新人作家の新・食エッセイ
4月
18日月曜日
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 #31 桃太郎の森

 

 駅の売店で温かい茶を買うつもりが、まだ寝ぼけていたらしく冷たいのを選んでしまった。プラットホームのベンチまでひんやりしていて座っていられず、点字ブロックを踏み踏み電車が来るのを待った。
 早朝の新宿はどんよりした曇り空。ホームの間近にそびえる駅ビルは鈍色の空にほとんど溶け込んでいて、見ているだけで寒々しい。では、と目を新宿の街に転じると、看板こそ賑々しいがビルそのものはやはり冷たい色をしていた。
 ホームに新幹線によく似た特急列車が入って来た。背広姿の男たちが慣れたようすで山手線なみにぞろぞろ降りてきて、ちょっと驚いた。スーパーあずさ号の上り電車が通勤電車だったとは知らなかった。たしかに一時間半もあれば甲府から新宿へ。さらに乗り換えをしても十分通勤圏だ。
 上り電車は折り返し甲府から長野方面に向かう下り電車になる。車体の行き先表示が変わるのを、まだかまだかと待った。暖房が効いた特急に乗り込むと、指定席の客もほとんどが背広族だった。
 通勤電車は出張電車となって走り出す。みんな甲府や松本の支社や取引先へ行くらしく、細かい数字や文字が印刷された書類を拡げている。わたしは取材で赤石岳のそばにあるウイスキーの蒸溜所を目指している。蒸溜所の最寄りは小淵沢駅だ。クルマに機材を満載して東京を発ったカメラマンと、駅前で落ち合う約束だ。
 特急は武蔵野台地にどこまでも広がる街をそっけなく通過した。家はまばらになり木立が増えた。丘の上の消防署で隊員たちが勢揃いして体操をしていたり、集団登校の子供たちがそろいの帽子をかぶって歩いている。
 ほどなく人家より林や山肌が目立つようになった。そろそろ甲府盆地。いつの間にか車窓に雨粒が流れていた。天気は西から変わるもの。カメラマンはやきもきしながら高速道路を走っているだろうから、事故やスピード違反が気になった。
 小淵沢駅に着いた。自動改札機がないことに戸惑いながら小さな駅舎を出るとカメラマンのクルマが待っていた。ネズミ捕りの名所をなにごともなく通過したそうで、ひとまず安心。でも、空模様は不安だらけ。のんびりしてはいられない。
 取材先の蒸溜所は森の中にあり、警備員のいるゲートを過ぎても、松の赤い木肌が目につくばかりだ。施設が大森林に遠慮してぽつりぽつりとつくられているから、どこへ行くにもクルマで移動した。
 一夜漬けの予習によれば、ウイスキーの本場イギリス本土やアイルランドでは

