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#69 猫の気持ち
猫派か犬派かと問われたら、すこし前までは完璧な犬派だった。
犬はこれまでに二匹飼ったことがある。だから犬に愛着があるし、それなりに犬のことを知っているつもりだ。
勝手な思い込みかもしれなけれど、人と犬は心を通わし、会話のごときものができると信じている。それは自分の飼い犬に限らない。他人の犬でも、野良犬でも、気持ちと気持ちで話ができる。
なぜ気持ちが通じるかといえば、人と犬に共通項があるからに違いない。犬には犬の世界があるが、犬の世界は人の世界と混じり合っている。そして、このことを犬はちゃんとわかっている。
犬の世界に人が触れ、犬もまた人の世界に触れる。こういったやりとりが、実に楽しい。犬のいいところは、ここだ。
ところが猫には猫の世界しかないと思っていたから、これまであまり興味が持てなかった。
だが、猫好きの妻と結婚して考えが変わった。
妻は犬を飼ったことがない。そのかわり子供の頃に、猫は何匹も飼っていた。妻に言わせれば、猫は人の気持ちなんて考えないけれど、だからこそ人との
距離のとりかたが面白い
というのだ。
そう言われてみると、なんとなくそんな気もする。
我が家の庭に、飼い猫とも野良猫ともはっきりしない猫が何匹かやってくる。
わたしはどんな犬でも立ち止まらせ、挨拶をし、機嫌を尋ねる自信がある。けれども、猫とどうやって関係を取り持ったらよいのかわからず、それを猫に見透かされているらしく、我が家にやってくる猫に警戒心を抱かせるばかりだ。
ベランダに出てひなたぼっこをしていて、ふと庭に目をやると猫がいる。
この猫と話をしてみようとする。
ところが猫は気配に気付き、はっと目を見張り、身構え、わたしとの位置関係を瞬時に計算し、ちょっかいを出されかねないと見るや、さっさと立ち去るのだった。その立ち去りかたは実に微妙で、まあこれくらいの速度で歩けばあの人間と関わらずに済むぞ、と見計らっているみたいだ。
こうして猫にはふられっぱなしなわけだが、ふられたらますますどうにかしたいと思うのが人情で、だんだん妻の言う猫の面白さに目覚めていった。
妻は暇になると、捨て猫に飼い主をあてがう団体のインターネットのページを見ている。猫に興味を抱くようになったわたしは、妻に団体から捨て猫をもらうかペットショップで仔猫を買ったらどうかと勧めた。すると、
「飼うと猫を不幸にしそうで」
と乗り気でなかった。
なぜ不幸になるのか理由がわからなかった。
よくよく話をすると、猫にとっての幸せは好きなときに好きなように振る舞うことで、犬のように人と一緒にいることに楽しさを覚える動物ではなく、そもそもペットにするのに馴染まない気がすると言うのだった。
たしかに、犬を散歩させている人はいるが、猫に引き綱をつけて町を歩いている人はいない。猫の首に鈴を付けるという言い回しがあるのも、気ままな習性の猫ならではである。だが最近は、
「猫を外に出さない飼いかたが普通になっている」
と妻が言う。なぜなら、猫に自由に外歩きを満喫させると、猫同士喧嘩をする。喧嘩をすると怪我をする。怪我をすることで悪い病気をうつされ寿命がぐっと縮まる。交通事故にあうかもしれない。捨て猫斡旋の団体も、家の中だけで飼う
「中飼い」
を条件に飼い主を捜している。
妻が猫を飼っていた頃は、中飼いなんてしている人はいなかった。彼女の家の猫も自由に家の中と外を行き来していて、ペットというよりは軒を貸しているみたいな間柄だった。表に出たくなったら表に出て、足の裏に土の感触を感じ、草の匂いを嗅ぎ、空のまぶしさに目を細め、冒険のつもりで塀に飛び乗り、見知らぬ猫と出会って肝を潰し、腹が減ったら家に戻ってくる暮らしである。たとえ寿命が短くても、どの猫も猫そのものといった一生だった。
「でも、家から出さずに飼えば長生きさせられるとわかっていたら、どうしたって中飼いをしたくなる。長生きは飼い主にとっても、猫にとってもよいことに違いないけれど、はたしてこれで猫はうれしいかしら」
安全な一生を取るか、自由を取るか。決めるのは、飼い主である。どちらの選択も正しそうにみえるから悩ましいのだ、と彼女は困り顔をした。
ここしばらく勝手気ままに歩き回ってのびのびしている猫を見てきたから、妻の困惑ぶりには納得がいった。だからそれからは、「猫を飼ってみよう」と気軽に口にできなくなった。
そんな某日、玄関先の日だまりに白猫が寝ていた。片方の眼が、うまく開かないみたいだった。喧嘩をしたのだろうか。しかし、そのことを白猫はあまり気にしていないみたいだった。
わたしはそっと近づいた。白猫は暖かな陽射しが気持ちよいのか、逃げようとはしなかった。
距離を置いて猫と向き合っているうちに、わたしの中に一匹の猫と、飼い主がいるような気がした。
わたしの中の飼い主は、猫を中飼いしている。猫は窓辺に佇み、外の風景を眺めている。それを見て、わたしの中の飼い主は、迷いとちょっとした後悔を感じている。
いまある幸せに自信が持てなくなりそうだった。
わたしは回れ右をして、玄関に引き返した。
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