新人作家の新・食エッセイ
1月
24日月曜日
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 #25 鳥よ

 

 昨年の秋に木々を切り払った庭が真冬を迎えた。
 別れが惜しく、玄関先にザクロ、庭の奥に白い花を咲かせるシャリンバイを残した。しかし、どちらも窓からは梢の先さえ見えない。庭に下りる。抜けるような青空。木を切った後、煉瓦を砕いた明るい色の石を敷き詰めた。その中を飛び石が点々と続く。整然としているが、爆撃で破壊されたひとっこひとりいない遠い国の街のように見える。静かだ。茂みに集っていたムクドリやオナガばかりでなく、スズメまで姿を消した。ヒヨドリだけが屋根の上を素っ気なく通り過ぎて行く。

庭は素通し

になった。裏の家の花壇には、ビニールポットで買って来た花が冬だというのに鮮やかに咲き、地植えのハーブが寒さに耐えている。冬枯れしない芝生の青さまで、ホームセンターのチラシに印刷されている写真そっくりだ。ここにも鳥たちの居場所はない。
 冷たく乾ききった敷き石を踏みしめて歩く。
 去って行った鳥たちに、楽園を追放されたアダムとイブの嘆きを思う。いや、楽園を失ったのはわたしか。
 アダムとイブを楽園から追放した神は、ノアには箱船をつくらせ大洪水の後に新天地を与えた。すべてが葬り去られても、再び楽園を甦らせることができるなら、一刻も早く木を植え鳥を呼び戻したい。
 園芸店には様々な苗が売られている。買って植えるのはたやすい。しかし、ガーデニングに熱心な家々は、傍目に醜い物置きを許しても、枯れ葉だけでなく花びらさえ敷地を越えて舞い込むのを嫌う。途方に暮れた。
 人伝てに庭師を紹介してもらった。
 庭師の棟梁は日曜の昼軽トラックでやってきた。庭師を頼むのは初めてだ。注文のしかたから費用まで、まるで見当がつかない。呼びつけておいて、条件があわなかったら断れるだろうか。恐る恐る話を切り出す。
 棟梁は陽に焼け引き締まった顔で庭を見回す。素人の要領を得ない頼みごとに耳を傾ける。
「どうしたらいいのでしょう」
 ほかに説明を締めくくる言葉が見つからない。
 棟梁は即座に答えた。
「主木として常緑樹のクロガネモチ。赤い小さな実は鳥の好物です。それからキンカン。オガタマという木も植えたらいかがですか。とても香り高い紫の花が咲いて、実も生ります」
 裏の家を隠すように2.5メートルのクロガネモチを二本。その並びにおなじ背丈のオガタマをやはり二本。一日中陽が当たるところにはキンカン。鳥だけでなくわたしのための花木として、寝室の間近にハナミズキ。棟梁は素人の目にも浮かぶように、庭を歩きながら説明する。
「裏の家に実が落ちませんか」
「落ちる前にいい案配に鳥が食べ尽くすでしょう。キンカンは旦那さんも食べられますよ」
「常緑樹なら葉も散りませんね」
「常緑といっても、落葉しないわけではありません。入れ替わり立ち替わり葉が交代しているだけで、落ちるものは落ちます」
 棟梁はきっぱりとわたしの誤りを正した。そして、念のため裏の家との距離を見極めて植えます、と付け加えた。
「あとは剪定次第です」
 職人を二人使い、大きな木を何本も植え、竹の添え木などもつくる。さらに年ごとに剪定までするとなると費用が気になる。
「植えるだけで、どのくらい掛かりますか」
 値段を聞いて驚いた。まとまった出費には違いないが安い。園芸店の痩せた苗木さえ、見上げるようなものは数万円するというのに、儲けがあるのだろうか。しかも、代金はあるとき払いでいいと言う。
「剪定は手すきのとき、ひとりで楽しみながらやらせてもらいます。足代と煙草代くらいでいいですよ」
 木を植え、植えた木をかまうのが嬉しくてしようがないという笑みを改め、棟梁はまたじっくり庭を見回した。方角や風向き、隣家との位置関係をノートに書き留める。使い込んだボールペンが迷いなく走る。さらに覗き込むと、木を運び込む方法から植える手順まで書き込まれていた。
 軽トラックは来たときのように軽やかに去って行った。
 ものの半時間もかからなかっただろう。あっけないくらい簡単に庭木が決まった。
 ぶ厚い植物図鑑を開くまでもなく、木々の様子が石ばかりの庭に重なって見える。それぞれ異なる葉を付けた樹木が春を迎え、初夏に花を咲かせ、香りを放ち、蜜蜂を誘う。夏はきびしい陽射しを遮る。木陰が西から東へ、太陽の軌跡を描く。秋から冬にかけて実りのときを迎える。キンカンが熟したらつまみ食いしてみよう。豊作なら鳥と分けあって砂糖煮だ。
 木を植える場所を繰り返し行き来した。
 ノアが箱船でたどり着いた新天地と比べたら、なんて小さな楽園だろう。創造主を気取って鳥たちを養おうなんて、思い上がりに過ぎないのはわかっている。でも、枯れたら捨てて植え替える花より、季節ごとに表情を変え、

鳥を呼ぶ樹木

のほうが性に合っている。
 遠くの電線から、つがいのヒヨドリがこちらをうかがっている。
 もう少し待ってくれ。おまえたちの新しい家とレストランができるんだ。棟梁は実がいっぱいついた木を選んで来ると約束してくれた。
 寒風が耳たぶを切るように通りすぎる。
 鳥たちの歌で目覚めた朝が懐かしく甦る。

 
 
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