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#17 東逃記・二
運転疲れと温泉のほてりで、昨夜は熟睡した。
二日目の朝を露天風呂で迎えようとしたら、小一時間ほど掃除をするから風呂場は使えないという。だから朝食の後、散歩に出た。歓楽街の温泉場なら土産物屋をひやかすところだが、Mには山と川と原っぱと空しかない。宿を出て愛車のホンダに朝の挨拶。ぶらさげてきたライカで記念写真を撮る。
昨日は気付かなかったが、宿の隣は林業関係の施設だった。施設から丸太を満載した大型トラックが、目の前の道を走っていった。例の細道はここで二車線路になり、そのままどこかに続くのだろう。
東北の山奥の朝といえども陽射しは暑い。しかし、広大な原っぱは確実に秋の姿に変わりつつあるようだ。ススキが豊かに銀の穂をなびかせ、いかにも真夏を嫌いそうなキク科の花が黄色く群れ咲いている。背景の山は木枯らしの頃には全山紅葉に染まり美しいことだろう。でも様々な緑色が入り交じったいまの山も、夏の終わりと秋の始まりが渾然とした原っぱを見事に引き立てている。
原っぱの写真をパチリ。まだ風呂が始まるまでだいぶある。
時間をつぶすとなると、唯一の観光資源S滝とかいうのを見物するしかない。
石くれだった荒れ果てた林道。タヌキくらい出そうな深い薮。昨日の山道には黄色地にクマの絵の標識があった。山はひと連なりだから、タヌキどころかクマが闊歩していても不思議はない。
いい声で鳥が鳴いた。せせらぎの音。樹木の陰が夕刻のようにあたりを暗くする。薮が揺らいだ。うごめく物陰。クマ。私は息を殺し立ち止まった。正確には、動けなくなった。薮から出てきたのは、長靴を履いた作業着姿の老人だった。クマを疑った自分が可笑しかった。
老人は山菜の穴場を点検していたらしい。
「S滝に行くんだろ」
ということを土地の訛りで言う。
カメラをぶら下げた、見慣れぬ男。一目で宿の客と知れただろう。
「二股んとこで迷うから、ついといで」
老人が先にたって歩いた。
分かれ道に来た。役場が設えた標識。老人は難癖をつけながら矢印の角度が悪いと杭の根元を蹴りつける。たしかに矢印はどっちつかずの方向を向いていたが、迷うほどではない。
老人に従い林道からさらに獣道じみた道へ入る。ところどころ石段を設えたり、鉄の網でせせらぎに橋を渡してあったりする。しかし、やぶ蚊が群れ、毛だらけの毒々しい芋虫が這っている。半袖、短パンツで来たことを後悔する。
「こんなんで大丈夫でしょうかね」
老人に聞いた。
老人は半袖、短パンツのいでたちに初めて気付いたような顔をした。
「煙草のケムで蚊取り線香にしな」
老人は作業着のポケットを探った。「切らしてら。あんた持ってる?」
私はロングピースの薄黄色の包みをポケットから出した。老人は吸え、と身振りで示す。
「ここでは吸えませんよ」
「どうして」
「問題は吸い殻です。煙草は腐っても、フィルターはいつまでも残って森を汚します」
理屈っぽいのを承知で、聞きかじりの自然保護の話をする。老人は私のロングピースを包みごとかっさらうようにすると、断りもせずフィルターを折り取った。残りの十本全部が、ショートピースに改造された。
「昔はこんなもんついとらんかった」
勢いに気圧され、怒る気にもなれず、改造ショートピースが入ったロングピースの包みを返してもらう。フィルターのない紙巻き煙草は「両切り」。吸い口がないから、煙草の葉が口に残る。しかも、ニコチンとタールが容赦ない。ちなみにピースは時代に逆行した高ニコチン、高タール。はじめて隠れて煙草を吸う子供みたいに恐々口の中だけでふかす。殺虫剤のようにあたりに吹きつけて歩く。老人は深く吸い、ゆっくり煙を吐く。
薮から広々した岩場に出た。S滝は美しいには違いないが、どこにでもある滝だった。老人が写真を撮れ、と言う。言われるまでもなく構図を決め、シャッターを押す。撮影をやめようとすると、老人は不満げな顔をした。
「ちゃんと入れてもらわんと、S滝を撮ったことにならんよ」
滝つぼの手前、岩場の真ん中に太い角材を白く塗ったものが埋め込んであり、ナントカ公がS滝を詠んだ歌の歌碑になっていた。不細工なうえ、絶好のシューティングポイントにある。邪魔で避けて撮った。
老人の目つきは真剣。老人が筆を振るい、立てたものかもしれない。碑に向けてシャッターを切る。
私たちは滝をあとにした。
戻り道の薮でも私たちは煙草を吸い、改造もののピースは残り一本となった。
林道に出て、老人と別れた。
宿に戻ると風呂の支度ができていた。
露天風呂につかり、S滝の方角を眺める。
歌碑の一件は自慢したいがゆえ。煙草を蚊取り線香代わりにする方法も、切らした両切りを吸いたくなった老人にしてやられたのかもしれない。おかしさが込み上げてくる。しかし、まったく虫に刺されていない。素肌をさらして薮を歩いてこんなことは、まずあり得ない。
翌日A県は猛烈な颱風に見舞われた。
テレビの電波さえ届かないMで最新の情報は昨夜の夕刊だけだった。停電。電話は不通。あちこちで木が倒れ崖が崩れたという噂。番頭は例の細道を戻るのは自殺行為と青い顔で震える。連泊でやり過ごしても、道路の復旧には経験上一週間かかるという。私は途方に暮れた。そこにS滝の老人が裏山の被害を知らせに来た。私と番頭のやり取りを聞いていた老人が命令口調で言った。
「盛岡まで行け」
昨日トラックが走って行った道は急坂続きの峠だが、盛岡に続く舗装された二車線路。まだかろうじて通行止めになっていない。しかし、途方もない大回りの峠越え。山手線でいえば隣の駅へ行くのに、逆回りの電車に乗るようなものだ。
「そんな無茶ですよ。いったい何時間かかるものやら」
「死ぬよりましだろ。生きてりゃ、なんとかなるさ」
出発。ワイパーを最速にしても視界が悪い。強風が峠のS字カーブで車体を大きく揺する。走行をあきらめた車がハザードランプを灯し崖っぷちに停車している。どこをどう走っているのかナビを見る余裕がない。わかるのはここが日本でも有数の山奥ということだけだ。事故車。スピンしてガードレールにめり込んでいる。湾曲路と直線の繰り返し。私は無意識のうちにむちゃくちゃに叫びながらハンドルを切り、アクセルを踏んだ。
四時間半後、私は盛岡インターチェンジの先にあるパーキングエリアにいた。人車とも無傷だった。食堂で並カレーを食べた。身体が無性にカロリーを求めていた。しかし飯が喉を通らない。緊張が解けずスプーンを握る指に力がこもらない。冷や汗を流し吐きそうになりながら、それでも食う。食わなければ、身体がもたない。
やっとのことで皿を空にしてレストランを出る。ポケットの中に老人がフィルターを折った最後の一本の改造ピースがあった。震える指で吸う。いがらっぽさと、毒々しい甘い香り。喉のあたりにつまっていたカレーライスが、すうっと消えた。
そのときだった。激しい暴風雨が嘘のようにやんだ。鈍色の青空。
「生きてりゃ、なんとかなるのかも」
まだ横浜までの道程は遥か。しかし、旅は終わったと思った。
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