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#61 紙コップで粥を
ここのところずっと腹を下している。
悪いものを食った憶えはないから、いわゆる神経性胃炎なのだろう。神経性胃炎などというと、繊細な神経をちらりと自慢しているように聞こえるかもしれないが、繊細というより虚弱なのである。
というのも、だ。詳細は省くけれど、六月の終わりにここのところ一年以上気掛かりだったことが一区切りついて、一区切りついたと思ったら、この間のあれやこれやの気掛かりが総集編みたいによみがえってきたのだった。まずこれが一撃となって引き金が引かれたあとは、連鎖反応が起こって、胃はへとへとになってしまった。
胃が悪いとなると、粥である。
奈良に茶粥があり、それがれっきとした伝統食であることは知っている。大昔は米を蒸すいわゆるおこわと、粥状に煮る姫飯という調理に別れていて、庶民は粥のほうを常食していたともいう。だが、きのうまでふつうに飯を食べていて、いざ粥を食べるはめになると、現代人のわたしは気持ちががっくりくる。とうとう粥を食べなければならないほど調子が悪くなったのか、という具合にである。
だが、ところ変わると胃弱食も変わる。
メキシコに行ったとき、強烈な食中毒に見舞われた。
もしこれが右も左もわからないメキシコでなく、日本でのできごとだったら即座に救急車を呼び入院していただろうという強烈な腹下しだった。死線をさまよった、というのは誇張ではない。幽体離脱を経験したのである。高熱にうなされ、ついに意識を失い、気が付くとホテルの天井からベッドに横たわる死体のような自分を見ていた。
ぼろ雑巾なみであったが、どうにか立って歩けるようになったとき、ホテルマンからアドバイスされたのは肉食、それも野菜が一切れも添えられていない、純然たるビーフステーキを回復食として食うことだった。野菜はその繊維質が消化に悪い。よって肉を食え、である。
野菜が消化に悪いのは事実である。肉のほうが消化がよい。
肉食民族は病後の食事に肉
を食べるのである。
郷に入っては郷に従えではないが、メキシコには粥がないから、ならばしかたないとステーキを注文した。
しかし、食えなかった。食う以前に、目の前に現れたステーキを見ただけで吐き気をもよおした。そして、その場にへなへなとくずおれた。肉食が消化の道理に適っているとしても、肉体がステーキを拒絶するのだった。自分で注文しておきながら、こんがり焼けたステーキが、誰かが嫌がらせのために仕組んだ悪意の塊のように見えた。結局、ほんの一口分ナイフで切っただけで、ステーキの皿はテーブルの奥の奥へ押しやった。いかに自分が根っからの米食い民族であるか思い知らされた。
メキシコのステーキを思えば、なんだかんだと言っても粥はありがたいものだ。
しかし、粥といえば病人食というのは日本に限ったことのようで、香港に行けば粥屋があちこちにある。というか、広東文化圏のたいがいの飯屋は粥屋でもあるといって過言ではない。
中国の粥は、米からして日本と違う。
日本人は米といえばジャポニカ種の米粒が短い品種ばかりを食っているが、中国は長粒種である。長粒種をひっくるめて外米と呼び、いつぞやの米不足騒動のときは、タイから輸入した米が臭い、ぼそぼそしていると悪い評判ばかり流れ、せっかくの米が捨てられたりしたけれど、あれは長粒種の炊きかた、食いかたが悪かったのである。長粒種はパスタのように茹でて炊き、さらさらした口触りを尊ぶものなのだ。
長粒種のなかでも特に香りたかいものを香り米という。その香りはつくりたてのポップコーンとも、ジャスミンのようだとも言われ、値段もぐんと高くなる。こういう米でつくるのが、香港の粥である。だから空港に降り立ったときから、町の路地裏に至るまで、米を煮る香りが充満している。
粥の煮かたも違う。米をざっと洗い、水気を切ったら植物油をさらりとまぶす。そして、水加減は米の十から二十倍。火にかけたら、鍋の中で米粒がくっつきあったり、鍋底に貼り付いて焦げつかせないために、常に米が対流するように強火で煮る。そして、水気が半量になったらできあがり。煮上がる頃には、米は粒がなくなり、ぜんたいにとろりとしたものになる。隠し味に、陳皮、干し貝柱などを使うらしい。
米に香りがあり、細心の注意を払ってつくられ、隠し味がついているため、粥そのものが一品の料理として完成、完結している。
