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#7 仙人式ダイエット
どうしたわけかここ数週間食欲がなく、腹がまったく減らない。
昨日の食事は、朝・特製スープとコーヒー、昼・ウーロン茶、夜・冷ややっこ。調子がよいときでも昼にパンを口にするくらいが精一杯。仕事仲間に誘われて、昼飯に石焼きビビンバを注文したら、二口めでもういけない。胃が駄々をこねて、食うなと言う。無理してたいらげたら、夜中まで胃もたれに悩まされ、吐き気はするわ、頭痛はするわ。バーに駆け込んで消化薬がわりにカンパリソーダを飲んで、やっと人心地がついた。
食欲不振によるダイエット効果で体重は三キロ減って、これはこれでありがたいことだが、バテて体を壊してしまったら元も子もない。そこで、特製スープをつくり置きして、朝食だけでも栄養を摂ることにした。
特製スープは鳥ガラと豚骨で出汁をとり、ここに白ワインを加え、トマトの水煮でベースをつくり、白インゲン豆、ジャガイモ、セロリ、ズッキーニ、カリフラワーを煮込んでつくる。カリフラワー以外はとろとろに煮とけて、口当たりの柔らかい穏やかなスープになる。豆とイモがカロリー担当、野菜がミネラル担当の栄養食になっているはずで、このスープを啜っているから体重三キロ減で済んでいる。
でも、こんなことで大丈夫だろうか。栄養とかダイエットに詳しい知人のA子さんに聞いてみると、同じスープでも
「スープダイエット」
とかいう過激な食餌療法があることがわかった。
肥満した心臓病患者に外科手術を施すとき用いる、脂肪を減らし施術を容易にするため工夫に工夫を重ねた食餌療法という触れ込みだが、この来歴はデマカセと専門医が否定している。コンソメの素でつくった出汁に、キャベツとトマト缶とセロリとピーマンを入れて煮る。これをただひたすら一週間のプログラムに則って飲む。最終的に、七キロ近く体重を落とせるという。この系統には、「国立病院ダイエット」なんてものがある。いかにも真っ当なダイエット法に聞こえるが、どの国の国立病院とも関係ないメソッドで、各国の病院関係者が注意を促している。
過激さでは、「タマゴダイエット」も負けてはいない。
「タマゴダイエット」はなにがなんでも茹でタマゴを食い続けるダイエットで、痩せる根拠が面白い。タマゴ一個のカロリーは、タマゴ一個を消化するのに必要な熱量より少ない。つまり、食べれば食べるほど、カロリーが赤字になる。だから、タマゴだけ食いつづければ必ず痩せられる。腹いっぱいになっても、なにも食わなかったことになる、というエッシャーのだまし絵的ダイエットなのだ。茹でタマゴは手軽だし、空腹に苦しむこともなく、特別なテクニックも必要ない。が、成功したという話を聞かないのは、単調さが苦痛に変わるからだという。体がタマゴを受け付けなくなり、見ただけでヲエッと吐き気が込み上げてくるようになるそうだ。一食品ドカ食い系にはりんご、パイナップル、バナナ、ヨーグルト、豆腐なんてものまであるらしい。
その点、「鈴木その子式」は正しい日本の食事を摂るだけのメソッドなので、安全で続けるのも容易で、効果もはっきりしている。でも、食いつづけるのは容易でも、そんな食事を用意しつづけるのは難しい。また、彼女の会社が売っているダイエット食品はパンひとつとってもたいへん高い。しかし、決定打がなくそれゆえ栄枯盛衰が激しいダイエット界で、正論を押し通すだけで生き永らえ、豪華絢爛な本社ビルを建てたのだから「鈴木その子式」はすごい。
ちょっと毛色の違ったところでは、「コントレックスダイエット」。用意するものは、フランスのコントレックス村に湧き出るミネラルウォーター、「コントレックス」。コントレックスはミネラルの含有量が極度に高い超硬水で、海洋深層水みたいにむっとくる味がする。正直言ってうまいものではないが、有名なモデルが飲んでいるとかでブームに火がついた。便秘を解消して吹き出物を減らすなど美容効果が期待できるそうで、減量法というより美容術にちかい。
これらダイエット法の数々は、男にとっては初耳でも、女の世界では常識中の常識なんだそうだ。そして、特製スープのレシピなら、まず体調を崩すことはないだろうということになった。
さて、相談に乗ってくれたAさんはかわいいビキニを着たい一心で、数あるダイエットの中から「スープダイエット」をはじめた。朝、昼、夜、すべてスープ。会社では、タッパーウエアに詰めたスープを電子レンジで温めて啜った。
「効果あった?」
「うーん、微妙な質問。効果が見えないから、そう聞かれるわけだし」
「あれだけ徹底してやったら、体重が減りそうなものなのにね」
「もちろん体重は減ったんだけど……」
減ったわりに痩せて見えないのが問題らしい。
男の目から見たら、Aさんはぽっちゃりしてるところがカワイイのだが、女の目から見たらまた別なのかもしれない。生まれつきとか体質とかに甘んじていてはダメで、なんとしても手に入れたい理想像があるわけだ。
化粧品は、お金で買える。でも、スリムなスタイルは買えない。
痩せた体。それは意志の力でしか到達できない、ほんものの私の姿。痩せて手に入れたいものは、かわいい服だったり、恋だったりと欲望そのものでも、禁欲的なふりをできるところがダイエットの魅力。昔のひとが、仙人になろうと研究や修業に励み、不老長寿と常春の理想郷なんて欲張りなものを夢見たのに似ていなくもない。
特製スープを啜っていると、
仙界の霞
を食っているような気がする。
体重が減りつづけ、この世から消えてなくなり、本物の仙人なれたらどんなにいいだろう。と、思う私はそうとう欲深い人間だ。
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