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#16 東逃記・一
軽自動車がやっと通れるような細くくねった山道だった。
伸び放題の夏草がガードレールや崖際を覆い隠し、落石注意の標識と修繕しかけて諦めた工事の跡が数十メートルごと現れる。ときどき向こうから車がやって来る。山深いにもかかわらず、どこかに人の暮らしがあるらしい。私のホンダは欧州仕様の三ナンバー幅だ。すれ違いで道の際いっぱいに寄せるたび、ザザだのガガだの不吉な音が路肩に近い左の後輪のあたりからする。
やめておけばよかった。
ナビゲーションシステムを信じて道を選んだことだけでなく、旅そのものを後悔した。
どうして旅に出たのか。
この夏、
十数年間やめていた
煙草を吸わずにいられなくなった。
かつては灰皿では用が足りず小さなスープ皿をロングピースやハイライトでいっぱいにするチェーンスモーカーだったが、知人を癌で亡くしいさぎよくやめた。それなのに、いらだちが日々つのるようになり、吸わずにいられなくなったのだった。
いらだちの理由がわからない。ある人に言わせれば離婚後症候群ということになり、またある人は偏屈な遺伝的性格が年齢とともに出てきたと言う。どちらも違う気がした。気晴らしに酒を飲んだ。テレビを観た。映画も観た。買い物をした。しかし、煙草以外はかえって息苦しいような追いつめられるような気持ちになるだけでまるで楽しめなかった。
得体のしれない何かに追いかけられ、その競争に負かされる。だからいらだち、気落ちする。その何かは東京と自宅の周囲に潜んでいる、と直感が叫ぶ。
逃げようと思った。
遠くへ。
西に行けば、名古屋がある大阪がある博多がある。東京的なもの。敢えて反東京的なもの。日常とよく似たものが溢れかえっているだろう。
だから、東北全図を買った。
床に地図を広げ、キャップを取ったフェルトペンをあてずっぽうにほうり投げた。
A県のMという字(あざ)にペンの跡がついた。聞いたことのない地名だ。温泉が湧くマーク。等高線が入り乱れ、池だか湖だかが細切れ肉のようなかたちにうねっている。旅行関係の本の隅に一軒宿の電話番号が載っていた。掛けてみたら女が出た。
「インターをおりましたら、そうですね七十キロくらい先でしょうか。宿の前は大きな車も通れる道がございますよ」
標高が千メートルをはるかに越え、携帯電話が圏外というのが気に入った。
だが予約を入れるのはやめた。いつから、いつまで、どんな部屋にするか。決めるのが億劫だった。適当に出掛け、近場まで行って電話を掛け、部屋が取れたら泊まればいいし、満室ならほかを探す。なんだったら、車の中で寝るのも悪くない。そんなこともあり、どうせ聞いたところで憶えられないだろうから宿までの道順は聞かなかった。
某日の午前二時半。車のナビゲーションシステムにA県のMを入力した。人工衛星と相談して機械はMを探し出した。自宅から800kmちかい距離があるという。
最寄りの東名高速から入り、渾沌とした首都高の接続を抜け、東北自動車道をひたすら北進する。
延々と続く直線路。いらだたしい何かは、もう追いかけて来ない。エンジンは快調。しかし、世界のホンダは優秀で完ぺきだが、運転者はそうはいかない。まだ薄暗いパーキングエリアのベンチに腰掛け、ロングピースの煙を肺一杯に吸い込んで、五臓六腑に染み渡った時間と距離の単調さを吐き出す。走っては休み、また走る。パーキングエリアの名前を休憩所に貼られた地図で探す。まだ三分の一もMににじり寄っていない。悔しさ紛れに地図を人さし指で弾く。悔しいがカチンとも音がしない。
