|
#14 続・自然の摂理
飯は土鍋で炊いている。
飯炊き用につくられた肉厚が二センチはある土鍋。バケツのようなかたちをしている。金五千円也。買ったのは、全自動洗濯乾燥機を使い始めた翌週のこと。炊飯器をやめた理由は、
飯まで器械頼り
なのが鬱陶しくなったからだ。
飯盒にしようかとも思った。小学生でもキャンプの飯炊きは失敗しない、という気安さがある。が、どうせならということで美味しく炊けそうな土鍋にした。
専用とはいえ、もちろん炊飯器のようなわけにはいかない。鍋に目盛りがないから、水加減は計量カップを使う。研いだ米に水を吸わせ、火にかける。火加減は炎の大きさを見てコンロのツマミを調整する。初めチョロチョロ中パッパは土鍋には通用しない。ずっと中火のまま。土鍋の断熱保温効果で、じわっと温まり、遠赤外線を出しながら一気に炊き上げるのだそうだ。そのうち湯気があがる。目安となる炊き上がりの時間が説明書に書いてあるが、あてにならない。耳を澄ます。音がグツグツからチリチリに変わる。水分が減り、鍋肌にオコゲができる。火を止める。蒸らす。
失敗はないが、これはと思えるのは十回に一度くらいのものだ。
銀シャリがうまく炊けたので、麦飯をやってみた。麦飯の次は玄米。
玄米は八時間以上水につけて火にかける。炊き上げるのにも白米より時間がかかる。
西日を照り返すダイニングテーブルでビールを飲みながら玄米が炊き上がるのを待つ。
前の日、電車で耳にした会話を思い出す。
スーパーの買い物袋を提げた大学生らしい男女がつり革につかまっていた。これから、どちらかのアパートへ夕食をつくりに行くらしい。きっと日常的なことなのだろう。車内の風景に自然に溶け込んでいる。
「Aちゃんがね、結婚するんだって」
と女が言った。
「マジ?」
「うん、マジ。できちゃった婚」
ふたりはしばらく黙って外を見ていた。
「恋愛とか結婚とか、しなくちゃいけないものなのかな」
と男が言った。
「しなくちゃいけないような気がするだけじゃないのかな」
「だよなあ」
「だよね」
女はしみじみつぶやいた。
急行が止まらない小さな駅。ふたりは電車を降りた。
恋人でもないのに一緒に買い物に行き、料理をつくって食べたりするものだろうか。で、ふたりの関係は何なんだろう。
じつはまったく別の若い男女が似たような話をしているのを聞いたばかりだった。
「私、結婚願望ないし」
と女。
「じゃあ、男と付き合うのは?」
「ノーじゃないけど、前の彼氏とは面倒くさいばっかだったし」
男は少し考えて、
「なんかこう、フツウに仲良くできないものかな」
「でしょ、でしょ」
「フツウに好きになってさ、フツウに付き合うというか」
フツウってなんだろう。たとえば同性の友だちとの関係みたいなものか。
「でもさ、そういうのビミョウじゃない?」
「ビミョウかな」
「悪くないけど」
「フツウなら面倒くさくないさ」
フツウに仲良くできないものかという気持ちはわからなくもない。結婚や恋愛をどうしてもしなくちゃいけないわけでもない。たしかに恋愛によって起伏を増す感情は、本人には如何ともし難いもので面倒きわまりない。が、生きていれば否応なく面と向かわざるを得ないものではないのか。それが自然の摂理だろう。
流行らなくなった言葉に、プラトニックラブがある。
面倒くさい派も、プラトニックラブなんて信じちゃいないだろう。それでなくても御し難い感情。こころ安らげるはずの体の関係が、ふたりを面倒なほうに一歩一歩進ませることもある。だから、厭世的な気分になるのかもしれない。
結婚する意味。夫婦でいる意味。子供や収入は、言い訳である。もちろん精神的な繋がりがあればこそ。でも、体の関係がなくなると何か重要なものを見失ったような気分になる。恋人や内縁関係だって例外ではない。気持ちと体を、いかに関連付けていくか。建設的な態度で面と向きあわなかったらやっていけない。ときには意志の力を振り絞ることもある。
失敗したから、よくわかる。
面倒くさいだなんて、人生を舐めちゃいないか。
そうこう考えていると、香ばしい湯気が土鍋から立ち上る。
湯気のようすをうかがい、鍋の音を聞く。いつ火を止め、いつ蓋をあけるか。うまく炊けるも炊けないも、すべて自分の判断しだい。
炊き上がった玄米はツヤツヤ輝いて旨かった。味噌汁と菜っ葉の煮付け。一汁一菜。
『一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ』
まるで宮沢賢治である。
現代のデクノボウは、エアコンを止め、ゆっくり飯を噛む。
さて、明日は麦飯にしよう。
■
|