新人作家の新・食エッセイ
2月
9日月曜日

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 #3 弁当こわい

 

 弁当のふたを開けるときの決まり悪さは、秘め事の気恥ずかしさに似ている。
 といっても、コンビニ弁当や駅弁は恥ずかしくもなんともない。こんな気持ちにさせられるのは

身近な女がつくる

弁当だけで、もしかしたら男の倒錯した感覚かもしれない。その証拠といってはなんだが、オフィスなどで女性たちは集まって手づくりの弁当を食べるけれど、男どもはそれぞれの席で、そそくさと、こっそり家から持ってきた弁当を食べている。穿った見かたかもしれないが、その姿は後ろめたげに自慰行為をしているように見えなくもない。
 こんな男心を知ってか知らずか、そぼろでご飯にハートを描いたりする女が、ほんとうにいる。ただの無邪気さか、それともなにか思いが込められているのか。聞いて見たい気がするけれど、これはもしかしたらパンドラの箱で、知らぬが仏なのかもしれない。
 A君は結婚間もない若いサラリーマンだ。
 外食は家計を圧迫するという表向きの事情と、専業主婦に収まった奥さんの愛情の発露の場として、会社に弁当を持って行くようになった。鶏のそぼろやデンブでハートとか星を描いた弁当はあんがい手間が掛かる。そこで、一カ月ほど経つとだいぶ図柄が簡単になった。でも、海苔やら佃煮やらで似顔絵が描いてあったり、オカズ入れの中でカップルのタコさんウインナーが手をつないでいたりするそうだ。
 A君は営業職だから、昼食の時刻に外出している場合もある。お得意さんと、ご飯を食べることもある。でも、彼は奥さんの弁当を捨てたりしない。いや、できないのだ。会社に戻るのがたとえ夕方になったとしても、同僚の目を避けてビルの谷間の緑地などで弁当の包みを解く。ぶ厚いコートを着て、コンビニで買った熱々のお茶をカイロ代わりに弁当を食べるA君の姿を想像すると、こっけいさを通り越して悲哀を感じるのは私だけではあるまい。
 それでも、A君は奥さんに「弁当なんかいらない」とは言えない。そんなこと言ったら彼女を傷つけてしまいそうだし、二度と弁当をつくってもらえなくなりそう、なんだそうだ。
 さて、お次。B君は結婚五年目である。
 A君同様、結婚してからずっと弁当派だが、ご飯の上に絵が描いてあったことなんて一度もない。奥さんはふたりの弟に長らく弁当をつくってやっていたそうで、肉と野菜の炒めものがご飯を覆い尽くしているのとか、海苔に塩鮭に卵焼きといった実質本位のドカ弁風のメニューばかりだそうだ。
 B君も食については実質派で、食事を満腹のためと割りきっているタイプ。「早い、安い、旨い」はまさに彼のためのキャッチフレーズで、弁当に限らず出されたものは出されただけ、勢いよくワシワシ食い、添え物のパセリはもちろん、彩りのオタマ菜や、かさ上げ用の刺し身のツマもぺろり平らげ元を取る。また、肝が太いというか、ガサツというか、昼休みに食べ損ねた弁当を堂々とデスクに置いて、コンピューターのキーを叩きながら食事をする。こんなB君に、弁当の悩みなんてあるはずがなかった。
 ところがある日、真っ黒な海苔弁当の片隅に

タコさんウインナーが鎮座

しているのを見つけ、彼は頭を抱えてしまった。
 それは、結婚後はじめて浮気をした翌日のことだった。酔った勢いで、十歳以上若い女の子といい感じになって一夜をともにした。証拠は残していないが、この方面に明るい遊び人の同僚は「女の勘は馬鹿にできない」と言う。いつもは神経が太いB君だが、慣れないことをしたあとだけに動揺した。
 タコさんウインナーの翌日は花形のニンジンで、そのまた次の日はかわいい模様がご飯に桜色のデンブで描いてあった。そんなこんなが一カ月続き、恐れきったB君は寄り道をしないでまっすぐ家に帰り続けた。すると、また元のドカ弁風に戻ったのだった。しかし、彼はほっとするどころか、ますます恐くなって、半年ばかり夜遊び自粛の日々を続けている。
 いまから二十年前の、高校時代。色気づく年頃だけに、彼女に弁当をつくらせるプレイボーイ気取りの輩もいた。ほとんどの男子生徒は、それを指をくわえつつ眺め、母親がこしらえた茶色いおかずが詰まった弁当を食べていた。A君やB君も、きっとそうだったに違いない。
 かたや女の子たちは、どうだったか。
 我がクラスのプレイボーイ君に弁当を届ける隣りのクラスのCさんは、いまから思えば何気なさを装いながら気負った感じを全身に漂わせていた。そして、そんなCさんに我がクラスの女子生徒は不自然なくらい無視を決め込んでいた。
 女の子のほうが大人だった。そして、プレイボーイ君は僕らが思うほどうれしくはなかったのではないか。
 さて本日の昼食は、CM撮影の合間を縫って、あわただしくデリバリーの松花堂弁当を掻き込んだ。こぎれいで、おいしい弁当だったが、これはこれで味気ないことおびただしい一食だった。

 
 
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