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#27 ネジ式でいい
ある朝、郵便受けの中を覗いて玄関に戻ると、ドアの前にネジが落ちていた。長さ一センチくらいの細いネジだった。真新しくてキズひとつなく頭のネジ山もつぶれていない。どう考えてもドア周りの部品とは思えない。
では玄関先に停めてあるクルマの部品か。
先がとがったモクネジではないから可能性はある。しかし、あちこち走り回っているクルマのネジがオイルや埃に汚れずニッケル色に輝いているだろうか。
前日、来客はなかった。とすると、誰かが落としていったものではない。古びた人工衛星が壊れて部品を地上に落とした話は聞いたことがあるが、それなら成層圏に突入するとき焼け焦げてしまうはずだ。昔話の笠地蔵のように、毎日餌を与えている鳥たちがお礼に持ってきたのか。だったら、なぜネジなのか。
わたしは
何の部品とも知れぬネジ
を、念のため捨てず下駄箱の上に置いた。
確定申告の時期だった。部屋に籠もり領収証やらなにやらを整理して電卓を叩く。毎年のことだから慣れてきた。ここ数年で説明書は格段とわかりやすくなったので、わざわざ税務署に行って説明を聞くまでもない。しかし、収支や減価償却ごとに、掛け算をしたり割り算をしたりするほんとうの理由はわからない。わからないながら、指示された通りやっている。
電卓は秋葉原の露店で買ったものを六年以上使っている。千円もしなかったはずだ。青い半透明で、内蔵電池と太陽電池で動く。内蔵電池は交換できない。安物だからだろう。しかし使わなければ自動的に電源が落ちて、電池を浪費しないようにできている。当然といえば当然だが、計算を間違えることはない。そこまででいいのに、どう使ったらいいかわからないボタンがついている。わたしが使うのは加減乗除と数字のボタンだけである。
とうの昔から、確定申告用のコンピューターソフトが売られている。新機能で「簡単便利」と宣伝している。買ってみようと思ったこともあるが、簡単便利がかえって複雑なことになっていそうで敬遠している。これまでいろいろなソフトを使ってきたが、たいがい謳い文句の「簡単便利」な機能は使わず仕舞いだ。納税用となれば、機能を憶えきらないうちに税率が変わり、計算方法が変わり、用紙の書式が変わるに決まっている。そのたびアップグレードしなくてはならない。これだったら電卓で十分だ。
そもそもコンピューターそのものが、よくわからない。最近はOSが親切になって、わからないなりにメールを送れたり、原稿を書いたりできるようになった。ところが無線LANでコンピューター同士を繋ごうなどと、目新しいことに手を付けると、きまって何か問題がおきる。説明書に解決方法は載っていない。詳しい人に訊いても、わからないと言う。そこで、ない知恵を総動員する。
コンピューターは「プロキシは?」とか「ポート番号は?」と矢継ぎ早に問いかけてくる。目に見えない何かをいますぐ決めろと言われても困る。聞きかじりの知識でなんとかやってみる。試行錯誤の末、目論み通り動き出すのは夜中になってからということが少なくない。
複雑怪奇なのはコンピューターだけではない。
確定申告の還付金をあてにして、空気清浄機を買おうと出掛けた。
量販店のエスカレーターを上って行くと、先ずはプラズマとか液晶の大型テレビが並んでいた。ブラウン管式でさえ理屈がよくわからず、映りが悪いときはテレビを叩いてみたり、コードを蹴ってみたりしているというのに、薄型テレビとなるとお手上げであること間違いない。
寄り道して、すこし得意な音響機器コーナーをひやかした。アンプまでは理屈がわかっても、いまだにCDデッキの正体がわからない。さらに高音質のSACDまである。どうして、いろいろな音色を16ビットや24ビットに細切れにして、元通りにできるのだろう。DVDに至っては互換性のない新しい規格が出るという。店員はお客にもっともらしい理屈を説明しているが、ほんとうのところは何もわかっていないに違いない。
その点、スピーカーは昔から電気でぶるぶる震えて音を出すことに変わりない。それでも箱を密閉したものや、長い通路を通すものや、ラッパみたいなホーン型とかある。聞くところによると、どれもこれも実際につくってみないとどんな音がするかわからないらしい。最新型だからといって、音が素晴らしいとは限らないのも面白い。
そうこうしているうちに、空気清浄機の売り場に着いた。
フィルターで汚れた空気を濾しとるだけのはずなのに、どれもこれもスイッチやボタンがいっぱいついている。厚さだけならちょっとした温風ヒーターなみにある。値段は換気扇くらいだろうと思っていたら、やけに高い。そして部屋の大きさに合わせて種類があるのは当然のこととして、花粉に効くもの、煙草に効くもの、ハウスダストに効くものなどなど。おなじメーカーから何種類も出ている。どんな仕組みで効くのかよくわからない。
店員が寄って来た。
やはり値段が高くて大きなものを勧める。フィルターの構造がどうとか、画期的な殺菌や脱臭の装置がついているとか、センサーがあるとか、あれこれ言う。決めかねていると、
「なんでしたら、エアコンを買い替えてみたらどうですか。強力な空気清浄機能がついてます」
「清浄機より効くのですか」
店員は笑みを浮かべてうなずいた。
「昔のよりフィルターの目が細かいだけでしょう?」
「それもありますが、取り付け場所が高くて、風量があるので圧倒的に効率がいいのです」
このため大掛かりな仕組みがなくても空気がきれいになるらしい。
「空気清浄機を買ったところで敵わないのですね」
「……まあそういうことです」
「だったら、古いエアコンにも取り付けられるフィルターはありませんか」
店員は「ありません」と言った。
ペーパータオルのように
切り取れて、汚れたらすぐ換えられる汎用品をつくれないはずはない。でも、そんなことをしたら儲からないからやらないのだ。
納得がいかず店を出た。
そういえば無印良品にも空気清浄機があったはずだ。足を伸ばして売り場を覗いてみると、半分の値段で、しかも望み通りのシンプルなものを売っていた。すぐニューモデルが出て、それでもエアコンに劣るなら、このほうがいい。量販店で高値をつけていた有名メーカーのフィルターと互換性があると聞いて迷わず買った。
使ってみた。これで十分だった。換気扇みたいな羽根が回って、フィルターが空気の汚れを取り除く。実にわかりやすい。と思っていたら、マイナスイオン発生装置がついていた。何に効果があるのやら。これだけ余計な気がした。
キッチンで昼飯の蕎麦を茹でた。
鍋釜は何千年も鍋釜のままだ。蕎麦も醤油も、いっこうに変わる気配がない。
独り暮らしを始めた学生の頃から使っているアルマイトの鍋の蓋の把っ手が取れかかっている。ネジを玄関先で拾ったものに変えてみたら、ぴったりとあった。
ネジは世界のどこに行ってもネジである。
正体が知れるまで、拾ったネジはこのまま使うことにした。
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