新人作家の新・食エッセイ
1月
23日月曜日
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 #49 肩身を狭くして

 

 タバコはからだに悪い。
 きょうも元気だタバコがうまい、と思うことはあっても、この元気が一服ごとにじわじわ損ねられていく予感が頭から離れない。
 タバコを吸わないひとは知らないだろうが、去年からパッケージの半分に、いかにタバコが有毒であるか知らせるメッセージが印刷されるようになった。
 メッセージといっても、誰もがわかっていることを書いた紋切り型の文章である。心筋梗塞の恐れあり、とか吸わないひとに配慮しろといったものだ。わかりきったこととはいえ、毎度毎度目にする影響はおおきいとみえ、タバコを買うたび禁煙に気持ちが傾くのだった。
 タバコが吸える場所も限られるようになった。
 建物の中でも、屋外でも、灰皿がどんどん撤去されている。
 この方針に異論はない。やはりタバコは毒であって、吸いたくないひとにまで、立ち上る煙で迷惑をかけるのはよくない。
 打ち合わせに出掛けた某社の新社屋は禁煙が前提で、吸いたければ喫煙所に駆け込まなければならない。が、喫煙室がどこにあるか容易にわからない。トイレのマークは壁にかかっているのだが、喫煙所マークはないのである。
「喫煙所なら、トイレの奥ですよ」
 教えられて行ってみたが見あたらない。
 探してみたら、トイレの奥ではなく、トイレの隣にある壁のくぼみのような場所の行き止まりにあった。
 入り口は磨りガラスのドアで、丸印にタバコから煙が立ち上るマークが小さく刻みこまれていた。ここが間違いなく喫煙所とわかっても、マークをもう一度たしかめた。

丸印に斜線は

入っていないだろうか。
 喫煙場所が特殊な場所になってからというもの、こんな癖がついた。
 斜線は入っていなかった。ドアは重く、閉めるとシュッと気密性が高さそうな音がした。さらにもう一枚ドアがあり、その先に灰皿があった。実際には四畳半くらいの広さがあるのかもしれなかったが、トイレの個室くらいの場所でタバコを吸っている気分だった。
 ありがとうございます。タバコを吸う場所を残しておいてくださって。わたしは嫌みでも冗談でもなく、そう思いながら一服した。
 我が家でも分煙は徹底している。
 一、クルマの中ではタバコは吸わない。二、室内では吸わない。三、事情があって室内で吸う場合は換気扇と空気清浄機を回し、本数を制限し、タバコのにおいが漂ったら直ちに窓を開ける。
 タバコを吸わない妻に強制されたわけでなく、自分で決めたことだ。
「奥さんへの、あてつけかい」
 とタバコを吸うひとに言われたことがあるが、本気で分煙しているのだ。
 わたしは十年以上禁煙していた。だから、タバコの迷惑が身にしみてわかる。ただ、それだけのことだ。
 我が家の喫煙所はベランダである。折りたたみ椅子をひとつ用意した。冬は寒さが身にしみる。この間など、あまりに寒くて筋肉が緊張しきっていたのだろう、タバコを吸ううちにしゃっくりが止まらなくなった。
 しゃっくりをしながらタバコを吸っているのだから、バカとしかいいようがない。
 タバコでリラックス、タバコは気分転換のためといわれるが、すくなくともわたしの場合は当てはまらない。ほんとうにうまいと思うのは、朝起き抜けの一服だけだ。あとは惰性である。中毒なのだ。
 禁煙計画を立てたこともある。一回目は、銘柄をタール1mgの軽いものにした。しかし、吸った気がしない。いつの間にかフィルターをハサミで半分に切って吸うようになった。これでは元も子もない。二回目はタバコを元の銘柄に戻し、火を点けたらひと口かふた口でやめるようにした。が、灰皿のシケモクにまた火を点け吸うようになった。これまた失敗である。
 二度の失敗で、銘柄や肺に入れる煙の量で抵抗するのはやめた。
 わたしはあらためて考えた。喫煙癖は惰性の産物にすぎない。しかもお金が掛かり、からだに悪い。他人に迷惑を掛ける。壁をヤニで汚し、火災の原因にもなりかねない。よくないことばかりと、自分でわかっているではないか。
 朝の一服だけは、伸び伸び吸おう。だが、これは特例だ。あとのタバコは、

自分のダメさ加減の象徴

として本数をカウントする。
 効果はてきめんで、タバコの本数は減りつつあり、タバコを買うときはひどく肩身が狭く感じられるようになった。
 この話を前出のタバコを吸うひとにした。すると、
「自虐的だなあ。もしかしてマゾの気があるのではないか」
 いまどきの喫煙者の本音に聞こえた。
 タバコを悪とみなす健康増進法と、これを後押しする時流はいいものだ。ひとはそれぞれ、こころにどうしようもなくダメなものを抱えているはずだが、凝視する機会はすくない。それをきっぱり知らしめてくれた。
 脱タバコまで、しばらく掛かりそうだ。その間、徹底的に虐められてみよう。タバコをやめたくらいでは、きれいにこころを治療できないのはわかっているけれど。

 
 
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