新人作家の新・食エッセイ
2月
6日月曜日
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 #50 ふたりの自分が

 

 趣味は、と問われたら音楽と写真と答える。
 音楽は聴くいっぽうだが、写真は観るのも撮るのも好きで、いつの間にか本格的なものからオモチャみたいなものまでカメラが増えた。でも、デジタルカメラは

八年前に買った一台きり

だ。
 このデジタルカメラは反応が鈍い。記念写真を撮ろうとしても、みんなの笑顔が素の表情に戻る頃になってようやくシャッターが切れる。しかも引き伸ばしなんてもってのほかで、タバコの箱くらいにプリントするのがやっとこさの性能だ。
 でも、買ったときは最新型だった。まだデジタルカメラがもの珍しく、
「引き伸ばしができないなら、カメラじゃないね」
 なんて言われたものだった。
 それがいまでは、格段に進歩したデジタルカメラで写真を撮って、写真店で大きく引き伸ばしたり、焼き増しするのがあたりまえになった。
 そして写真店のフィルム売り場があった場所はデジタルカメラの用品や、プリンタのインク売り場に変わった。フィルムはといえば、店のせせこましい片隅に追いやられ品数もすくない。肩身が狭いという喩えを地でいっている。
 白黒フィルムは都心まで出なければ売っていない。
 白黒に限らず、現像や焼き付けに注文をつけても、デジタル時代の店員は判で押したように「現像所に問い合わせてみないとできるかわかりません。できたとしても、どのくらい日数が掛かるかわかりません」と言う。
 こうなる前に、デジタル派になっていればよかったのだが、まさかこんな瞬く間にフィルムが崖っぷちに追いやられるとは思いもよらなかった。
 まともなデジタルカメラを買うべき頃合いかもしれない。だが、我が家のフィルムカメラは故障知らずで現役だ。しかも、ぼちぼちデジタル派が伸してきた四年前、これ以上カメラを増やすのもどうかと思い、フィルムスキャナを買った。ネガを読み取って、デジタル写真に変える機械だ。安い買い物ではなかった。
 近頃このスキャナに都心まで出て買ったフィルムを通すたび、新聞で読んだ〈フィルムが売れず、近々二割値上げ〉の記事がよみがえる。
 フィルム代やら現像代を払い続けるうち、そのお金でデジタルカメラが買えてしまう。と思うのだが、こころの中にもうひとりの自分が現れて言うのだ。
「また趣味にお金を使うのか。本格的なデジタルカメラは値が張るぞ。しかも、フィルムカメラと違って、一年と経たずどんどん機能が古びるのが目に見えている」
 わたしはもうひとりの自分に弱々しく異を唱える。
「ご説ごもっとも。でも、時代は変わったのです」
 もうひとりの自分はすかさず、
「時代はデジタルかもしれないが、まだフィルムは売っている。いま大金を払う余裕があったら貯金しろ」
「先々を見越して、デジタル派に転向しようと思うのです。いまなら、フィルムスキャナを下取りで買い取ってもらえるかもしれません」
 とわたしは答える。
「あれこれ理屈をこねたところで、結局は煩悩だ。あたらしいカメラがほしいだけなんだ」
「そんなことはありません。困っているんです。店には注文を聞いてもらえず、スキャナでデジタルにするには手間と時間がとても掛かります」
「趣味なら手間や時間が掛かってもいいじゃないか」
「……」
 わたしは言葉を失う。
 そこに、もうひとりの自分が追い打ちを掛けるように言う。
「デジタルカメラを買ったところでだ、一年に何枚大伸ばしするような写真を撮るんだい。大枚はたいて、元は取れるのか」
「写真は趣味だから、元が取れなくてもいいじゃないですか」
「だったら、フィルムが値上がりしようと構わないはずだ」
 ぐうの音も出ない。
 こうして、もうひとりの自分と言い争いを繰り返していたら、一台きりのデジタルカメラがいかれはじめた。まだなんとか動くものの、使う度だましだましシャッターを押すありさまだ。
 それでも、もうひとりの自分は、わたしが新しいデジタルカメラを買うことを許さない。
 こんな話を写真好きのXさんにした。
 するとXさんは、ついに本格的なデジタルカメラを買ってデジタル派に転向したという。
「でも、

買ったことは妻には秘密

にしています。どうも言い出しにくくて」
 Xさんもたくさんフィルムカメラを持っている。
 さらに、酔っぱらった勢いで弾けもしないギターを買ってしまった前歴があるそうで、なおのこと奥さんに言えないようだ。
 いっそわたしも酔った勢いでデジタルカメラを買って、もうひとりの自分との口論に終止符を打ちたいのだが、いま医者にかたく禁酒を言い渡されているのである。

 
 
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