森の中に蒸溜所はない

とか。氷河期にすべての樹木が枯れ、元通りにならないまま時が過ぎた。だから、草原か固い岩盤の上に蒸溜所を建て、ピートで燻した大麦のもやしを醸し、錬金術師が使うような蒸溜機で原酒をつくっている。ここも森を切り開いていればどんなに蒸溜所を建てやすく、ウイスキーをつくりやすいことだろうに。
 迷い込んだら二度と出て来れそうにない森は、初老の森番Kさんがひとりで監理している。木々の間を縫って歩きながら話を訊いた。
 高度経済成長で日本が公害に浸食された時代に蒸溜所はつくられた。大森林が残された理由は、場内から湧き出る仕込み水を守るためだった。と、ここまでは見学者向けのパンフレットみたいな内容だった。
 ところがKさんの話は少年時代の思い出話にどんどん逸れていく。蒸溜所がつくられるまで、村人は森にそれぞれの家族専用の区画を持っていた。「あのとんがり岩から、ずっと先の谷地までとか」。堆肥づくりの枯れ葉を集め、山菜を摘み、キノコを穫った。松茸はかごに溢れるほど採れたという話は耳を疑ったが、誇張ではないそうだ。
 つい数十年前まで、おじいさんは山に柴刈りに、おばあさんは川に洗濯に、が昔話でなく暮らしそのものだったとは。
「森は人が使わなくなると腐ってしまうんですよ」
 とKさんは言う。
 枯れ葉集めも、柴刈りも、森に取っては掃除のようなものなのだろう。いまはKさんが桃太郎のおじいさん役を一手に引き受けている。
 桃太郎といえば桃がどんぶらこの川。ぜひ見ておきたかったが、あいにくの天気で山中を流れる川までたどり着けなかった。でも、川の水で飯を炊き、夏になれば子供は流れに飛び込んでヤマメを追ったという、Kさんの思い出話で十分だった。いまも変わらぬ清流が目に浮かぶ。
「しかしね、わたしら世代より若いのは山に入れないのですよ。森で迷う、熊が出る、猪が恐いと言うんです」
 森を出たら、舗装路は大粒の雨に叩かれていた。森では天高く生い茂る赤松の葉が傘代わりになっていたのだ。
 三人で昼飯を食べることにした。土地の名物はホウトウ。小麦粉を平たい饂飩に打って、野菜や肉と煮込む。しかし森の周囲にホウトウ屋はなかった。カツ丼と書かれたのぼり旗やラーメン屋ばかり。Kさんが都会の人にはここがいいのでは、と言ったのはロッジ風の洋食屋だった。
「土地の者はホウトウを食わなくなりました。昔、食い過ぎたからでしょうかね」
 注文した鴨の赤ワイン煮はレトルトか冷凍か。パサついて肉の味がしなかった。Kさんはホウトウに松茸をいっぱい入れて家族で鍋を囲んだ話を嬉しそうにしながら、ハンバーグを箸で食べた。そのマツタケホウトウを想像すると、パサパサ鴨がちょっと旨くなったような気がした。
 さらに雨が激しさを増した。Kさんに礼を言い別れた。カメラマンのクルマで駅まで戻り、特急の到着を待った。特急は松本で起きた人身事故のとばっちりをうけ遅れていた。新宿に着くのは夕刻過ぎになりそうだった。
 暇を持て余し、駅の売店をひやかした。
 売店にはホウトウがあった。〈茹でずに、このまま季節の野菜や肉などと煮込んでお召し上がりください〉。よそ者が買うお土産というわけだ。あとはチーズだのワインだの、新出来のものばかりだった。町のひとのためには、駅前の商店街に東京と同じものがなんでも揃っている。
 上りの特急が到着した。
 途中の鄙びた駅で少女のような女がひとり乗り込み、わたしの隣りに座った。都会に出るため、精一杯おしゃれをしていた。雑誌を開いた。パチンコ必勝法。すぐまたトートバックから雑誌を取り出す。これもパチンコについての解説誌。毒々しい色をしたページを、飽くことなく読んでいる。
 携帯電話を取り出した。売り出されたばかりの新製品だった。お喋りをされたらたまったものではないな、と思ったら目にも留まらぬ早さでキーを打ちだした。送信。でも彼女のもとに返信されてくるようすはない。メールではなく、出会い系サイトだったのかもしれない。
 車窓に木立は消え、見慣れた東京の風景が現れた。新宿駅に着いて電車が止まるまで、女はパチンコ雑誌と携帯電話を手放さなかった。勤め人が通勤に使う長距離特急だ。パチンコと夜遊びが目的で乗ってなにが悪い、と言われればそれまでだが。
 その夜、自宅に戻ったわたしはまずノートパソコンを起動させ、深い森について原稿を書いた。夜になって冷え込んできたのでエアコンを入れた。パソコンのキーボードを叩きながら、画面に現れたバッテリー切れの警告に舌打ちする。小休止とばかり、冷蔵庫で冷やした外国産のミネラルウォーターを飲む。端から水道水は信用していない。
 そして思う。いま頃

パチンコ雑誌の彼女

はどうしているだろう。パチンコで儲けたお金で財布を満たし、歩道に吐き捨てられたガムさえはっきり見える明るい夜の街をほっつき歩いているのか。それとも出会い系で知り合ったひとと、ひとときを過ごしているのか。東京はお金と携帯電話さえあれば、山や森より怖くないのだろうか。
 Kさんが一日の仕事を終え眠っているこのとき。

 
 
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