|
#35 変身
歌手の故青江三奈は、ずっとむかしから髪を金色に染めていた。母はテレビに青江三奈が登場するたび、ため息まじりのハスキーな歌声や大人の世界をあやしく描いた歌詞より、髪の色に眉をひそめて言った。
「いやらしいわ」
子供だったわたしは青江三奈を直視するのがいけないことのように感じられ、背後で演奏するバンドに視線を逸らし曲が終わるのを待った。
青江三奈は金色の髪を揶揄され、お色気歌手と奇異の目でみられたまま突然五十四年の短い生涯を閉じた。髪を染めるひとが増えはじめ、それを「茶髪」と呼ぶようになった頃のことだった。
いつの間にか茶髪は珍しくなくなり、母も染めた髪を「いやらしい」と言わなくなった。いま母は金髪をモヒンカン刈りにしたお笑い芸人の片割れがかわいいとお気に入りである。
あるタレントを取材する仕事があった。休憩時間にメイク担当の女性に言われた。
「髪を染めてみませんか」
メイク道具の中に、インスタントに髪を染められるスプレーがあった。
「そんなに白髪が目立ちますか」
「ぜんぜん。印象ががらりと変わると思って」
「いまさら変えたところで……」
「そんなことないですよ」彼女はヘアサロンを経営しているので、「うちのお客さんは、黒髪は退屈だと言って、どんどん新しい色にチャレンジしていますよ」
いまでは母ならずとも髪を染めることを「いやらしい」とは思わない。しかし、茶髪になった自分を想像するとなんともいえず気恥ずかしく、わたしは笑って断った。
取材が終わりスタジオをあとにした。街行くひとを見ると、青江三奈のような金髪の女や男があたりまえに行き交っていた。薄く染めるくらいなら試してみてもよかったかな、と思った。スプレー式ならすぐ元通りになるし、気に入らなければ今度は黒いスプレーを吹き直せばいい。実はわたしも黒い髪を退屈に思っているひとりなのかもしれない。
帰宅するためいつもの地下鉄に乗ると、よく乗り合わせる中年男性が座席にいた。かならず背筋を伸ばし新聞に赤ペンを熱心に走らせているので印象深いひとだ。その熱心さ加減はあたりはばからず、どんなに電車が満員でも、ばさりばさりと紙面を行ったり来たりして赤ペンで書き込みをするばかりか、ときには記事を注意深くちぎって手帳に挟んでいた。
それがきょうは携帯電話にイヤホンをさし、画面に見入っていた。
車中でウォークマンやiPodのイヤホンを耳にさしているひとは少なくない。携帯電話で音楽を聴いているひともいる。最近の携帯電話にはインターネットの接続やFMラジオだけでなく、テレビの機能が内蔵された機種がある。新聞派の中年男性も機種を変えて報道番組に鞍替えしたのかと思ったが、どうも姿勢がおかしい。前のめり気味になり携帯電話の液晶を両手で覆うようにしている。ふと背後の窓に目を向けると、画面が反射して映っていた。
無修正のポルノだった。
往年の青江三奈どころではない。目のやり場に困った。いくら週刊誌のグラビアにヌードが載り、駅売りのスポーツ紙に官能小説が連載されているとはいえ、電車でアダルトビデオ鑑賞とは尋常ではない。
新聞からポルノに転向した男の前のつり革には、男女を問わず隙間なく乗客がいた。窓に映る動画に気付いたのは、わたしだけではないだろう。
込み合った車内ゆえ、もっと前の駅から身動きが取れずポルノ氏の周囲から離れられないひともいるはずである。座席の両隣のひとからも、ちらりといかがわしい動画が見えそうだ。新聞をひろげられるより、居心地が悪かろう。
それにしても、彼はいつから新聞をやめて携帯電話でポルノを観るようになったのか。機種を買い替えて携帯電話専用のポルノを観られるようになったのがきっかけとしても、自ら求めなければこんな動画は手に入らない。
「窓に映っていますよ」
と言えないまま、わたしはポルノ氏と同じ駅で電車を降りた。
自宅行きのバスに乗った。
降車ボタンを押してバスを降りると、目の前にニュータウンの夜景がひろがる。一戸建てやマンションの灯りがどこまでも続いている。退屈でつぎつぎ髪を染め変えるひとや、ポルノ氏の家の灯りもあるかもしれない。
見慣れた景色が、きのうまでとは違うものに見えた。
ポルノ氏のことが頭を離れない。
でもわたしだって蛇を首に巻くくらい嫌っていたネクタイに凝り、タバコに嫌気がさし禁煙しようと真剣に考えはじめている。
いまの姿は仮の姿で、仮の姿を転々として定まらないのが一生というものなのだろうか。
自問したが、答えは出ない。
町並みをぼんやり眺め続けていたら、近所の若い夫婦が通り過ぎた。犬の散歩だ。いつもは首輪だけの雑種犬が、やけにしゃれたベストを着せられていた。
■
|