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#41 パパさんの日曜日
片づけなければならない用事が山積みである。
颱風のおかげで汚れたクルマを洗わなくてはならない。伸び過ぎたザクロの枝を払わなくてはならない。食卓に射し込む陽射しがまぶしすぎるのをどうにかしたい。ドアの軋みがひどいので修理しなければ。などなど。
ザクロの枝を切っていたら、妻に「パパさん」と声を掛けられた。訳がわからず、少々ムッとした。たしかにパパさんと呼ばれてしかるべき年齢かもしれない。しかし、だ。我が家に子供はいないのだから、パパではない。
妻に「パパさん」と呼ぶ理由を訊くと、「だって
パパさんチック
だもの」と要領を得ない。枝払いを終え、ドアの蝶番を直していたら、また「パパさん」ときた。どうも、庭仕事をしたり、日曜大工をするのがパパさん的なのらしい。妻が料理をつくっていたので、「ママさん」と呼んでみた。あからさまにムッとされた。ママさんには、女性特有の年齢的な問題がひっからまっているうえ、所帯じみて嫌なのだという。
勝手なものである。
結局、我が家ではパパさんは一方的に定着したが、ママさんはあえなく禁句となった。
そんなとある日曜日。妻の提案で食卓テーブルのある部屋の窓に、ブラインドを吊ることになった。わたしはふた方向に開けた出窓のサイズを巻き尺で測り、メモを取った。そして念には念を入れポラロイド写真を撮り、妻といっしょにホームセンターへクルマで買いものに出掛けた。
休日とあって、ホームセンターは家族連れで満員だった。どの家族も旦那さんがメモや巻き尺片手に売り物を調べ、奥さんが「色が悪い」とか「使い勝手がよくない」などと言っている。すると旦那さんは敵軍を目指す鬼軍曹のように、家族の先頭に立って売り場を移動する。
妻とはクルマの中で相談を重ね、しかもポラロイド写真まで用意してきている。ブラインド売り場では、既製品がぴったりと出窓に収まることが難なくわかり、よその家族のようにあれこれ迷わずに済んだ。よしよし、とレジに向かおうとすると妻が言った。
「室内干し用のハンガーが必要だわ」
洗濯機の乾燥装置では、厚手の生地が皺になるそうで、天気の悪い日は部屋で干し物をしたいのだそうだ。想定外の展開だった。ホームセンターのお客が皆そうしているように、男のわたしが先頭に立って洗濯関係の売り場を探した。「これにする」と妻は折り畳んで収納できる、ハンガーというには大きなものに決めた。わたしはブラインドとハンガーの箱を抱え持つはめになった。
「そうだ。自転車の空気入れも古くて使いにくいわね」
ブラインド、ハンガー、空気入れ。やっと買い物が終わった。
家に戻り、まずブラインドを取り付けた。窓を縁取る木枠に、真上つまり天井の方向に向かってモクネジを締め、固定用の部品を留める。そのためには頭を目一杯後ろに倒さなければならない。力をもっとも入れにくい体勢だ。そういえば家を建てるとき、大工が「ここは特に堅い木を使います」と言っていた。
頭に血が上るし、腕はしびれて息が切れる。ブラインドをふたつ吊るだけで、小一時間はかかった。一服していると、妻がいつの間にかハンガーの箱を開け、「なにこれ。組み立て式なんだ」と言っている。
当然である。箱に印刷されている使用例の写真より、パッケージが小さいではないか。
「わたしにもつくれそうだけど、いまは忙しいから……」
と、妻は箱を開けたままキッチンに引っ込んだ。
やりかけて放り出しておくのは気持ちのいいものではない。ハンガーも組み立てることにした。
どうせ奥さん用の製品だから簡単に組み立てられるだろう、と甘くみたのが間違いだった。説明書がついていて、その通りアルミのパイプをジョイント部品で繋いでいくだけだが、解説が細々と詳し過ぎて要領を得ない。しかも図解が極端に小さくて、部品ごとの微妙な違いがまるでわからない。
眼を凝らし、図解から部品の特徴を読み取り、付属の蝶ネジで固定した。この蝶ネジが、じつに固い。とうてい女性に回せる代物ではない。しかも、締めどころが十数カ所もある。
そもそも、男は部屋干し用ハンガーなんて買わない。このハンガーを買って使うのは女性だ。いったい彼女らは、要領を得ない説明書と、固いネジにどう立ち向かうのだろう。旦那さんが組み立てるのが前提なのか。
女性が独り暮しだったら、と心配になる。彼氏や仲のいい男友だちを呼んで来るか、買ったことを後悔しながら数日がかりでネジを締めるのか。余計なことを考えながら組み立てていたら、パイプの長短を間違えた。たたでさえ固いネジを外し、またはめた。
腕はしびれたが、ブラインドとハンガーが組み上がり、我が家の課題はすこし片づいた。ヨクデキマシタと、妻がご褒美に好物のギョウザを夕食に用意してくれた。
食卓に卓上ホットプレートと、ギョウザがたっぷり並んだ。しかし、パパさんの仕事はまだ終わらない。熱々のホットプレートの鉄板に仕上げの水を流し込むのも、蒸気が充ち満ちたホットプレートの蓋を取るのも、わたしの仕事である。案の定、蓋を開けたとき猛烈な蒸気で指をヤケドした。でも、何食わぬ顔で「旨い、旨い」とギョウザをぱくつく。ひりひりする痛みをヤセ我慢しながら、頼りがいのある「パパさん」を演じている自分がおかしかった。
日曜日のホームセンターは、日頃ぐうたらなパパさんに、
ほんの一瞬スポットライトを
当ててくれる場所のようだ。始終寝そべってばかりいる雄ライオンが、タテガミを逆立てる非常事態は、今日日そうそうない。
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