新人作家の新・食エッセイ
12月
18日月曜日
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 #71 十二時間の転地療法

 

 天気予報を見ていたら、今更ながら訪ねたことのない県がたくさんあることに気付かされ、なんとなく旅に出たくなった。
 ここ数週間、気が晴れない。どこか知らない土地に出掛ければ、気分転換ができそうに思えたのだ。
 予報官が北陸地方の解説をはじめた。そういえば、能登半島には行ったことがあるが、越前地方は車で通過しただけだ。富山なら上越新幹線を使えば日帰りができる。富山に行ってみよう。
 某日、早起きをして家を出た。
 上越新幹線の出発時刻より一時間以上早く上野駅に着いた。もっとのんびり家を出ても間に合うのはわかっていた。でも前日から

何か悪いことが起きそうな

予感があって、もしかしたら上野まで行く電車が車両故障を起こすのではないかと心配だったのだ。でも杞憂にすぎず、何ごともなく新幹線に乗ることができた。
 富山駅は想像していたよりも、はるかに小さくて古ぼけていた。駅のロータリーに出ると、頭の上に鈍色の空が拡がっているだけだった。ここまで何もないと、目的がない旅とはいえ、これからどうしたらよいかわからなかった。
 途方に暮れて、暖を取ろうと駅舎に戻ると、大荷物を抱えた初老の夫婦が揉めていた。土産に買った鱒の鮨の数が多すぎたというのだ。奥さんと目が合った。
「富山に来られた方ですか」
 と声を掛けられた。
「ええ、まあ」
「よかったら、これを」
 と鱒の鮨の箱をふたつ差し出された。
「駅で売っているものとは違うんです。なかなか買えないものですよ。おいしいですよ」
 旦那さんが言った。
 ただでもらっては悪い気がした。しかし、いくら払ったらよいか見当が付かず、夫婦者に代金を判断してもらおうと、お釣りをもらうつもりで五千円札を出した。
「あら。そうですか」
 奥さんは五千円を受け取ると、鱒の鮨を紙の手提げ袋に入れてくれた。
「どうも、助かりました」
 ふたりは電車の時刻になったかして慌ただしくベンチを離れた。とても急いでいることを除けば、あまりに態度が自然だったものだから、改札を抜けようとしている奥さんに向かって、お釣りをくれと声を掛けられなかった。
 いったい、この鱒の鮨はいくらなのだろう。
 買ったものは「鱒鮨 有限会社○○」と筆文字が躍る漆黒の包装紙に包まれていて豪華だった。進物用なら、包装を解いても値札は貼っていないだろうと思われた。
 駅の売店を覗いてみた。駅売りのものと、ふたりから買ったものは、どちらの箱も座布団のように中央が膨らんだかたちをしている。駅売りは千三百円。ふたつなら二千六百円である。駅弁も兼ねているから安いのだろうか。
 五千円で買った鱒の鮨の正体を知りたい。
 店に行けば値段がわかる。なかなか買えない鱒の鮨というなら、包装紙に印刷されている銘柄の住所に行くのが確かだろう。
 ロータリーでタクシーを拾った。
 どうせ予定のない旅である。店の人に近場の観光地を紹介してもらうのも悪くない。
 しかし、三十分以上かかって到着したのは、畑の中の工場のような場所で、平日だというのに人気がまるでなかった。こんなところで高価な鱒の鮨をつくっているのだろうか。
 敷地の外で待たせていた運転手に、このメーカーの売店を知っているか訊いた。
「わかりません」
「では、いろいろな種類の鱒の鮨を取りそろえているところはありませんか」
「デパートかなあ」
 デパートは駅の近くだという。畑の真ん中にいてもしかたない。来た道を引き返してもらった。
 殺風景な道を走りながら、買った鱒の鮨がほんとうに高価なのか自信がなくなってきた。しかし、安物に豪華な包装紙を掛けるだろうか。
 デパートに着いた。食品売り場をくまなく探し回ったが同じ銘柄の鱒の鮨はなかった。ほかに売っていそうな店を界隈で探したが、鱒の鮨屋はあっても、やはりこの銘柄は見あたらない。
 値段調べを諦めようかとも思ったが、ここまできて引き下がるのは悔しかった。
 何かわかることがあるかもしれないと、包装紙の端をすこし剥がしてみた。箱の片隅に「宅配いたします」と電話番号が書いてあった。ここに電話をすれば値段がわかる。こんなことなら、もっと早く包装紙を解いていればよかった。
 携帯電話は煩わしいだけと思い、家に置いてきた。公衆電話を探したが、一向に見つからない。そのうち街の場末まで来てしまった。冬の陽ははやくも暮れかかっていた。風はだんだん冷たくなる。
 これまでに、時間にして三時間ほど、鱒の鮨とタクシー代を併せて一万円ほど掛かった。胸に虚しさが兆すと同時に、疑いの念が膨らんだ。
 鱒の鮨は高いものでも千五百円といったところだった。ということは、どんなに珍しいものでも、二箱で五千円はあり得ないのではないか。夫婦者に、よそ者の旅行者と足もとを見られ、五千円を巻き上げられたのだとしたら。
 こんなふうに考えたくなくて、二箱五千円の鱒の鮨を探していたと言えなくもない。でももう、疑いを拭い去ることができなかった。騙されたかと思うと悲しくなった。
 出発前の悪い予感が的中したようだ。
 価格交渉をしないでお金を払うなんて、お人よしで間抜けもいいところだ。失われた三時間と一万円があれば有意義な旅になったはずなのに、富山に来て観たものといえば退屈な景色と鱒の鮨だけだ。
 持ち重りのする紙の手提げ袋が鬱陶しかった。捨てられるものなら捨てたいが、食べ物を粗末にするのは気が引ける。夫婦者のように、通りすがりの誰かに声を掛け、ただでよいからすぐにでも手放したかった。
 気晴らしの旅が、さらに気分を悪くする結果になった。
 がっくりして、富山はもうこりごりと駅に向かった。
 窓口で帰りの電車の時刻を調べると、午後六時台まで特急の指定券が取れないとわかった。あと二時間も先だ。あらためてどこかを観光する気にはなれない。しかたなくまた街に出て、目に付いた市役所の展望台に昇り見所のない家並みをぐるりと眺め、それに飽きると喫茶店や本屋で鬱々と時間をつぶした。
 越後湯沢行きの特急は定刻通り到着した。車内販売のビールを買い、腹が減っていたので鱒の鮨の包みをやけくそ気味に開いた。
 箱から二段重ねになった桶が出てきた。座布団型の箱だから、そのときまで桶の高さに気付かなかった。どうりで持ちおもりがするわけだ。驚いて、桶の上に載っていた説明書を読んだ。米や鱒、調味料を吟味した特選品であると口上が書かれていた。
 ありふれた駅売りの鱒の鮨でも、ひとつ千三百円する。買ったものは桶がふたつ入っているから、ひとつしか入っていないものの倍の値段はするだろうし、原料が普通のものより吟味されているなら、さらに値段が高くなって当然だ。二箱となると、五千円以上するだろう。

疑ってごめんなさい。

おばさんとおじさんに心の中で頭を下げた。鬱々とした気分は晴れ、右往左往した自分の滑稽さがおかしかった。
 へんてこな富山旅行だったけれど、思わぬどんでん返しまで含めて、これはこれで旅でしか味わえない一日だった。
 午後九時四十分、上越新幹線は上野に着いた。すぐにでも家に帰って、妻に二段重ねの鱒の鮨を自慢したかった。

 
 
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