新人作家の新・食エッセイ
10月
9日月曜日
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 #66 どっちにする

 

 二者択一問題が苦手だ。
 Aも正解のような気がするし、Bもいいような気がする。考えているうちに、どちらもそれなりに正しいところと、間違っているところがあるような気分になる。
 できることなら、AかBを選んで欄外に正しそうだけれど間違っていそうな理由、間違っているけれど正しそうな理由を書きたくなる。
 でも、そんなことは二者択一問題では許されていない。
 そうこうしているうちに、刻々と時間が過ぎる。
 すると正解の度合いが高そうに見えていたものが、だんだん間違いの度合いが高そうに見えてきて、どっちがどっちかわからなくなる。ままよ、と○を付けられたらまだいいのだが、それもできなくなる。
 これはテストに限らない。
 子供の頃から、

洋服を選ぶのが下手

だ。
 その日の気候がわからない。
 暑いみたいだが、もしかしたら涼しいかもしれない。涼しいみたいだが、もしかしたら暑いかもしれない。どちらが正しいか決めかねてしまう。
 だから、真夏と真冬の服選びは楽でいい。かたや半袖、かたや長袖の厚物を無条件に着ればいいのだ。困るのは春と秋だ。いろいろ考えているうちにわからなくなり、最後は天気予報の最高気温と最低気温を確かめる。
 だが、またここでAかBか選べない癖が出る。
 もしかしたら同じ気温でも春と秋では感じかたが違うかもしれないとか、二度、三度の違いのときはこの差が大きいのか小さいのか悩んでしまうのだ。そんなことだから、手持ちの洋服はすぐ脱ぎ着ができるものばかりになってしまった。暑かったと気付いたら脱ぎ、寒かったら着ることができるジャケット、ボタンをひとつふたつ開けたり閉めたりできるシャツといったものだ。
 先日、回覧板で防災調査票というのが回って来た。
 ざっくばらんにいえば、アンケートである。
 たぶんこのアンケートをつくった人は、回答しやすいようにと答えを選択方式にしたのだろう。全問、AかBを選べといった具合になっていた。
〈近所に枯れ草など燃えやすいものがある空き地がありますか〉では、「ある」か「ない」を選ぶ。
 わたしは考え込んでしまった。
 家の周りにいくつか空き地がある。どの空き地も雑草が茂っている。
 しかし、この季節はまだ雑草は青々していて、ちょっとやそっとでは火は点かない。でも、である。この設問をつくった人は、いまこの季節だけを問題にしているのでなく、木枯らしが吹く頃になり雑草が一斉に枯れた場合を想定しているのかもしれない。
 そして、〈近所〉というのもくせ者である。
 どこまでが近所といえるのか。
 わたしの家から数軒分先にある空き地は所有者が草刈りをしている。枯れ草だらけになっているのは、ほんの短い間だけなのだ。ある年は、枯れ草になる前に草刈りを終えていたこともあった。けれど、やや歩いて行ったところにある空き地は、放置されっぱなしで、それこそ放火されたらひとたまりもない感じだ。
 この場合、やや歩いて行った場所を近所と解釈してよいのか。そしてまた、ほんの短い間だけ枯れ草になる空き地を危険としてよいものか。その年によって枯れ草の状況が変わる場合は、どう判断したらよいのか。
 こういった質問とも反論ともつかないことを設問の余白に書きたい気分だった。けれど、それではアンケートの趣旨に反する。
 わたしは、どっちを選んだらよいのかわからなくなり、放置されている空き地を強引に〈近所〉と解釈して「ある」のほうに○を付けたのだった。
 なんだか後味が悪いというか、もやもやした思いが残った。
〈危険なブロック塀がありますか〉
 というのも難問だった。
〈危険なブロック塀〉という言い方だが、危険な状態のブロック塀という意味にも、ブロック塀はどれも危険という意味にも取れる。
 そもそも何を持って危険な状態とするのか。たいがいの塀は目で見ただけでは、危険か危険でないかわからない。鉄筋が通っていなかったり土台がしっかりしていない塀が崩れる事故が以前あった。本当に恐ろしいのは、こんな目で見てわからないものだ。崩れかけていて、いまにも倒れそうなものなんて、いったい何カ所あるというのか。こんな稀な例を探しだそうという防災調査なのか。それとも、狭い道の両側がブロック塀で、もし両方とも倒れるようなことがあったら危険かも知れないという場合も含まれるのか、云々。
 問いは二十数個もあった。
 すべての設問に答え終えたとき、頭がくらくらになっていた。そして、答えたものがほんとうに意図通りの答えになっているか不安だった。
 後日、町内会の人が回収に来たとき、わたしは自信がなかったので裏返しにして調査票を手渡した。そして、他の人は悩まずに書けたのだろうかと余計なことを考えた。
 世の中には、二者択一に強い人がいる。
 準ミス・ユニバースになった知花くららさんに会って話を聞く機会があった。彼女は内定が決まっていた出版社への就職と、ミス・ユニバース国内大会の最終選考への出場を、どちらかひとつ選ばなくてはならなかった。このとき、とても悩んで最終選考出場を取った。就職を選んでいたら、いまの知花くららさんはなかったのだ。
 だが、二十四年の人生の中で、選択を悩んだのはこのときがはじめてだったそうで、
「いつも決断が早いんです」
 と言い切った。
 ○か×、イエスかノーの判断が瞬時にできる人が、世界的な評価を受ける資質があるのかと思ってみたりした。
 しかし、みんながみんな二者択一に強かったら、世の中はあっさりしすぎかなと、きっぱり判断ができないわたしは身びいきかもしれないが思うのだ。
 空を飛ぶ名人のハトが、方向転換をやりそこねて墜落しそうになったのを見たことがある。カラスに脅され、

右へ行くか、左へ行くか

どっちつかずだったのだ。
 無様ではあるけれど、こんなことは機械には真似できない。

 
 
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