鮮、美、清、爽、滑、香、脆、濃、淡、軟──これらすべて、鹹、甘、酸、辛、苦の五味に続く、中国語の味にまつわる感覚表現である。きっとまだまだ彼らの味覚感覚はあると思われるのだけど、香港の粥屋にはこれらの順列組み合わせの限りを尽くした、具と味のバリエーションが揃っている。
その中で、白身魚の粥を食ったとする。刺身になるような切り身に、粥の熱でレアに熱が通っている。思わず舌が、「鮮!」となる。魚の新鮮さの「鮮」と同時に、新鮮さゆえのすがすがしく鮮やかな味覚が「鮮」なのである。日本の粥の侘び寂び精神、ともすると清貧、我慢の境地とは大違いである。
オーソドックスな皮蛋(ピータン)と塩漬け豚肉の粥は、あっさりしていて「淡」であるけれど、水っぽい「淡」ではない。皮蛋の黄身のねっとりした舌触り、湯葉状にひらひらした肉の微かな香味。皮蛋も豚肉も、粥の中にちらりほらりとしか入っていないというのに、オーソドックスであるがゆえの堂々としたさまを感じる。皮蛋と塩漬け豚肉の粥は、普通さ加減でいったら我が国のお茶漬け級だけれど、味覚の深淵と貪欲さは段違いである。
このように日本の粥と中国の粥は別物である。中国の粥に似たもの、相当するもの、匹敵するものは、日本に見あたらない。しかし、である。同じ米食い民族の一衣帯水の資質が、この粥を味わう感性となっている点を、わたしは喜びたい。
粥屋で欧米人はとんと見掛けない。ちょっときれいな店に限れば、粥の中の細切れになった皮蛋くらいの比率で欧米人がいる。だが彼らは、どうも粥をコーンのポタージュスープなどと同種のスープの一種と思っているらしく、じつに有り難みのない食べかたをしていた。料理と料理の狭間の口すすぎという感じである。丼に半分以上も粥を残していたりする。粥には見向きもせず、肉料理ばかり食べている客もいる。
じつにもったいないことだ。
中国の粥は旨い。でも粥はごちそうではない。宴会料理のシメは、チャーハンか豪華な麺である。でも日常食だからこそ、粥は香港の気候風土はもとより、味覚の基礎の基礎に適っている。本音の一品である。単刀直入なのである。総論であり、同時に各論なのである。粥を食うことは香港と香港人を丸呑みして、舌で胃袋で知る絶好の機会である。言葉はどんなに正直であろうとしても、嘘や装飾や拡大解釈が混じるが、舌と胃袋は正直なものである。
香港は東京の都心ほどしかない国土に、これでもかというほど人が暮らしている。深夜、バス停に終バスに乗ろうと長蛇の列ができる。そんな街角から、ぐっと奥まった地区に入り粥屋を覗くと、ある店にはカップルが、またある店には若い女の子同士が、ぽつりぽつりと粥を啜っている姿がある。これが米食い民族の旅人の目には、よくできた映画の一シーンのように見える。
粥を向かい合って啜ることが飾らない親密さの表現になっているように感じられる。粥の味に複雑な暗喩、隠喩の成分は含まれていないけれど、粥を食うことに生活人としての鮮、美、清、爽、滑、香、脆、濃、淡、軟の風情がある。
よく似たシチュエーションとして、日本のファミレスの深夜の情景があるが、どうも違う。
粥は、お茶などの飲み物ほど軽くない。かといって、飯のように腹を満たす重さがない。夜が更け流れ着いた先が粥屋で、あとしばらくしたら別れるのだが、ちょっと腰を落ち着けて、小腹を満たす。粥を食べ終えたら、じゃあ明日となるのか、これっきりになるのか。粥の椀の深さだけある残り時間が、粥屋の客に凝縮されている。そのことを、粥を啜る客も知っている。レンゲを口に運ぶたび、夜が更けていくことの意味を惜しむかのようである。舞台の背景となっている店の従業員、テーブル、椅子、壁、明かりなどなどが、文章でいえば
行間の隠し味
になっている。
この気分は、粥を紙コップのような器に入れてもらいテークアウトしても味わえる。
ホテルに帰り、クーラーが効いた部屋で粥をプラスチックのレンゲで啜る。
所詮旅人は、傍観者にすぎない。同じ土地で、同じ時間を呼吸しながら、深い関係にまで割って入ることはできない。ちょっと頼りない紙コップと安手のプラスチックのレンゲが、香港の夜と旅人の間にある距離にふさわしく思われる。
香港では美味しいものをたくさん食べたけれど、いまのところ胃弱のわたしは、粥を思い出すだけで満腹になる。
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