新人作家の新・食エッセイ
7月
25日月曜日
新・きょうのお料理Back Number
きょうのお料理Back Number
About the Author
Mail to the Author
 

 


 #37 困ったものですわ

 

 ここしばらく週末ごとに首都高速道路を走る用事があり、周囲のビルの上にある看板をいつのまにか憶えてしまった。
 これらの看板の中に、〈ノーネクタイが失礼でない国にしましょう〉なるものがある。あとの文字は小さくて、どこの誰が掲載しているのかはっきりしない。省エネのスローガンとしてはもっともなことだが、

お為ごかし

の雰囲気がある。下々のものを教育しようとする意図が見え隠れする。お役所がらみの環境団体が掲げたものではないだろうか。
 笑い者にされて消えた省エネルックにはじまり、二十年以上まえから夏場にノーネクタイや軽装をひろめようとする運動があるが、実現されたためしがない。いっぽう衣料品業界は現実的だから、風通しのいいスーツやシャツを最新技術でつくって売り出している。
 なぜ暑苦しいネクタイがなくならないのか。
 理由ははっきりしている。エアコンが効いた送り迎えの社用車や公用車に乗り、一日中涼しいところで働いている偉いひとたちがネクタイをしているからである。
 このひとたちの前にノーネクタイでは立てない。あとは連鎖反応で下々のサラリーマンまでスーツにネクタイが必需品になる。
 コピーマシーンのメンテナンスに終日駆け回っているメーカーのひとも、ネクタイを締め汗をふきふきやって来る。機械の調整にネクタイはいらないし、きっと邪魔なはずだ。でも作業が終わったあとで書類に終了印をもらわなくてはならない。終了印を押すお客の側がネクタイを締めていれば、やはりネクタイがなくてはとなる。
 この点、わたしのように小説を書いたり、取材を記事にする仕事をしていると、ネクタイどころか夏場はアロハシャツでも許される。
 このことを堅い職業の知人に言うと、
「最初から、軽く見られているんじゃないですか」
 と笑われた。
 ホリエモンを見てみなさい、と彼は言う。ライブドアの堀江氏はTシャツがトレードマークだが、襟付きの服を着てもネクタイを締めない。だからネクタイ族の経営者連に端から嫌われた、というのが彼の見方だ。真偽のほどはともかく、堀江氏が高級なスーツとネクタイで身を固めていたら企業買収の一件はどうなり、報道する夕刊紙の論調がどんなものだったか想像してみるのは面白い。
「面白いですかね」
「えっ?」
「長いものには巻かれろ。

ネクタイにも巻かれろ、

というだけの話ですよ」
 知人から笑顔が消えていた。
 週末の夕刻、件のノーネクタイ推奨看板を見て家に戻ると、最近ご近所に越してきた家の奥さんが訪ねてきた。用件は町内会費の集金だった。
「こんど地区の当番になりました。よろしくお願いします」
「慣れないのに、たいへんですね」
 町内会費だけでなく、赤い羽の募金とかテレビの集合アンテナの維持費など、集金だけで年に数度ある。しかも、回覧板のとりまとめや町会への出席など、輪番制の当番は忙しい。
「どういう偶然か、越してきたそうそうに順番が回って来るものなんですよ」
 とわたしは自分の経験を話した。
 わたしも町に来て半年で当番になった。区画がすっきりまとまった地区ではないので飛び地があり、当番はまず担当する地区の家の在処を憶えなくてはならない。回覧板はリレー方式で回すから問題ないが、集金となるとひと苦労だ。しかも留守の家がある。払いを渋る家がある。
「三週間も集金にかかりきりです」
 と奥さんは言った。
「いまどき集金なんてやり方は古くさいですよね。銀行に口座をつくって振り込み式にすれば楽になると提案したらどうですか」
「提案したほうがいいのかもしれませんが」奥さんは弱々しく語尾を濁した。「町会では、いろいろ言われるいっぽうで」
「新参者あつかいされているんですね」
 わたしがはじめて町会に出たときは、ちょうど地域主催の運動会の直前で、出場選手を募っていた。
「若いもんが、走るのが当然です」と手渡された名簿を見ると、既にリレーと徒競走と障害物競走の欄にわたしの名前が書き込まれていた。
 わたしは憤慨した。出るか出ないかは個人の自由で、若い者が出場する必要があるなら、あなたたちの息子さんを出すべきだ、と意見した。座はしらけ、長老格のひとが「嫌なら勝手にしろ」とわたしの名前にボールペンで斜線を引いた。
「集金のたいへんさも、このくらいはっきり言ってやったほうがいいですよ。そうしないと、町は変わりません」
「そうだとは思いますが。困ったものですわ」
 奥さんは諦めきっている。まるで疲れた中年男のような口調だった。
 わたしが町会に意見した翌年から、町別対抗競争の種目はなくなったが、それからというもの我が家は変わり者と見られ続けている。

 
 
Copyright 2005 by Bun Katou, Boiled Eggs Ltd. All rights reserved.