ニコチンとカフェインを栄養源にして十時間後、A県の目的のインターチェンジに到着した。そこには料金所のほかに貧弱な木立と空があった。電話を掛けた。
「もしもし。部屋は空いてますか」
「どうぞ、どうぞ。いらっしゃいませ」
きょうは男の声だった。
ナビゲーションシステムがMへ導く。だが、その前に給油だ。飯だ。
ガソリンスタンドはすぐ見つかり、横浜と変わらぬ値段で同じ銘柄のハイオクガソリンが買えた。旨そうにガブ飲みするホンダ。しかし、飯屋がない。畑と田んぼと薮と道。〈ドライブイン・レストラン〉と手書きでペンキ塗りの看板を見つけたときは、ほっとしてウインカーを出すのも忘れ、砂利敷きの駐車場に突っ込んだ。
シケタ大人のおもちゃ屋。隣のレストランは平屋の民家みたいな店だった。中華そば、冷やし中華そば、豚カツ定食、カツ丼、焼き肉丼しかできない。ラーメンは寸胴鍋の出汁が魚臭い。フライ鍋の油は鼻を突く。そこで選んだいちばん安い焼き肉丼は、スーパーで売っているタレをぶちまけたような代物だった。食えたものではないが、無理に腹に押し込む。
飯屋を出てすぐ、林道まがいの山道に入る。
細道を二時間は走っただろう。右、左、右と絶えずハンドルを切る。ぐるりと回り込むようなカーブが連なった先で、道は急に下りになった。真っすぐな道。宿の名前と方向を示す指さし印が、電柱広告みたいに路肩に突っ立っている。頭上を覆っていた木の枝が消えてなくなった。女が言っていたような広い二車線の道が現れた。関東にはない白っぽい青空。連山、川、原っぱ。一軒宿は山小屋風のつくりだった。
車を停める。点検。どこも故障していない。ただしあちこちに張り付いた小さな羽虫の死骸が計十二時間の旅を象徴していた。
番頭が出てきて横浜からの長旅を気遣う。それも通り一遍のご挨拶ではない。私は人恋しかった。しばし会話する。東北人が朴訥という評判は正しくない。言葉や態度の端々に、卑下とはまた違う自らの可笑しさを伝えようとする微妙なユーモアが混じり、むしろ饒舌である。番頭と話をしていると、東北出身の親友が思い浮かぶ。なんだか顔かたちまで似ている。宿はホテル形式の個室だった。食事関係はちょっと都会風に髪を茶色にした若い衆が担当らしく、時間だの食べ物などを律義に説明する。
さっそく露天の温泉で汗を流す。
後悔が天の彼方に
吹き飛んでいく。
「来てよかった」
湯は柔らかく、風はほどよく涼しく、岩風呂の石が背中をこすって心地よい。
Mには何もしないつもりで来た。でも、退屈よけのオマジナイにDVDと再生用にマックを持っていった。DVDは椎名林檎のライブとヴィンセント・ギャロの「バッファロー'66」他。
風呂上がりに「バッファロー'66」を掛ける。誘拐され無理やり妻に仕立て上げられた娘がボーリング場でひとりタップを踊る不思議で美しいシーンがある。背景に流れるキングクリムゾンの「ムーンチャイルド」の優しいメロディー。いつのまにか私は横たわっていたベッドで眠りこけていた。
目覚めたのは夕食の時刻前だった。
レストランに白鷺の間と名前がついている。宴会場にもなるのだろう。
客はわたしひとり。茶髪の若い衆が丁寧に飯を盛る。山菜づくし。春に採れたものを塩漬けにしたり乾かしたりして年中食べるのだろう。炙った地鶏。近くの川のヤマメ。思いのほか旨かった。薮の細竹を塩漬けして戻したものは、これといった味がないくせに絶品といっていい。
飯をお代わりしようと、若い衆を呼んだ。
なぜか「ありがとう」と口をついて出て、慌てて言い直す。「軽くもう一杯」
若い衆はとまどいの笑みを浮かべ頭を下げた。
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