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#60 また梅干しを漬けた
一日のはじまりをつまずく日がある。
土曜日の朝のことだった。かねて町内会が赤十字の募金を集めると聞いていたから、既に配布されていた専用の封筒に金二百円を入れて待っていた。
封筒には、氏名と金額を記入する欄がある。だが、記入はご自由と書いてあった。当然だろう。街角でやっている赤十字の募金箱にちゃりんと硬貨を入れるとき、いちいち入れた金額を訊かれたりしない。そもそも募金とはそういうものであって、そのときどきに思いつく金額を喜捨するものである。だから、そういう配慮もあって金額の記入は強制されていないのだろう。今年は道理に従って、氏名だけで金額は書き入れなかった。
集金のひとがやってきた。町内のお年寄りの女性である。封筒を渡したら、
「金額を書いてください」
わたしは記入する必要がないことを説明した。だがこのひとは、それでは駄目だと譲らない。
「百円や二百円しか募金しないひとも書いてますよ」
二百円ではすくないというのか。十分じゃないか。それに、募金した額を恥じて書かなかったわけではないし。
そもそも募金がはじまるという知らせが回ると、みんな疑心暗鬼になるのである。越してきたばかりのひとに、「いくら入れたらいいのでしょう」と訊かれたこともある。募金だから、額は「気持ち」でいいはずだ。金額欄を書かなくてはならないと思うから、みんなお金の多寡が心配になるのである。
いくらわたしが、「記入しなくていいはずです」と言っても、集金の老女は納得しない。だんだん苛々してきた。
「ほら、封筒に自由だと書いてあるでしょう」
ちょっと怒ったような口調になってしまった。
不承不承というように、老女は引き下がった。
ドアを閉めてから、こんなことにこだわって、たぶんおかしな人物と思われただろうと、もやもやした気持ちになった。変わり者、怒りんぼ、町内の和を乱す張本人扱いか。
どっと落ち込んだ。
こうなると、主張などしなければよかったと思ったり、先々他人から白い目で見られるだろうなどと考え込んで憂鬱になった。
中国語に馬々虎々と書いて
「マーマーフーフー」
という挨拶がある。漢字の馬と虎には、たぶん意味はない。音を合わせただけだろう。これを強引に日本語にすれば「どうもどうも」といったところ。物言えば唇寒し。マーマーフーフーと息を吐くようにしていれば、自動的にそこはかとないユーモアが漂う。実に便利で、謙虚で、幅広い。
わたしだって「どうもどうも」くらい言えるし、「どうもどうも」と行動できる。けれど、どうもどうもと言って、これまた後悔するのである。
マーマーフーフー的物言いには、核心といえるものがない。潤滑剤にすぎない。辺りに唇から漏れる息の音だけが漂うのみ。ことの核心を曖昧の中に息づかせたまま、視界が通らない深い霧のほうばかり膨張させて、結局状況に流される。状況に流されることこそ、生きる知恵なのかもしれないが、後々になってそんなことしたくなかったと、これまたがっくりする。
口を開いて舌を盛んに動かしても、マーマーフーフー的に唇から息を吐いても、どちらも後悔。やりきれなくなり、この場からいっときでも消えてなくなりたくなる。消えてなくなりたいなら、活字は絶好の頓服である。こんなとき手に取る本がある。三角寛の復刻版「つけもの大学」だ。初版は昭和四十四年である。
三角寛は、作家の余技の域を超え、漬け物専用の家まで建てて、死ぬまで千数種類の漬け物をつくり続けたひとだ。「つけもの大学」はいわゆるレシピ集なのだけれど、本人にその気があったかどうかわからないが、講義に名を借りた別物になっている。
「つけもの大学」には、とにかく特殊な漬け物ばかり登場する。よく知られた沢庵や梅干しだって、いちいち手が込んでいる。すぐ、簡単に、そこそこおいしく、という今風レシピの対極である。したがって実用性は低い。そして、ことあるごとに文中に説教が混じる。説教のために、レシピを書いているとさえ感じられる。
