新人作家の新・食エッセイ
2月
19日月曜日
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 #75 男にとっての夫婦の会話の難しさ

 

 離婚して再婚し、結婚は二度目だからすこしは男として進歩したのではないかと思うのだが、いまだに妻との距離の取りかたに難しさを感じ、戸惑うことがある。それは夫婦喧嘩というほどのものではないけれど、喧嘩の火種のようなものが着火する瞬間だ。往々にして、わたしが

妻に何気なく掛けた言葉

が発端となり険悪な空気が流れる。
 たとえば、こんなことがあった。何ごともなく会話をしていて、「今日はもう遅いから、寝たほうがいいよ」とわたしは言った。すると妻は、「自分の時間を楽しんでいるんだから、ほっといて」と顔色を変えて反論した。
 なぜこんな言葉が返ってくるのか理由がわからずうろたえた。
 妻は続けて言った。「仕事に、家事に追われ、やっと自由な時間を得たのよ。それを、あなたはわかっていない」
「寝たほうがよい」という一言が、妻の心に澱のように沈んでいた不満を、無神経にかき回して浮上させてしまったのだった。妻にとって心の澱は重大事であって、それを顕在化させたわたしに我慢がならず、憤りを発散せずにはいられなかったのである。
 さて、こんな場合の収拾のつけかただが、妻が不機嫌さを言葉にほとばしらせたのを受け、「何を怒っているんだ。夜も更けたから、寝たほうがいいと言っただけじゃないか」と、わたしが正当性を主張したら喧嘩になりかねない。
 この一言は、妻が不機嫌になった事情の表層しか捉えていない。妻にとって重要なのは、わたしが彼女のことを何もわかっておらず、的外れの心遣いをしたことである。
 かくも女性にとって、夫が彼女のことをよくわかって会話をしているかどうかが、大切なのだ。
 では夫はどうしたらよいのか。このように妻が機嫌を損ねたら、わたしは戸惑いながら会話を中断し沈黙するようにしている。「君は大変なんだね」などと、わかったふりをするのは賢明ではない。これは澱を沈殿させるどころか、さらに妻の気持ちを刺激する結果になりかねず、彼女は延々と不満を述べ続けるだろう。
 このような場面に際して黙るという術は、わたしだけでなく世の中の夫の多くが会得しているものと思われる。先日、スーパーで擦れ違った夫婦の旦那さんもそうだった。
 その夫婦は仲良く買い物をしているように見えた。しかし、オレンジの売り場で様子が変になった。旦那さんが「新鮮なオレンジを探してあげるよ」と言うと、奥さんが「今度はすぐ食べるからどれでもいい」と声を荒げたのだ。まくし立てる奥さんの言葉から、以前オレンジを買ったとき、彼女の不手際で腐らせてしまったらしいとなんとなくわかった。つまりこの場合、旦那さんの厚意が奥さんの中にあった負い目を知らずしらず刺激してしまったのである。すると、旦那さんは反論することなく沈黙し、引き下がったのだった。
「わたしのことを、わかっていない」という憤りが理不尽だと思っても、夫は黙って耐え忍ぶしかないようだ。「悪かった」と謝れば、なおよし。謝るくらい、喧嘩に発展することを思えばなんでもない。
 だがやっかいなのは、いつ何時こちらの言葉が的はずれであったり余計なものになるか予測し難い点である。妻が嫌がる話題はだいたいわかっているけれど、彼女のそのときどきの心の奥までは見通せない。ここに夫が妻との会話で程よい距離を保つ難しさがある。
 難しい故に、男はだんだん無口になる。どうでもよいことしか喋らなくなる。男が無口になる一方で、女の口数は減らない。個人差もあるだろうが、女のほうがよく喋る。
 何を喋るかというと、自分が見たもの、聞いたもの、体験したことだ。それらは自ずと夫と無関係な話題が多い。このとき妻は、「わたしのことを、わかってちょうだい」と喋っている。
 その点を夫は理解して対処しなければならない。妻にとって重要なのは、彼女が口にする言葉を夫がちゃんと聞いているかどうかという一点にある。見解や意見を求めてはいるわけではないのだ。たとえ、「××をどう思う」と訊かれても、既に結論は彼女の中にある。
 しかし男は愚直だから、見解や意見をいちいち求められているものと勘違いして苛立つ。そして、場合によっては喧嘩になる。
 夫は「ふんふん」とか「ああ」と取りあえず返事を繰り返すことになっても、その際はなるべく感情を込めるようにすべきだ。ちゃんと話を聞いているよ、というサインである。そして締めの言葉は、「そうだね」という同意。
 こうしてみると、夫婦の会話において、夫は

いつも損な役回り

を演じなければならないようにみえる。
 互いが会話以外の何ものかで意思の疎通をし夫婦相和す、小津安二郎の映画のような境地が夫にとって理想かもしれないが、女が女の特徴を失って男に近づくということは老化現象だ。また、まだ老けるには早い妻が感情表現を乏しくしたり、夫に話をしなくなるのは、夫婦として末期的な症状であることを忘れてはならない。
 妻の「わたしのことをわかって」は、良好な夫婦仲の特徴なのだ。妻であること、女であることを放棄されたくなかったら、彼女の感情の起伏とお喋りを受け入れるほかない。納得がいかないかもしれないが、夫は妻との会話の難しさに、「これもまた幸せ」と思える度量が必要なようだ。

 
 
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