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#59 カラいカラいお話
今年は梅雨入りが遅かったが、季節は確実に夏に向かっている。こうなると自ずと味覚が夏向きのものになってくる。
暑さや湿気の季節となって、まず思い浮かぶのが冷や奴やそうめんなど、するする、さらさらした食べものだ。子供の頃、夏休みの昼飯の定番といえばそうめんで、あまり繰り返し食卓に上るものだから、箸を付けるのも嫌になった。ところが大人になってみると、そうめんの旨さに気付いた。そうめんは、限りなく水に近い食事なのだった。水よりはちょっとましな栄養を獲って夏をやり過ごそうとする、これは考えてみると逃避的な態度である。
だが同時に、カレーライスも旨くなるのが夏である。事実、街角のカレースタンドは蒸し暑い日ほど込み合って見える。
カレーライスは、その味覚を舌が求めるのでなく、体の奥にある胃や腸など消化に関わる器官がスパイスを要求して、食欲が喚起される食べ物のように思われる。太陽の熱や大気の湿度によって衰えた肉体が、スパイスのパンチやキックを求めるのだろう。
カレーライスは夏場の衰えた食欲を増進させる。しかし酷暑、猛暑となるとS&Bの赤缶カレー粉やハウスのルーでは刺激が足りない。熱帯地方に暮らす人びとが食べている、
たとえばタイのピッキーヌ
という強烈無比な唐辛子が入った緑や赤のカレーの刺激が無性に恋しくなる。
熱や湿気の攻撃に、それらと等しいエネルギーを放射する辛い料理を食べて立ち向かうのが、熱帯の人々の日常だ。辛い料理は人類誕生以来、工夫に工夫を重ねて到達した味覚だけあって、経験に経験を重ねて体系立てられた漢方薬のように、温室効果とかヒートアイランドとか言われるようになった日本でも効果的な食餌療法になる。
タイを旅したとき驚いたのは、脳が沸騰して蒸発するのではないかという日中をやりすごした人びとが、夕刻になるとどこからともなく現れ、街がいきなり活気づくさまだった。夕刻といっても一筋縄ではいかない気候である。真昼の炎天下よりちょっとましなくらいだ。太陽が地平線に沈んでも、暴力的に熱せられた大気は穏やかになることなくうだっている。
夜の熱気によって、市場には花と野菜と魚と肉と体臭と若干の汚物のにおいが渾然一体と入り混じりあい、発酵とも腐敗とも形容しがたい状態となった空気が充満している。タイの庶民の屋台は、生きとし生けるものから、すでに昇天したものまで、この世の森羅万象が気体となって漂う中に電灯を灯して並んでいるのである。
カレー屋があり、麺屋があり、お菓子屋がある。
ある者はビニール袋片手に食べ物をテークアウトし、ある者はその場で胃袋をたっぷり満たそうと屋台を行ったり来たりする。その食欲旺盛なことといったらない。熱気でしおれていたはずの肉体が、屋台街に躍動している。
わたしもタイにいる間中、彼らの真似をした。
これまで海外の市場を歩いて学習した感覚で、直感的に旨い店を探す。この店はいろいろやっているけれど、きっと麺が旨いだろうとなれば、麺だけを注文する。タイの麺は日本のお茶碗一杯ぶんくらいだから、難なく腹に収まる。食べ終えて勘定をすると、おかずのカレー料理を目当てに別の店の軒を潜る。こうしてピッキーヌ入りのカレーを、トムヤムクン・スープを、あるときカブトガニのタマゴを炒めたものを、全身に汗をかきかき食った。消化管がタイ式キックボクサーに鋭く蹴られるような辛さもあれば、幼い日の遠い記憶のように後になってじわりと効いてくるスパイシーさもあった。こうしてタイの人々は食欲と健康を保っているのだと、胃袋で理解した次第。
最近、妻はどこにでも売っているS&Bのカレー粉にココナッツミルクとタイの醤油であるナムプラーを数滴垂らすことで、タイ風カレーのごときものがつくれることを発見した。ごときものであっても手元にある材料でタイ料理ができるのは便利この上ない。
このぶんだといろいろなエスニック料理も我が家のキッチンでつくれるぞと喜んだのも束の間、わたしの味覚の記憶が異議を唱えたのだった。
記憶の中の味とは、東京は芝にある味芳齋という中華料理店の、
四川風牛肉の辛み煮込み
