新人作家の新・食エッセイ
3月
6日月曜日
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 #52 知らぬが仏

 

 中国人の知人が結婚することになり、披露宴に招かれ香港に行った。
 わたしは堅苦しいのが大の苦手で、日頃は披露宴に招かれても気後れして出席を辞退するので、華やかな席に出るのはかれこれ十数年ぶりだ。
 しかも、今回は香港である。披露宴に出席する外国人はわたしと妻だけで、周囲を現地のひとと、中国本土から来る親戚筋のひとに囲まれる。どうなることやら、まるで予想が付かなかった。
 それでも出掛けたのは、わざわざ招いていただいた厚意を無にしてはならないという思いと、どうせだから観光もしてやれと欲をかいたからだ。
 スーツケースに一張羅の礼服を入れ、成田を発った。
 飛行機はいつ乗っても不自由な乗り物だ。エコノミークラスは文字通り効率最優先で、荷物になったような気持ちでじっとしていなければならない。だからといって香港行きを後悔する気持ちは毛ほどもなかったが、狭苦しい座席に身を縮めて座ると、ひさしぶりに出席する披露宴のあれこれが脳裏をよぎり緊張でぶるっと身震いした。
 かかりつけの病院の先生によれば、わたしは

病的な予期不安症

なのだそうだ。先々のことを想像して不安になるのが予期不安だ。
「動物にはみられない、人間特有の症状です」と先生はわたしを慰めてくれるけれど、不安になったり緊張するたび、冗談でなくほんとうに動物がうらやましくなる。
 それでも無事、香港に到着した。
 披露宴は三日後の夜に催される。それまではのんびりできると思っていたら、「披露宴当日の午後三時から飲茶」をしようと新郎の実家に呼ばれた。
 飲茶だから、お茶を飲みながらの食事会だな、と見当を付けて行ったら、これが違った。親戚が会し、新郎新婦を祝福する集まりだった。新郎新婦から差し出されたお茶を飲み干し、祝福の言葉を授けるので、「飲茶」というらしい。
 バスが渋滞で遅れ、わたしたちは午後三時ぴったりに間に合わなかったのだが、みんなは「飲茶」をはじめるのを待っていてくれた。これはこれはと頭を掻き、親戚に混じって見よう見真似の所作でお茶を飲み、聞きかじりの広東語よりはましと「おめでとうございます」とふたりを祝福した。
 いよいよ披露宴の時刻になった。
 宴会は中国式だった。中国の宴会がいつもそうであるように、時刻通りにはじまらない。宴会場には麻雀卓が並び、そこでだらだらと披露宴の幕開けを待つのだった。
 式次第なんてない。だらだらしている間に突然ウエディングケーキにナイフが入れられたり、写真撮影が行われたりする。油断してはいられない。
 そうこうしているうちに麻雀卓は片付けられ、おなじみの丸いテーブルが用意された。
 だが、小鳥の囀りみたいな広東語の渦に囲まれ、事態がまるで把握できない。テーブルが整えられてからも、会場の片隅にあるテレビはニュース番組を流し続けているし、そもそもどの席に座ったらよいかわからなかった。緊張は最高潮に達し、手がぶるぶる震えた。
 ほっとできたのは、新郎側の家族のテーブルに着くのがわかったときだった。
 料理が運ばれてくればこっちのもの。食事は万国共通。おいしいおいしいと、箸を運べばいいのである。実際のところ、日本の披露宴と違って料理はどれも温かくて旨かった。
 食事が終わりデザートになると、親戚のテーブルでひとりふたりと席を立つひとがいた。新郎新婦と両家の主だった顔ぶれが受け付けに並んで、三々五々と帰るひとたちと挨拶をしている。
「もう披露宴は終わったのかな」
 わたしは妻に耳打ちした。
「どうなのかしら。それにしたら、やけにそっけない終わりかたね」
 しばらく様子をうかがっていると、皆が帰り支度をはじめた。どうも、だらだらとはじまり、さっさと帰るのが中国式のようだ。
 そこでわたしたちも席を立った。
 ホテルに戻るタクシーの中で、疑問がひとつ浮かんだ。披露宴こそ晴れの舞台と思っていたが違ったのではないか。
 披露宴の様子や、さっさと帰るひとを見ていると、日本の二次会、三次会に似ている。重要なのはお喋りをして、日頃なかなか会えないひとと旧交を温めることのようだ。
 一方、「飲茶」は違った。新郎の実家でやるくらいだし、気軽に誘われたので侮っていたが、親類でも限られたひとだけが出席し、時刻ぴったりにはじめるのが「飲茶」だった。また式次第のない披露宴と違い、進行や所作に決まりごとがあった。

「飲茶」こそが、結婚式の本番も本番。

血族でもない外国人が軽々に参加できるものでない厳粛な儀式だったようだ。もしそうと聞いていたら、緊張で手が震え、茶を飲むどころではなかっただろう。
 とんだ勘違いはしたものの、心配していた披露宴が済み、翌日は早朝から香港の街に繰り出した。
 さんざん歩いて腹が減り、粥でも食べようと手頃な店を探していたときだった。肩先が白く汚れているのに気が付いた。乾ききった鳥の糞だった。
 糞が命中したのも知らず香港見物を楽しんでいたとは、つくづく暢気なものである。

 
 
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