新人作家の新・食エッセイ
12月
19日月曜日
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 #47 わたしはわたしなのに

 

 携帯電話の家族割引制度を申し込むことになった。
 家族割引は、法的な家族関係があって、同じ家に暮らしている者同士、基本料金が安くなり、通話料も割引の対象になる。
 ただ、妻の場合は携帯電話の名義を、旧姓で登録したままなので、まず

改姓届けを電話会社に

することからはじめなくてはならない。
 この手続きができる携帯電話会社の直営店を、家の近くに見つけた。あとは、妻がわたしと結婚して姓が変わったことを証明するものが必要だ。それなら、区役所で住民票を取ればいいだろう、となった。
 その日わたしは、家族割引きも同時に手続きするつもりで、妻といっしょに家を出た。まずは区役所で住民票を取り、その足で直営店へ向かった。
 携帯電話をはじめて買ったり、あたらしい機種に買い換えたりするときは、あっという間にすべてが終わる。きょうも簡単に済むだろうと思ったら、これが違った。
 店頭で用件を伝え、用意された改姓手続きの用紙を妻が書こうとしたときだった。窓口の男性が、
「お客様。身分証として運転免許証をお見せいただけますか」
 と言った。
 妻はクルマの免許を持っていない。
「身分証に、保険証を持ってきました」
「保険証ではあいにく手続きができません」
「住民票も用意してあるのですが」
 ダメだという。
「運転免許がないわたしは、どうしたらよいのですか」
「戸籍謄本をお持ちください。名字が変わられたことが証明できます」
 わたしたちは、家族割引きにたどり着く前に、為す術なく店を出た。
 戸籍謄本を用意しろというのは大袈裟すぎる気がした。一生のうち、何度も手にするものではない。
 たしかに運転免許証には顔写真があって、住所と本籍地が印刷されている。なにか変更事項があった場合は、裏側に公安委員会のスタンプがポンと押され、身分証代わりになる。
 わたしはかつて住所が変わったとき、免許の変更届けをしたことがある。このときは、新しい住所をボールペンで手書きされて、スタンプを押された。このときのスタンプはうつりが悪く、しかもぶれていてまともに読めるものではなかった。それでも有効なのだ。
 しかし、どうも納得いかない。
 免許の改姓手続きは住民票で申請する。だが住民票があっても、運転免許証を持っていない妻は、姓が変わったことも、自分が自分であることの証明も、ままならない。
「免許のないひとには、いつものことだから」
 と半ば呆れ、半ば諦め気味である。
 ふと数カ月前のことを思い出した。
 CD店で買い物をして、クレジットカードで支払いをしようとしたときだった。
 いつもなら伝票にサインをすれば済むところが、暗証番号を入れてください、と店員から小さな電卓のような機械を渡された。
 今年からクレジットカードがIC式というものになって、暗証番号を決めさせられたことを思い出した。このとき思い出すくらいだから、暗証番号は憶えていない。
 たぶん、きっと、もしかしたら、と何度か間違えながらキーを押したら、「もう入力できない」と機械からシャットアウトされた。
 見るに見かねた店員が、それならサインで結構です、と助け船を出してくれて、ようやく買い物ができた。
 慌てて、カード会社に暗証番号を教えてくれるように頼んだ。暗証番号が郵便で届いたのは、二週間後のことだった。
 これがきっかけで、ありとあらゆる暗証番号が気になった。
 銀行のATMに行けば、生年月日などの数字は悪用されるから使うな、暗証番号は何度も替えろと画面で注意される。カードが一枚だけならいいが、口座はほかの銀行にもある。安全のためカードごとに暗証番号は変えろという。日頃あまり使わないものまで、憶えきれるものではない。で、また間違えるはめになる。わたしのカードと口座なのに、機械がわたしをわたしと信じてくれない。
 コンピュータのソフトやインターネットのパスワードもそうだ。わたしをわたしと信じてもらうために、いくつもの数字とアルファベットの組み合わせが必要で、忘れると不便をする。
 わたしは、ほかの何者でもない、わたしだ。
 それを証明するものは、なにか。
 日頃はすこしも哲学的でないくせに、妙に考えさせられた。
 携帯電話の手続きができなかった日から数日後の、冷え込みが厳しい夜だった。灯油が切れて、終夜営業のセルフ給油所に行かずにいられなくなった。細かい現金がなく、クレジットカードを機械に通した。

給油機は暗証番号を

尋ねてこなかった。
 寒空の下、タンクに灯油を入れながら思った。
 わたしはわたしと認められたのだろうか。それとも給油機にとってはどうでもよいことだったのだろうか。

 
 
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