新人作家の新・食エッセイ
2月
23日月曜日

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 #4 万物不変の法則

 

 夜、帰宅すると県税事務所からの通知が郵便受けに入っていた。
 妻と別れるとき関係を清算するため不動産をやりとりしたので、それを申告しろということらしい。申告書には説明書が同封されていたが、肝心な点がどうも要領を得ない。そこで、役所がはじまる時刻を待って電話を掛けることにした。
 役所に電話する、と思うだけで気が重くなる。
 たらい回しとか、つっけんどんとか、言語不明瞭かつ意味不明とか、役人の応対が快適だった例(ためし)がない。ご都合主義で、しかも言質をとられまいと奥歯にモノが挟まったようなもの言いをする。そんな相手を思い描いて電話を掛けたら、溌剌とした若者が応対に出た。
 私があれこれ質問すると、彼は面倒がらず元帳に当たり、「今度の件は、住所を書いてもらえば、あとは空欄のままでもいいような簡単な話なんです」などとざっくばらんに答えてくれた。
「二、三日くらいだったら、期日から遅れてもかまいませんよ」
「ありがとう。すぐ書類を整えます」
 こちらの受け答えも、自ずと紳士的になる。
 JRが国鉄だった頃の駅員とか、バブルの頃のタクシー運転手とか、交通関係の接客は役所に負けず劣らずうんざりさせられることが多かった。身近にタクシーを毛嫌いするお年寄りがいるので訳を聞くと、あんな気詰まりな乗り物はないと言う。行き先を告げてもだんまり。なにが気に入らないのか、不機嫌そうに急ハンドルを切る。領収証をくださいなんて頼もうものなら、ぶつぶつ嫌みを言われ、あげくにお釣りを投げ返される。びくびくしたり恐縮しながら乗るのが嫌で、ここ何年もタクシーは使わないとか。
「近頃は、そんなことないですよ」
「ほんとうですか」
「景気が悪くなって、サービス第一になりました」
「そんな簡単に人柄を変えられるものでしょうか」
 たしかに、そう言われてみればそうだ。
 後日、このあたりの事情を運転手に聞いてみた。すると、十数年前の態度の悪いドライバーは、「会社は礼儀にうるさくなったし、手取りは減るいっぽう」ということで、ほとんど辞めてしまったという。斯くして、タクシーのサービスは向上した。めでたし、めでたし。で、老人にも教えてあげた。
「ということは、

ほかが悪くなった

んでしょうな」
「ほか?」
「あの性格のまま、ほかの仕事に就けば、ほかが悪くなるでしょう」
 ドタバタコントに、袖をひっぱるとひっぱったぶんだけ反対の袖が引っ込むのがある。あれと同じ理屈で、不良運転手が転職したぶんだけ、別のどこかにしわ寄せが来るということか。これではいつまでたっても、世の中はよくならない。
「悲観的すぎやしませんか」
 老人は肯定も否定もせず、あきらめ顔で笑うばかり。
 そんな老人の杞憂を忘れかけていたある日のこと、今度は近所の焼き肉屋の貼り紙が変わった。焼き肉屋の貼り紙は、数年前のBSE(狂牛病)騒動のときから〈安全な米国産牛肉使用〉となっていたのが、いつのまにか〈安全なオーストラリア産使用〉に張り替えられているのだ。それも、以前より申し訳なさそうに戸口の隅に貼ってある。すでに牛丼屋チェーンは看板商品の牛丼を引っ込め、メニューを豚のカレーやら鮭定食やらに書き換えている。
 牛だけではない、鶏のインフルエンザが世界的に猛威をふるい、豚にもそろそろ伝染病が流行りそうな気配だ。飽食のツケが回ってきたのか、それとも国際化という名の便利のしわ寄せか。そういえば、半年前の玉子が出荷されるなんて、とんでもない話もあった。近頃は、ひと手間かけたおいしい野菜や肉が買えるようになっていたのに、すべてを帳消しにするニュースが続く。
 こっちを立てれば、あちらが立たず。世界は、よいも悪いも変わらぬままで、難儀なことばかり。老人が説く、万物不変の法則が真実味を増す。
 芝に四川風の辛い牛肉の煮込み料理を出す店がある。
 日本の牛からBSEが出たとき、しばらく名物の牛肉料理を注文する客がいなくなった。中国から渡ってきた口の悪い老店主は、「うちは和牛なんて高級なものは使っとらん」と半ば自虐的に言っていた。常連だった私は、いまさら食べるのをやめたところでどうなるものでもなかろうと、その店で旨い牛肉料理を食べ続けた。
 たしかに、世の中はすこしも進歩していないかもしれない。でも、よいも悪いも、ひっくるめて人生じゃないか。ひさしぶりに芝まで出かけて、辛い辛い牛肉を味わいたくなった。

 
 
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