新人作家の新・食エッセイ
11月
6日月曜日
新・きょうのお料理Back Number
きょうのお料理Back Number
About the Author
Mail to the Author
 

 


 #68 男はつらいか

 

 ある四十代を目前にした主婦に会った。
「もやもやした気持ち」があるという。
「わたしと同じくらいの歳の女性は、みんな同じ気持ちではないでしょうか。子供がいる人なら、もし子供がいなかったらと。仕事に打ち込んでいる人なら、もし結婚していたらと。こんなことを折あるごとに考えているに違いありません。わたしは、もし結婚で仕事を辞めていなかったら、と思います。女の選択肢のほうが男より複雑だから、

そうであったかもしれない人生

に惑わされやすいんです」
 人生相談ではないから、彼女の「もやもやした気持ち」に答えを出す必要はないのだけれど、彼女と別れた後も、なにがしかの回答を出さないと収まらない感じがした。
 この主婦以外にも、出産を機に人生ががらりと変わった女性を知っている。
 その人は、二十代後半だ。幸せな結婚をし、たいそう満足しているように見える。産休が明けるとき、託児所を探すのに苦労したが、それは必然的な通過点と彼女は受け止めた。だがいざ会社に戻ると、子育てが大変だろうという一見筋の通った理由で、閑職に追いやられた。実際のところ会社としては、子供がいる女性は戦力外として辞めさせたいのだった。彼女は職場に復帰したら、以前に増して仕事に精を出そうと、産休中に難しい資格まで取っていたのにだ。
 結局、彼女は仕事を辞めることにした。
 人生は、難しい。
 岐路に立って、よかれと思って選んだ道が、すぐまた次の選択肢に突き当たる。あみだくじのように、気が付くとスタートから思いもよらない方向に進んでいることが少なくない。
 人生は、一回限りだ。
 生まれた瞬間から、死にむかって歩みはじめるということだ。考えてみれば、恐ろしい限りである。
 どんな両親のもとに生まれ落ちるか、赤ん坊は選べないが、ここから既に人生ははじまっている。それから先は、限られた出会い、環境、逆回転することのない月日の経過によって、無限大にある可能性の中から、たった一つの人生を選んでいくことになる。
 だが、悲しいかな人間の考えなんて底が浅いのであって、選択をした先に待ちかまえている出来事まで予測できない。結果として、サイコロの丁半の目に運を任せ人生を歩んでいるようなところがある。
 たった一回きりの人生なのだから、運を天に任せるのは不本意だけど、どんなに社会が自由で、本人に強い意志があっても、これは避けられないことだ。そして、駒を進めた以上は引き返せない。
 結果の善し悪しはさておき、人生の選択をすると「取り返しがつかない」方向へ進むのである。
 いま、女性のほうが小説をよく読むと言われている。テレビドラマも多くは女性向けにつくられている。映画館にも女性が詰めかける。芝居も、しかり。
 女性が小説やテレビドラマや映画や芝居を好むのは、厳しく限定された自分の人生以外に、もうひとつ別の人生を夢みるからなのかもしれない。
 では、男性が小説やテレビドラマや映画や芝居から遠ざかったのは、ただ単に財布の事情が苦しいとか時間がないといった理由ばかりでなく、人生の実感が平坦になっているからなのか。
 しかし、男性にだって人生の

サイコロを振る機会

は訪れる。
 結婚は、女性だけでなく、男性の人生も変える。
 これはわたしが一度目の結婚に失敗しているから、間違いなくそうだと断言できる。
 最初の結婚は誰に強いられたものでもなく、わたしが決めたことだ。そして、離婚に同意したのもわたしだ。
 こんがらがって、どうしようもなくなった結婚生活だったから離婚してよかったのだが、後悔もあった。
 後悔は、そもそもなぜ結婚したのか、そしてこんな状態になるまえにどうにかできなかったのだろうかという思いだった。
 しかし、後悔は反省の原動力になるが、反省したところで時間は元に戻せないのだから、夫婦だった十二年の月日を取り戻し、人生を軌道修正するのは不可能だった。夫婦生活には終止符が打たれたが、わたしは一度目の結婚で選択した道筋の延長線上を、歩き続けるほかなかったのである。
 その後、いまの妻に出会った。
 一度目の結婚に失敗していなければ、彼女と再婚することはなかった。そして、それはちょうどわたしが勤め人を辞めなくてはならなかったときで、難しい選択を迫られていたのだが、彼女がいてくれたおかげで、わたしは人生を立ち止まらずにすんだ。そして、かつては想像できなかった今日の暮らしがある。
 わたしが広告制作会社に勤めていたとき、停年が近づいた上司が、
「ふと思うのは、一流会社の社長になっている男と、俺の違いはどこにあったのだろうってことなんだ。理屈では、才能とか運がそれぞれ違っていたということはわかるのだけれどね。別にいまの仕事に不満はないよ。ただ、なんとなく不思議な気持ちになるのさ」
 と言っていた。
 上司もまた、いままでの日々を振り返り、人生の岐路に立って選んできた道について、考えずにはいられなかったのだろう。
 だが、男性は人生の選択を前述の女性たちほどには悩んでいないかに見える。それは諦めなのか、あるいは運命を受け入れようと沈黙しているのか。
 男性、つまり自分自身のことながら、どうにもうまい答えが見つからない。
「もやもやした気持ち」を抱えた主婦と会った日、わたしは家路に向かう満員電車の車両が、幾重にも重なり合った迷路に見えて、目眩を覚えた。

 
 
Copyright 2006 by Bun Katou, Boiled Eggs Ltd. All rights reserved.