三角寛にとって漬け物は芸術であり、宗教心であり、理想とする国家の象徴なのである。ときに説教は常人には理解しがたい飛躍をみせる。さらに、だ。たいそうな漬け物小屋に、数十年におよぶ漬け物の成果を貯蔵し、一回に大きな樽に三つも四つも白菜やら大根やら数々の野菜を漬ける姿は偏執的でもある。このように三角寛の尋常ではない様ばかりが突出しているのが、「つけもの大学」なのである。
わたしはベッドに寝そべりながら「つけもの大学」をぱらぱらめくる。これは旨そうだとか、これはちょっと無理のある味付けだなという気分にも増して、偏屈で、頑固を通り越し頑迷でさえあるひとりの男が、漬け物にこころの憂さを晴らそうとするさまに、ひとの業を拡大鏡で見る思いがする。
三角寛は戦後、井伏鱒二らを株主にして映画館「人生坐」を経営する。この人生坐、途方もない労働争議に巻き込まれる。断交なんて生やさしいものではなかった。本人曰く「世にも有名なストライキになってしまった。三井三池のやうなストライキなら、有名になるのは当然だが、百名足らずの、小っぽけな人生坐労組のはね上がりどもが、私のお陰で、とんでもない有名なものになってしまった」と。そして、争議中に中学を出たばかりの女子従業員から罵声を浴びる。
「おい、漬物はどうしたい?」
本書の写真を見ると、執拗な漬け物づくりに従業員まで動員させている。漬け物づくりはことの枝葉末節だったかもしれないが、こんなことをしていたらストライキになるのは当然ではないか。三角寛は人生坐を自ら解散させるのだが、この経緯も精一杯我を張った文章で綴られている。
実に勝手極まりない老人である。
家族ともうまくいっていなかったことを、後に実の娘が書き残している。暴君である。文壇を除けば、
漬け物界にのみ通用するアンチヒーロー
であった。
しかし、頑迷さもここまでくると、突き抜けたものを感じる。だが、寂しい。この本の本質に寂しさがあることは、三角寛自身も自覚していたように思う。仮に気が付いていなかったとしてもいい。「つけもの大学」は、わたしにとってピカレスクなのだ。主人公は理想郷づくりに孤独な執念を燃やす。その漬け物という理想郷はアンチヒーローの実像に似ず、静謐に満ちたものだった。
漬け物樽の中で、大根が、白菜が、茄子が、梅が、工夫を経て、命を持った別物に静かに生まれ変わる。漬け込まれた野菜は塩や糠や麹によって、もとの材料とは一段も二段も違うものに熟成する。命を持った別物とは奇妙な誇張の心理かもしれないが、つくり手にとって避けられない心理でもある。愉快だったろう。ささくれ立つ偏屈なこころは、漬け物樽が小屋の中に山とあるかぎり、平和で穏やかになったのではないか。
マーマーフーフーと本音の狭間で七転八倒し、やるせない気持ちのわたしは、ピカレスクの主人公の頑迷さゆえの融通の利かなさに共感し、空想の中に自分だけの理想郷と化した漬け物小屋を持つのである。
かくして、悩める中年は「つけもの大学」を閉じる。そして、のそのそとベッドから起きあがり、梅干しの漬け樽を覗く。
今年わたしはまだ余分があるのに、まるで三角寛がそうしたように、梅干しを大量に漬けたのだ。
わたしの頭の中には、漬けあがった梅干しを食べる様子はほとんど思い浮かばない。梅ひと粒ひと粒が、樽の中で梅酢を吐き、よい香りをぷんぷんさせ、赤紫蘇に染まり、大ざるの上で天日に干し上げられ、壺に貯蔵される課程があるのみだ。
もうすぐ梅雨が明け土用の季節になると梅を天日で干すが、そのときわたしは梅ひと粒ごとに、名前を付けたくなる。ああ、漬け込むときよく熟れていた子だ、ころころ転がって手こずらせた子だ、と記憶がよみがえるのである。放っておけば消えてなくなるものを、この手で生まれかえらせ、育て、永遠ともいえる命を吹き込む充実に没頭する。
自慢ではないが、手づくりの梅干しは旨い。
些細なことに気落ちしているわたしなんかより、よっぽどできがいい。
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