新人作家の新・食エッセイ
3月
22日月曜日

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 #6 全自動人生取り扱い説明書

 

 スーパーマーケットのレイアウトは献立を考える手順通りに並んでいると聞いたことがある。入り口近くにまず野菜売り場がある。次に魚や肉だ。ジャガイモを見て肉ジャガにしよう、と思い立つ。牛肉から肉ジャガを連想するのは難しい、ということらしい。売り場に美術館のような順路があるわけでもないのに、逆流している人をあまり見かけない。
 とはいっても、独り暮らしの自炊。しかも生活が不規則となると、あれこれ献立を考えるより日もちするものを買ったほうが無難である。野菜はキャベツ、ジャガイモ、タマネギのたぐい。肉は小分けにして冷凍。トマトやキドニービーンズとかの水煮缶を常備。日もちがしてもサツマイモなどは応用が利かないからまず買わない。が、みるからに旨そうなのが売り場に山積みになっていると、ついつい手が伸びる。
 サツマイモをほったらかしたまま一カ月が経った。そろそろどうにかしないとなるまい。大学芋をつくろうかと思ってはみたが、揚げたり蜜をつくったりとなにかと面倒だ。そこで、鍋ひとつで似たものはできないかと即興で料理を始める。
 さつまいもは皮ごと大学芋のような乱切り。乱切りの芋はひたるくらいの水で煮て、水が沸騰したら砂糖を入れる。さつまいもに火が通ったら、バターを入れる。つまりスウィートポテトのイメージだ。でも、これで旨いだろうか。そこで、かくし味に醤油をひと垂らし。砂糖と醤油、バターと醤油――どちらも相性がいい。熱々も旨かったが、冷めるとこれがまた本格的なお菓子らしくなった。洋風とも和風とも言い難い懐かしい味が、なかなかのもの。
 サツマイモの即興料理は成功したが、失敗も少なくない。
 無性に野菜スープが食べたくなった。ブロックのベーコン、にんじん、トマト缶などありあわせの材料でミネストローネのごときものをつくったら、酸味が強過ぎて味がまとまらない。それならと、フライパンでたまねぎをアメ色になるまで炒めて加えてみたりするうち、スープではなくパスタソースになってしまった。

「失敗料理は、人生の味」

 渋滞の中、割り込み走行のバイクが転倒するのを眺めながら助手席の知人が言った。
「人生か。取り返しがつかないところは、味付けと似てるね」
「そうそう。でも、最近あんまり失敗しないと思わない?」
 と彼女。
「料理で?」
「なんにつけ、よ――」
 わからないことは、インターネットに答えがある。家電には、いくつもの安全装置がついている。というか、なにからなにまで全自動だ。カーナビができてからというもの、道に迷うのも至難の業。
「運転だって、オートマが当たり前になったね」
「いまどき、みんなオートマ限定免許を取るのよ」
「そうだろうな。マニュアル車はエンストするしな」
「試験だって簡単だし」
 試験からの連想だろう、彼女は大学受験も失敗がすくなったと言った。
 いまや塾には膨大なデータがある。どんな問題が出題されるかあらかじめ予測できる。かつての受験が、自動車免許でいうところの一発試験や、怒鳴るだけの教官に教えを乞う教習所の卒業検定だったとすると、いまの受験は懇切丁寧な教官にオートマチックの運転を教えてもらうようなものらしい。松本零士の漫画「男おいどん」の主人公おいどんは、たしか浪人生ではなかったか。あんなふうにやみくもに受験して、浪人生活を長々と送るなんて、いまでは考えられないことなのだ。らくちんな時代、万歳。誰だって、苦労はご免だ。
 失敗が珍しい世の中では、成功してあたりまえ。失敗は人生の一大事。失敗は人生の味、なんて悠長なことは言ってられない。
 となると、世間が殺伐としているのは、あんまり失敗しないですむ時代のせいかもしれないと思えてくる。聞くところによると、デジカメで撮った旅行写真がまともに写ってなかったのは「製造会社が悪い」と、賠償金四百万円を請求する裁判が起こされたらしい。四百万円の価値があるという思い出が、どんなものかちょっと見てみたい。
 それにしても、ひどい渋滞だった。原因はなにかと思ったら、車線変更しかけた乗用車のわき腹に別の車のフロントがめり込んで道路を塞いでいたのだ。しかも双方の運転手と思しき若い二人が、道の真ん中でののしり合いをしていた。

 
 
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