新人作家の新・食エッセイ
3月
5日月曜日
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 #76 有り難みを知るときは、いつも手遅れ

 

 ハードディスクが壊れた。
 以前使用していたコンピュータが煙を吐いて昇天したとき、貯め込んでいた文章や資料を救い出そうと、

ハードディスクケースというもの

を買ってきて、大慌てで移植したものだ。
 ハードディスクケースはよくできたもので、ちょっとした工作で、それまでコンピュータの中で働いていたディスクを、外付け用に生まれ変わらせることができた。
 コンピュータに内蔵されていたときから、かなりの年月働き続けてきたディスクであり、大往生ともいえる。だが、カリカリ、チリチリと嫌な音を立てて、ついに動かなくなった瞬間は、最期を看取るなどと悠長に言っていられる状況ではなかった。
 仕事中の書きかけの文章や、そのための資料が、このハードディスクにたくさん入っていたのだ。そして、これまでに書いた小説もすべてデータとして詰まっていたのである。
 非科学的で無駄とはわかっていながら焦るあまり、ケースを斜めに傾げてみたり、叩いてみたり、もしかしたら数分後には蘇生するのではないかと電源を入れ直してみたりした。当然のごとく息を吹き返さない。
 もう駄目だと観念したときの気持ちは、意外にも静かなものだった。わたしは冷静になって、いかにこのハードディスクに過酷な仕事をさせていたか思い返していた。
 そもそもは最終的な書類の保存場所として大切に使っていたものだった。完成したものを貯蔵するための倉庫のような存在だったのに、使い勝手がよいので、いつの頃からか作業中の書類を保存するようになった。作業中であるから、書き足し、書き直しを頻繁にする。わたしは数文字書いてはキーボードのショートカットキーで保存する癖があるので、保存回数たるや莫大なものになっていた。
 そして、いきなり壊れるなんて想像もしなかった。
 すべての道具に寿命があるのは、ものの道理だ。壊れるときは、いつもいきなりなのだ。だが、しごく快調に働き続けていたから油断していた。
 こんな反省を五分ほどしただろうか。じわじわと湧き上がる後悔と、とにかく仕事を再開しなければならないという思いが拮抗して来た。
 煙草を一服して気持ちに踏ん切りを付け、消え去った原稿を書き直すことにした。記憶を頼りに原稿を復元しようとするのだが、まったく同じものは書けない。これはひどく苛立ち、そして能率もあがらない作業だった。復元しようなどと考えず、一から文章をまとめ直さなければならないのだった。
 当面必要な原稿を書き直すのに、資料をつくり直す手間も含めて、まる三日掛かった。締め切りと関係なく書いていたものを取り戻すのには、何日掛かるか見当もつかない。意欲や緊張感が途切れ、キーボードを叩く指の動きが滞る。過去の原稿に至っては、あらためてデータにするのは不可能だろう。
 失ったものは、はかり知れない。
 振り返ってみれば、いつも手遅れになってみないと、ものごとの有り難みを知ることがなかった。
 実家で飼っていた犬のダーリン号が老衰で死んだのは、わたしが社会人になって数年目のことだった。
 捨て犬だったダーリン号は幼犬のとき家に来て、この直後肺炎に罹り死線をさまよった。前の犬がブリーダーから請われ繁殖用として貰われて行ってからしばらく経っていたので、中学生だったわたしは物珍しくて、かわいくて、熱でぶるぶる震えるダーリン号を抱いて動物病院に一日と置かず通った。家の居間にタオルでベッドをつくって付きっきりで看病をした。
 その後、ダーリン号は順調に回復し、もともと体力があったのだろう、頑強な成犬になった。
 老いてきて急に体の自由が効かなくなったことや、寝たきりの生活を送るようになったことは、実家の母からの電話で聞いていた。母が下の世話から、床ずれができないように寝返りを打たせるなど介護をしていた。わたしは夏の休暇にでも帰省すれば、またダーリン号に会えると思っていた。
 しかし、間に合わなかった。訃報が届いて実家に戻ったときには、ダーリン号は荼毘に付され、寝たきりになっていた籐籠の寝床だけが残されていた。
 からっぽの寝床を前にして、無力感に襲われた。何もしてやれなかった。幼犬だった頃はべたべたかわいがったけれど、成長してからは扱いがおろそかになった。散歩をせがまれても、面倒くさいと犬好きの父に押しつけた。一方、ダーリン号は様々な思い出を残してくれた。そばにいてくれることで、思春期の荒れる気持ちを穏やかにしてくれた。父の会社が倒産したときは、このうえない慰めを与えてくれた。
 わたしは籐籠の中に、ダーリン号が好きだったツナ缶を供え、

二度とこんな後悔はしたくない

と唇を噛んだ。だが、このときの虚しさを、ハードディスクが壊れ、時間を失い、それ以上に大切な書くことへの意欲が損なわれるまで忘れていた。
 原稿を締め切りにどうにか間に合わせ、一段落付いた夜、わたしは夕食の食卓で妻に「ありがとう」と声を掛けずにはいられなかった。彼女がいて、温かな食事が目の前に現れることを、当たり前だと思い込んでいる。でも、それは当たり前でもなんでもない。
 妻はきょとんとしていた。
「ありがとう」
 もう一度、わたしは言った。

 
 
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