね。
三浦 いますよ。関係ない関係ない。
加藤 関係ないか。ぼくは野球の、海老沢泰久さんのスポーツエッセイが……。
――そういうの好きなんですよね。
加藤 そうなんです。でも素養がないから書けないんだけれども、あれは理想ですね。男の書くエッセイとしては。

 ●エッセイが書けないもの

加藤 野球はエッセイになるけど、音楽はエッセイにならないですね。受け手の側の問題なんだけど、音楽を書くと、渋谷○一みたいになっちゃう。
三浦 (手を叩いて爆笑)。クラシックではいますよね。クラシックと自分の生活をうまく絡めて書く人が。でも、ロックでは……。
加藤 音楽を書くと、へたするとレコード評になるか、オーディオ評になるか、社会現象を論じる独自の音楽評論家の世界みたいになってしまう。
――音楽業界に作家が不足しているとなれば、そこで書くのもひとつの手ですよ。
三浦 そこまで音楽オタクじゃないのがつらい。
加藤 じつはぼくはオタクなんですよ。ディスクユニオンで毎月1万円以上使ってますから。
三浦 じゃ書くべきですよ。バクチクについて、誰かほんとに書いてあげて!(笑)。いつもいつも、わたしは不憫で不憫で。
加藤 自分で書けばいいのに(笑)。
三浦 書きたいんですけど、評論するのはちょっとスジ違いかなと思って、我慢してるんですよ!
加藤 ぼくもフランク・ザッパとキング・クリムゾンとエマーソン・レイク&パーマーに関しては書きたいことが山ほどあるんです。ブリティッシュロックは、デヴィッド・ボウイもふくめ延々と書くだけの蘊蓄と聴いてきた歴史というものがあるわけですけど、それ書いちゃうと、「今晩は、渋谷○一です」みたいになっちゃう。エッセイとしての形にするのは非常にむずかしいですね。
三浦 映画コラム、演劇コラム、読書コラム。なんでもあるのに、音楽については「これ」というのがあまりないですよね。たぶん映像ではなく、音だからでしょうねえ。人についてはできるけど、その人たちがやっている音楽について論理的に評論するのはむずかしい。
加藤 たとえばですが、バクチクの1曲を取り上げ、そこを話のきっかけとしてエッセイをまとめるというのは可能ですか?
三浦 やろうと思えばできるとは思うけど……。音楽は人の好き嫌いがあるし、「しおり」でもバクチクの音楽そのものにはふれないようにしてるんですね。
加藤 ときどき書きたいことはあるんですよ。でも、そこで突然、フランク・ザッパがと書き始めても、おいおいと(笑)。
三浦 そうそう(笑)。わたしも、「バクチクでこの曲好きだが、これが……」といきなり始めたってしょうがないことだし。
加藤 かといってそれを起承転結の転にももってこれない。
三浦 たぶん映像と文章は非常に近しい関係にあるんだけれど、音というものは文章で書くものとは違うんですよ。
加藤 料理は書ける。味も書ける。
三浦 でも、音は書けない。
加藤 そう。それを痛切に感じたのは、いま書いている小説で、奥さんがロック狂いなんです。毎朝、サラリーマンの夫を送り出すときに、クイーンとかのハードロックをかける。状況としては絵になるから書いてるんだけど、はたしてそこで食事のシーンなどと比べてどこまで効果が出てるかと考えると、これは全然違うものなんだなと。
三浦 そうでしょうね。いくら「鍋の底が割れんばかりの大音響だ」と書いても、実際のクイーンの曲は具体的には浮かばない(笑)。
加藤 これが邦楽なら、たとえば「尺八の音が秋の風のように流れてきた」と書いて成立するのは、そこまでであって――。
三浦 そう、それは音色の問題であって、その尺八がどういう音楽を奏でていたかまではわからないですよねえ。
加藤 そこがむずかしい。エッセイではときに使いたくなることもあるんだけど、やっても成功しないでしょう。
三浦 うまくいかないでしょうねえ。どういう業界でもそうだと思うんですが、きっと革新的な人が一人出るんですよ。何十年かに一度ぐらいは。それでその人にみんな傾向が似てくるというか。
加藤 三浦さん、書きませんか。
三浦 いやいや、わたしはそういうわけで文章で音楽は表せないんですけど、加藤さんこそ、料理の次は、音楽などむずかしい分野にぜひ挑戦なさってみてください。
――お二人ともお忙しい中、ありがとうございました。またしばらく先になるとは思いますが、『爆裂対談3」を楽しみに、今日はこのへんでお開きとしましょう。

 

(2003.11.01/神田・花ぶさにて収録)■

 
10回くらいは、ちょっと山本夏彦入っちゃった。
 
加藤さんのエッセイは本人を知らなくても楽しめる。
 
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