の味である。
この料理は、十数年前まではまかない料理だった。それが何の弾みか正式にメニューに加わった。メニューに載ったばかりの頃は、店員が「辛いけれどほんとうに食べられますか」と必ず忠告したものだ。それが一躍人気料理になり、いまでは味芳齋の看板料理にまでなっている。
いかなる料理かというと、四川料理でいうところの「水煮牛肉」に近いもので、水煮といっても水炊きではなく、牛肉の角切りが赤黒くどろどろの辛いソースを纏ったカレーまたはシチューのようなものだ。一品料理としても食べるけれど、丼の飯に載せれば通称牛丼、汁麺に載せれば牛肉麺に化ける。
四川料理の特徴は、辛い料理にある。辛いといっても、タイ料理とはまるで違う辛さだ。
かつて四川省を隅々まで旅した。厚い雲に覆われ一日たりとも太陽がのぞかない鈍色の空、いまに水蒸気が飽和してしまうのではないかと思われる湿気、赤土の大地、滔々と流れる大河、洗練や流行とはほど遠い人びとの器質、まさにこれらを象徴するような重く複雑な辛さだ。もし仮に陽が差せば犬が空に輝く太陽を怪しんで吠え、夏は地獄の釜が開くとまで言われる四川省の風土に対抗しようとする味である。
味芳齋の牛肉の辛み煮込みの赤黒いソースは舌、ほっぺたの内側、鼻腔、のど、食道、胃と腸とありとあらゆる感覚器と消化器を刺激し覚醒させ、鈍痛のような美味で全身に衝撃与える。ヘビー級ボクサーに連打されるような辛さが押し寄せる。辛さは単純ではなく、唐辛子の辛さと、山椒の辛さが巨大船をもやうザイル麻のロープほども太々しく絡み合っている。だが、四川省で食べた屋台飯からレストラン料理まで、どの味わいともどこか違うのである。
わたしは牛肉の辛み煮込みを食べるたび、これが間に合わせやあり合わせでは真似できないとわかっていながらも、何がどうなってこの味わいになっているのか、五感を総動員して旨さの方程式を解かずにはいられなくなる。
牛肉がオージービーフの頬肉であることは、店主の爺様に聞いている。固い頬肉がほろほろになるまで煮込んであることはわかる。きっと四川料理らしく豆板醤を使っているだろう。ひりひりして、すうっと爽やかなのは山椒の配分がなせる技だ。まるのままの唐辛子も入っている。生姜の輪切り。中華料理に使われる香辛料の八角、シナモンのかけらも入っている。どろりとしているのは、たぶん乳化した牛脂か豚脂のせいで、水溶きの片栗粉ではない。
だが、水が酸素と水素の分子でできていることは教科書を読んで知っていても、どうしたら甘露な山の湧き水がつくれるか誰も解明できないように、材料から四川風牛肉の辛み煮込みに至る過程は解き明かせない。それほど、赤黒いソースはこの世の何ものでもない、四川風でありながら味芳齋の味としか表現できないものになっているのである。
味芳齋は宴会もできる大きな店もあるけれど、わたしは爺様が気に入りの料理人をひとりだけ使ってやっている近所の小さな店のほうが好きだ。大きな店で出す牛肉の辛み煮込みも、この小さくて適度に汚れた店で爺様の手によってつくられている。牛肉の辛み煮込み煮込みは、味芳齋でも年老いた爺様にしかつくれない料理なのだ。
爺様は流浪の果てに日本にたどり着き、店を二軒も構えるまでになったひとだ。苦労人である。日本語はちょっとおぼつかないけれど、四川語のほか、北京語、英語、フランス語を独学で身につけ、若い頃は所のやくざ者にも一目置かれていたという。いまでも行儀の悪い客には大声で啖呵を切る。歳に似合わぬ助平である。それでいながら、ふと寂しげな表情を見せる。
爺様がうつむき加減に牛肉の辛み煮込みを大きな寸胴鍋で煮込んでいる姿を見るとき、爺様は自伝文学を鍋で煮込んでいるのではないかという気がしてくる。だから独自であって、誰にも真似ができないのではないかと。爺様の喜怒哀楽から過去、現在までが辛い辛いソースに注ぎ込まれているように思われてならない。
風邪、神経痛、憂鬱病は、味芳齋の四川風牛肉の辛み煮込みを食べたら治ると、常連にまことしやかに囁かれている。
もちろん、わたしも信じている。
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