新人作家の新・食エッセイ
4月
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 #78 無意味はどこにある

 

 調子が悪いところを騙し騙し使っていたデジタルカメラが、ついに昇天した。どこをどう触っても、うんともすんとも言わない。
 いつ買ったのかさえ記憶がさだかでないほど古いカメラだから、技術の日進月歩の進化から取り残され、買い換えたコンピュータとは接続できず、しかも撮った写真をまともに印刷できないような性能だ。それでも、わたしには無くてはならないかけがえのないカメラだった。
 使い物にならないのに、かけがえのない存在だったというと、おかしな話に思えるかもしれないが、物は実用のためだけに存在しているわけではない。

無駄だからこそ、大事

なこともある。
 このデジタルカメラを買ったときは、身の周りのものを撮ってメモ代わりにするという目的があった。そして、その通りの使い方をした。だが、あらゆる面で性能が時代遅れになり、しかも調子が悪くなってからは、目についたものに深い理由もなくレンズを向けて、シャッターを切り、カメラについている液晶の画面で画像を観るだけのものになった。これが、気持ちよかった。
 デジタルカメラのシャッターを切った瞬間に、被写体となったあらゆる立体が、液晶の上で完全な平面になる。肉眼で見たり、手を伸ばしたりして感じ取れるものとは別物だ。
 それでは別物に見える画像に何か特別の意味があるかというと、記念写真でも、決定的瞬間でもないから無意味でしかない。この、漠然と構図を決めて、シャッターを切り、出来上がった画像を眺め、すぐに記録を消し去るという一連の行いの、無意味で無駄なところがよかったのだ。
 世の中に、無意味で無駄なことは、そうそうない。
 わたしに限らずすべての人々は、無駄なことはするなと教えられて成長したはずだ。子供だけではない。大人になれば、社会で効率というものを徹底的に叩き込まれる。
 これはしかたないことだ。なにしろ、脇目もふらずに稼がなかったら食っていけない。稼ぐために早起きをして、髭を剃り、髪を梳かし、ネクタイを締め、時間を気にしながら満員電車に乗らなければならない。うっかりしていると会社は乗っ取りの標的にされ、食い物にされてしまう。乗っ取られなくとも、一円、二円の売り上げの差によって、経営は存亡の危機に立たされる。とにかく人生の競争は激しいのである。子供も学校に通ってさえいればよいわけではない。勉強の手を抜けば、人生のスタートを失敗する。近頃は悪質ないじめがあるから、人間関係にも気を抜けない。
 無駄が否定されるのは、仕事や勉強だけではない。
 掃除、洗濯、手洗い、うがい、食事、挨拶と、ありとあらゆることが、必然と必要があって行われている。このように数限りない意味のある事々が連鎖しあい、包囲網を成している。これらの意味に囲まれて生きることが、人間の一生といってもよい。
 だから、意味の連鎖から抜け出すことは容易ではない。
 広告制作会社に勤めていたときの先輩で、早期退職をしたAさんは、「のんびりやるよ」と言っていたけれど、いつの間にか自宅を事務所にしてデザイナー業を始めた。そして、自営業は大変だと、あくせくしている。そんなに大変なら辞めればよいと思うのだが、悠々自適の生活を送れないのだ。いきなり自由の身になっても、その自由の意味を考えてしまい、結局意味のないことができず、有意義なことをしなくてはならないと焦るのだ。
 わたしも似たようなもので、自由業になってからは、一日二十四時間を好きなように使えるはずなのに、それがなかなかできない。どうしても書けないときや、書くことがないときは、ぼうっとしていればよいはずだが、とてつもない焦りと、鬱々とした気分に見舞われる。
 そんなとき、無意味で無駄なデジタルカメラが頓服として役に立った。ああすれば、こうなり、こういう成果があるという無数の意味から、一時でも開放されるのだ。格好よく言えば、無我の境地だった。
 いまどきデジタルカメラは安くなったから、おもちゃじみたものを買おうかとも思ったが、どれも高性能だった。高性能なものを手にしたら、きっと写りやプリントの具合が気になるだろう。そして、

カメラを構える意味の呪縛

に取り憑かれる。これでは、おんぼろカメラの代用にならない。
 そこで、フィルムを詰めずにライカのファインダーを覗き、ピントを合わせ、シャッターを切ってみた。これも無意味なことに違いなかったが、頓服としては壊れたデジタルカメラに遠く及ばなかった。
 無意味の気持ちよさを、いったいどうやって取り戻したらよいのだろう。でも、こんなことを考えるのさえ、時間の無駄遣いのような気がして苛立つのだった。

 
 
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